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第二十一話 「Another view」

選民ノ箱庭による宣戦布告が大陸中の街に出されて5日。つまり、約束の日がやってきた。


「チハ村の諸君。吾輩は【領事】の精神核保持者、ランドルフ。我々センミンノハコニワは資源豊富なこの村を、支配下に置きたいと思っている。抵抗しないのであれば危害は加えないので、降伏したまえ」


大陸の辺境にある鉱物資源が豊富なチハ村。一歩二歩、文明から遅れていることもあり、周辺地域との小競り合いすらなかったこの村に対して、乱雑に切り揃えられた短髪とボロボロに破れた服が特徴的な壮年の男が物騒な言葉と共に侵入してきたのだ。


「ほ、本当に来やがった。みんなに報告しないと」


村の警備を担っていた男、つまり侵入者の第一発見者は、すぐさま馬に乗り村人たちに事実を喧伝する。その口ぶりからは、5日前に出された宣戦布告は半信半疑だったことが容易に見てとれる。


「この声、吾輩が来ると思っていなかったのか。……正々堂々、5日前に声明は送ったはずだが」


だが、ランドルフは馬に乗り逃げ出す男を追いかけることなく、己の足取りで一歩ずつ中心部へと歩みを進めていく。その一歩は、地面の感触を繊細に感じられるほどゆっくりだ。


「改めて言おう。吾輩は【領事】の精神核保持者、ランドルフ。我々センミンノハコニワは資源豊富なこの村を、支配下に置きたいと思っている。抵抗しないのであれば危害は加えないので、降伏したまえ」


第一発見者がうまく喧伝したのか、中心部に至るまでも至った後も、村の中に人影は一つも見当たらない。そのような情景の中、中心部までたどり着いたランドルフは、聞こえなかったとは言わせないほどの声量で宣戦布告を行う。すると、その声を聞き覚悟が決まったのか、数名の男が村で一番大きな屋敷から姿を現した。


「お、俺たちでリンゼ様をお守りするんだ」


農具を武器に、調理道具を防具にして姿を現した男たちは、怯えた様子でランドルフに立ち向かう。……もっとも、装備や構えを見る限り、彼らにまともな戦闘能力があるとは思えず、命を代償にランドルフの動きを数分止めるのが関の山だろう。


「……その怯えた声、貴様ら戦闘員でもなければ村の要人でもないな。貴様らを倒したところで意味はない。村長を出せ」


男たちの戦意を感じられない宣戦布告を聞いたランドルフは、攻撃の手を加えることなく淡々と意思を述べる。しかし、男たちにも引くに引けない理由があるのか、その場から動こうとしない。


「リ、リンゼ様を出したら俺たちが殺されてしまう。だ、だからここで戦わなくちゃいけないんだ」


リンゼ━━チハ村の村長である彼を守るために、男たちはここに立っているようだ。しかし、それは忠誠心からというよりは撤退の文字がそもそも存在しないからのように思える。


「……なるほど。では貴様らを倒してから向かうとしよう。なに、貴様ら相手に加護を使うつもりはない。……使うまでもないというほうが正しいかな」


獲物を持たないランドルフは、己の身ひとつを武器に一歩一歩と距離を詰める。二方面からの脅威により、前に進むことも後ろに逃げることもできない男たちはその場から動けず、10メートルほどあったランドルフとの距離はあっという間に詰まってしまう。


「フンッ!」


男たちの首を目掛けて放たれたランドルフの手刀は、凄まじい速度で一人また一人と的確に歯牙にかけていく。しかし、その脅威は命を奪うためのものではなく意識のみを奪うものだった。


「戦意喪失した者の命を奪うほど吾輩は落ちぶれてはいない。貴様らはそこで眠っておけ」


一方的な蹂躙の時間は、1分も続かなかった。倒れた男たちを横目にランドルフは村で一番大きな屋敷━━村長の邸宅へ向かっていく。


侵入者とは思えないような凛とした態度で邸宅の玄関を開けたランドルフは、豪華絢爛な雰囲気に似つかないほど静かなエントランスを進む。すると、


「侵入者、覚悟!」


メイド服を身にまとった眉目秀麗な女性が死角からランドルフへと襲い掛かる。およそメイドが持つものとは思えない暗器を右手に持ち、ターゲットの心臓目掛けて勢いよく突き刺したのだ。その戦闘力は先ほどの男たちとはまるで違っており、基礎的な訓練を受け、普段から村長の護衛を任されているであろうレベルだった。


「ほう、先ほどの男たちよりはやるようだな。だがそれだけ殺気を出せば、吾輩に傷をつけることはできんよ」


しかし、その攻撃が心臓を突き破ることはなかった。なぜなら、ランドルフの繰り出した正確無比な蹴りが暗器にクリーンヒットし、メイドの右手から凶器を弾き飛ばしたからだ。


「吾輩の辞書に女に手をあげるという文字は無いのだ。実力差は分かっただろうし、もう抵抗はよしてもらおうか」


的確に武器のみを攻撃できる圧倒的な技量を前にして、メイドは唖然としたままその場にへたり込む。再び暗器を拾う様子もないことから、抵抗の意思は完全にそがれているのだろう。……もっとも、抵抗を諦めたのには戦力差以外にも理由がありそうだが。


「……人間の声か。この肥満体系特有のこもり気味かつ息切れ感のある声。金持ちのものだな」


そんな彼女にトドメを刺すことなく、五感を研ぎ澄ませこの村の責任者を探すランドルフ。すると、奥の部屋から息の混じった肥満体系特有の声が聞こえてきた。それほど裕福ではないチハ村において、これほど肥えることができるのは金持ち━━村長くらいだろう。


「行商人から高値で買ったトラの毛皮……これも持っていかなければ」


ランドルフが声の聞こえてきた部屋に入ると、そこにいたのはふくよかな肉体に豪華絢爛な装飾品を身につけた、いかにも成金と言った風貌の男だった。動くたびにジャラジャラと装飾品が擦れ、家の中に耳障りな音が響く。


「甲高い装飾品の音。案の定といったところだな」


「なにっ! なぜお前がここに!? 愚民どもが時間稼ぎをしているはずだろう!」


村人や従者たちを前線に立たせながら自分は逃走の準備をしていた村長━━リンゼは、声の主に驚き振り向いた。その言葉の節々から彼と村人の関係性がありありと伝わってくる。


「愚民……か。命を賭して貴様を守ろうとした者たちにその口ぶり。貴様なら何の気兼ねもなく殺せそうだ」


ランドルフがそう呟いた刹那、……いや刹那すら長すぎる表現となる速度で、彼は手刀を繰り出し、リンゼの首を吹き飛ばした。その断面は刀で斬り落としたのかというほど美しく、ランドルフの技量が感じ取れる。


「……可能であれば村長ごと支配下に置きたかったが致し方あるまい。だが、村の象徴を失った今、村人は円滑に降ってくれるであろう」


誰もいない部屋でひとり言のようにランドルフはそう呟く。そして、血まみれとなった腕を気にすることなく屋敷を後にした彼は、宣戦布告の際と同じように大声で声明を告げた。


「村長リンゼは吾輩が殺した! もう諦めて我らの軍門に降れ!」


どのような人柄であれ、この村で一番高い地位を持つ村長がやられてしまった。これ以上抵抗しては命が危ない……との思いを村人全員が感じ始めたのか、一人が降伏すると堰を切ったように次々と村人が姿を現し始める。


「それでいい。……ではまず、貴様らの特徴を知り任せる仕事を決める。ここに集まるのだ」


ランドルフの言葉に従い、降伏した村人たちは抵抗する素振りもなく一列に集まる。その姿は老若男女バラバラで、数にすれば100人弱。……おそらくほぼ全ての村人の姿がそこにはあるだろう。


「それでは吾輩は他に残っている者がいないか見回ってくる。……貴様らはそこで待っていろ、抵抗しなければ最低限の衣食住は保証するつもりだからな」


そう言い残し、ランドルフは村の徘徊を開始する。降伏した村人たちを放置したのは、彼らは抵抗しないと判断したからか、抵抗しても簡単に対応できると踏んだからか。


歩き始めて数分後、中心部から少し離れたところに小さな家屋があり、……そこから小さな物音がした。普通に生きていれば耳に入ることはないほどの小さな物音。しかし、百戦錬磨のランドルフはその音を聞き逃すことはなかった。


「……そこに隠れているな。抵抗しなければ残忍なことはしない。降伏しろ」


一歩ずつ物音のした方へ歩みを進めるランドルフ。そして、血まみれの腕によりその家屋の扉が開かれた。

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