第十四話 「交渉の余地」
三人で悲鳴の発信源へと向かうと、散らばった死体に囲まれながら、先ほどまで命のやり取りをしていた少女と黒いコートが目を引く成人男性が言い争いをしていた。
「おいホーネット! 今回のターゲットはエンターテイナーだ! 無関係の人間を殺すメリットなどないだろ!」
「イラストリアス、私は君のためを思っているのにそんな言い方はないでしょう。精霊は命の香りがするほうへ集まるという話ですので、精霊使いであるエンターテイナーの無力化にはこれが最適だと思ったのですが」
仲間割れでもしたのか、彼らは周囲に目もくれず言い争いを続けている。……半径15メートル━━彼らの声が聞こえる範囲に俺たちが近づいていることにすら気付かないほど。
「そうかそうか、アタシのためを思ってやってくれたってんならもう必要ないね。アンタの協力なしでもエンターテイナーを仕留めてみせるから黙ってみてろ!」
少女の……、イラストリアスの強い感情が聞こえてくる。あれが本当に俺たちを殺そうとした少女と同一人物なのか? 何か、何か事情があるのかもしれない。
「だったら私は観戦へと徹することにしましょう。……ちょうどターゲット自らやってきてくれたようですし、がんばりたまえ。……もっとも、もう貴方への警戒心は最高潮ですので加護は使えないと思いますがね」
ようやく気付いたのか、はたまた気付いていないふりをしていたのか、ホーネットと呼ばれた成人男性が俺たちを強制的に話の土俵へとひっぱりあげる。
「お生憎様、俺たちも一方的にやられるわけにはいかないんでね。最大限の抵抗はさせてもらう。……だけどその前に、……イラストリアス、少し話はできないかい?」
俺はハルナとアクイラを手で制し、一人で立ちはだかる敵に向かって歩みを進める。……暴力ではなく対話による問題解決を目指して。
「話? アタシはアンタに話すことなんてないね。……何度もアタシの目的を妨害してきた以上、もうアンタには敵というレッテルを張った。ここから先は正式にアタシのターゲットだ」
交渉決裂……。一歩一歩と歩みを進めてくるイラストリアスからは先ほどの比でない殺気が伝わってくる。もう戦うしかないのか……。
「……残念だ。キミとなら話し合いができると思ったのだけれど」
自分へ刃を向けてきたにもかかわらず一度俺を見逃してくれたこと、それになにより無関係の人間を戦闘に巻き込むことを嫌ったさっきの行動。アクイラを徹底的に狙う理由は分からないが、根っからの悪人ではないと思えるのは俺の思い違いだろうか。
「えらく穿った評価をしてくれてるようだけど、アタシは善人じゃないさ。自分の目的のために何人も人を殺してきた、……悪人だよ」
低い声でそう言い切ったイラストリアスは、ナイフを逆手に持って斬りかかってきた。さっきの直接対決で俺が戦闘慣れしていないことを見抜いたのか、近接戦闘で一気にケリをつけに来たようだ。……だけど、今ならそれなりに落ち着いた判断もできる。簡単ではないにしろ避けることも可能だ。
「だったら、さっき無関係の人を守ったのはなぜだ! あの表情は本心から思っていないとできないものだったはずだ!」
敵の攻撃を避けながら、一瞬の隙を探す。だが、彼女を無力化できるほどの隙なんてそう簡単には見つからない。……ダメージを与えず無力化なんて無理なのか?
「……うるさいね。アタシばかりにかまけて大丈夫かい?」
だが、そんな目の前の相手でいっぱいいっぱいだった俺とは違い、イラストリアスは広い視野で戦闘を行っていた。懐から2、3本投げナイフを取り出した彼女は、数十メートル先で怯えているアクイラへ向かってそれらを投擲する。
「クソッ! ハルナ、頼んだ!」
だけど、アクイラの横にはもう一人のMBTI、ナグモハルナが立っている。俺たちは阿吽の呼吸でアイコンタクトを取り、ハルナにアクイラを守るよう指示する。イラストリアスの手元からアクイラへとナイフが届くまで約10秒、運動家の加護を持つハルナからすれば止まって見えるほどの時間だ。
「任せて! この速度なら撃ち落とせるよ!」
高速の如き速度で突き出されたレイピアはすべてのナイフを正確無比に撃ち落とす。想定通りだが、ハルナがいればアクイラは大丈夫そうだ。
「チッ! なんなんだよ!」
起業家の加護により脳のリミッターを外している俺には、一段と早くなったイラストリアスの鼓動や、額に流れる甚大な量の汗が強化された五感に飛び込んでくる。……ハルナの登場に動揺を隠せていない、今がチャンスだ。
「悪いな! これで決める!!」
俺は握った愛刀で眼前の敵へと斬りかかる。……研ぎ澄まされた刃の背側で。
「……ッ」
俺の攻撃をモロに受け、声にならない声を出しながら地面に倒れこむイラストリアス。奇しくも先ほどと逆の立場、尻もちをついたイラストリアスが俺を見上げる構図となる。
「……なぜ殺さない。温情でもかけたつもりか」
彼女の言う通り俺は刃の背側━━峰側で最後の一撃を繰り出した。……甘すぎると言ってしまえばそれまでだが、それでも俺は最後に彼女と話がしたかった。
「……キミと話がしたかった。トドメをさすのはそれからでもいいと思ったから」
俺のその言葉を聞き、イラストリアスは少し考えるような表情を見せた後口を開く。
「……少しだけだ。それが終わったらアタシを殺せ。命乞いをする口など持ち合わせていないからな」
優しい一面もある彼女が、執拗にアクイラを狙うのには何か理由があるはずだ。もしかしたら、俺たちが戦う必要なんてないのかもしれない。そう思った刹那、
「お疲れさまでした。貴方はここで終わりです」
イラストリアスの頭部へ向けて、投げナイフが飛んでくる。その射手は先ほど彼女が言い争いをしていた傍観者━━ホーネットだった。




