第二十二話 「僕が守るんだ」
~数分前~
5日ほど前、この村に手紙が届いた。「5日後、チハ村を襲撃する。逆らわなければ丁重に扱うつもりだが、そうでなければ……分かるな」というセンミンノハコニワからの宣戦布告。村の誰も信じていなかったが本当に来るとは。
「ティルピッツ兄ちゃん、怖いよ~」
兄弟全員で協力して家事をしていたのだが、家の外から聞こえてきた「センミンノハコニワが襲ってきたぞ!」という大きな声でそんな日常は壊されてしまった。咄嗟に、外に出ては危険と判断した僕は、家の隅の方へ全員を集め、息を殺しながら時が過ぎるのを待とうと考えた。そのような不測の事態に一番下の弟、リヒャルトが怯えた声をあげる。
「お兄ちゃん、何が起きてるの?」
その声に流されるように他の弟たち━━レーベ、ティーレ、マックスも不安の表情を浮かべ始める。
「大丈夫。兄ちゃんが守ってやるからな」
……僕だって怖い……。だけど、この中で一番年上なのは僕だ。僕がしっかりしないと。
「大丈夫、大丈夫だからさ」
だけど僕には特別な力、……MBTIのように状況を一変させる力なんてない。だから僕は弟たちに言い聞かせるように、……いや僕自身に言い聞かせるように気休めの言葉をつぶやく。……なんとかなるはずだ、村の大人たちがきっと倒してくれる。
「改めて言おう。吾輩は【領事】の精神核保持者、ランドルフ。我々センミンノハコニワは資源豊富なこの村を、支配下に置きたいと思っている。抵抗しないのであれば危害は加えないので、降伏したまえ」
……だけど、いつまでたっても大人たちの勝鬨の声は聞こえてこない。聞こえてくるのはセンミンノハコニワの低い声だけだ。もしかして、みんなやられてしまったのか?
高鳴る心音が止まらない。しかし、次に聞こえてきたのはその不安を裏打ちする絶望の一声だった。
「村長リンゼは吾輩が殺した。もう諦めて我らの軍門に降れ」
……!? 村長が殺された!? ってことは村の大人たちも……。
「それでは吾輩は他に残っている者がいないか見回ってくる。……貴様らはそこで待っていろ、抵抗しなければ最低限の衣食住は保証するつもりだからな」
……村のみんなは降伏したのか。センミンノハコニワは衣食住は保障するって言ってるけど僕はそんなの信じられないよ。……僕たちは降伏できない、センミンノハコニワが僕たちに気付かない可能性に賭けよう。
しかし、そんなタイミングで、じっとしていることに耐えられなかったリヒャルトが物音を立ててしまった。外から聞こえてくる声の大きさから考えると、センミンノハコニワはすぐ近くまで来ていそうだ。頼む、気付かれてないでくれ!
「……そこに隠れているな。抵抗しなければ残忍なことはしない。降伏しろ」
ただ、そんな僕の思いはむなしく足音がコツコツと近づいてくる。こうなってしまったのなら、弟たちだけでも逃がさないと、……僕の命に代えてでも。
そして、血まみれの屈強な手によって家の扉が開けられた。
***
「く、くらえ!」
扉を開けた身長180センチはありそうな男に向け、僕は体当たりを繰り出した。昔から、「あの人」に追いつくためにせめてもの思いで筋トレだけはしていたから、男を少しノックバックさせるほどの威力は生み出すことができ、弟たちを外に逃がす隙程度は作ることができた。
「お前たち、逃げるんだ! ここは兄ちゃんに任せろ!」
怖い、怖い、怖い。足の震えが止まらない。だけど、ここで勇気を見せなきゃ「あの人」に顔向けなんてできない!
「ほほう、この足音、子供を4人ほど逃がしたな。貴様の言葉から察するに弟たちか」
「そ、そうだ。だ、だけど、今は僕が相手だろ。僕を倒す前にそっちに意識を向けるなんて僕も舐められたもんだな!」
「ふっ、面白い。だが、吾輩に逆らうことがどういうことかは分かっているのだろうな」
敵の意識を弟たちからそらすように挑発の言葉で敵を煽る。……よし、うまく乗ってくれた。
「ぼ、僕が勝つからそんなことは分からないね」
震えながらも機先を制するために、僕は渾身の右回し蹴りを繰り出した。「あの人」に追いつくため、筋トレと基礎練習は継続してやってきたんだ。センミンノハコニワが相手だろうと意識をそらすくらいは出来るはずだ。
「……なるほど、いい指導者に恵まれたか、多少武の心得がある程度の人間では太刀打ちできんレベルには鍛えているようだ。だが、残念なことに吾輩は多少どころではないほど鍛えているのでな」
しかし、僕の右足は綺麗に受け流され、モロにカウンターを受ける。カウンターで繰り出された突きは僕の鳩尾をきれいに抉り、僕はその場にうずくまってしまった。
「ケハッ」
「あれほど啖呵を切った割にはもう終わりか。もっと吾輩を楽しませてくれ」
血を吐き、呼吸も不規則だ。自分が特別な人間じゃないってことくらいは分かっていたけど、まさかこれほどまで特別な人間との間に差があるとは。だけど、弟たちを逃がすくらいの時間稼ぎはできた……よな。しかし、
「兄ちゃんをいじめるな!」
……逃げていないのか!? レーベが敵に向けて石を投げる姿が目に入る。しかし、その威力や速度は子供のお遊び程度で、敵へのダメージはゼロといっても過言ではない。
「……幼子とはいえ抵抗するなら容赦はせんぞ?」
少しずつ敵は弟たちに向かって歩みを進めていく。……クソッ!
「ま、まだ僕は負けてないぞ。弟たちに手出しはさせない」
喉に血が詰まっている、呼吸も不規則に乱れている。そんな状況下できちんと声が届いただろうか? だけど、敵は動きを止め、注意をこちらに向けた。
「ほう、まだ立つか。もう体は限界近いはずだが何が貴様をそこまで動かす?」
「……弟たちを任せるって託されたから。僕はこの村の英雄、……冒険家ビスマルクの弟なんだ。あの人の代わりに僕は弟たちを守らなきゃいけないんだ!」
そうだ、僕は【冒険家】ビスマルクの弟なんだ。諦めてたまるか。
「……その覚悟に敬意を示して、吾輩のことについて少し話してやろう。吾輩の名はランドルフ。領事の精神核に選ばれ、その加護は……【思考予知】、対象が取りうる3秒先の行動を予知する加護だ。対象を視界に捕えることと、その対象が自身に敵意を向けていることが必須という細かな条件はあるがな」
……!? 思考を予知するなんて最強じゃないか。どうやって倒せばいいんだ。……いや、できるできないじゃない、やるんだ。こんな時兄さんなら……。
「……思考予知。……予知されたところで対応されなきゃ問題ないんじゃないかな」
敵の話によると、加護は予知だけだ。勝手に体が回避したり、自動で防御ができるわけではない。だったら、対応できないほどの速度で連撃を繰り出すだけだ!
「もう僕しか弟たちを守れる人はいないんだ。これが僕の全力だぁぁ!」
ダメージを負った体にムチを打ち、敵との距離を詰める。僕が一番頼れる必殺技として選んだのは……、兄さんから初めて教わった近接戦闘における基本のコンビネーションだった。
「……ほう。先ほどと比べ威力も速さも増しているな。面白い」
フェイントを兼ねたワン・ツーの後、会心の右ハイキック。予知していたのか万全の状態でガードされたが……、手ごたえ的にノーダメージではないはずだ。
「だが、このようなレベルの者に負けてやるわけにはいかんな」
しかし、敵は動きを止めることなく反撃を繰り出してくる。姿勢を崩された僕に飛んできたのは、皮肉にも先ほど自身が繰り出したものと同じコンビネーションだった。
「その技はこう繰り出すのだ。今後のためにも体で覚えておけ」
その威力は僕が繰り出した時とはまるで違っており、一撃一撃の重みが凄まじく、立つことすらやっとのほど体へ痛みが襲ってきた。
「グハッ! だけどまだまだ!」
でも、弟たちを守るためにもここで諦めるわけにはいかない。連打を受け、意識的なコンビネーションを繰り出すのが難しくなった僕は、体が覚えている通り━━何度も繰り返した基礎練習の通りに攻撃を繰り出し、敵にダメージを蓄積させる。
「その意気だ。もっと強くなれ!」
そんな僕に対して敵も反撃を繰り出してくるが、先ほどより威力が落ちてきている。攻撃が効いているのか? そのような中、数十分にも及ぶ攻防が繰り広げられた訳だが、ある瞬間、
「これで覚悟も実力も十分か」
僕の攻撃が効いたのかそれ以外の理由かは分からないが、敵に一瞬の隙が見えた。直接拳を交えて感じたが、こんな隙などめったに見せない実力のはず。これが最初で最後のチャンスかもしれない。ここで終わらせる!
「……!? もらった! これが僕の全力だぁぁ!」
「最後の手向けだ。受け取れ!」
その隙に合わせるように、一番自信を持つ右ハイキックを繰り出した。しかし、流石の反応速度といったところか、瞬時に敵もカウンターとして右ハイキックを繰り出してくる。……このままだと相打ち……かな?
「「グハッ」」
僕の想定通り、二人同時にその場に倒れこむ。敵のハイキックの威力は絶大で、命に別状はなさそうだけど体を動かすのもままならないダメージを受けてしまった。……だけど、僕のハイキックも手応えはバッチリだった。僕ほどダメージは受けてないかもしれないけど、すぐに立ち上がるのは難しいんじゃないだろうか。
「……そういえば貴様の名を聞いていなかったな。後生だ。教えてくれ」
お互いその場に倒れこんだまま流れた数十秒間の沈黙を打ち破ったのは相手の言葉だった。……もっとも、その内容は意図していないものだったが。
「僕の名前……? ティルピッツだ」
「ティルピッツ……か。悪くない名前だな」
名前を褒める……? そのような、村を襲った仇敵と交わすものとは思えないやり取りをしていると、遠くから近づいてくる足音が聞こえる。……もしかして、敵の増援が到着するまでの時間稼ぎなのか?
「……誰かがこちらに来ているな。吾輩の仲間がここに来る予定はない。おめでとう、貴様の勝利だ」
しかし、敵の発言によるとそうではないみたいだ。では、一体誰が……。そうこう思案しているうちに足音はすぐ近くまでたどり着き、……そして止まった。




