第十三話 「九死に一生」
「アタシの不意打ちを妨害できた奴は初めてだよ」
打ちつけた壁に跡ができるほどの速度で突き飛ばしたにもかかわらず、俺たちの敵はさほどダメージも受けていないのか、けろりとした顔で立ち上がる。
「黒髪のアンタ、エンターテイナーを差し出しな。そしたらアンタに危害は加えねえよ」
「そうはさせない! アクイラさん、下がってて!」
最初の奇襲もアクイラがターゲットだったし、敵の言葉は本心だろう。……でも、俺より年下の、……それも女の子が襲われているんだ。ここで引くことなんて出来ない!
「だったら仕方ないね、アンタに恨みはないがここで二人まとめて消えてもらうさ!」
速いっ! スピードだけじゃなく、動きにも無駄がない。俺と年齢はそう変わらないはずなのにこの迫力……、どれだけの修羅場を潜り抜けてきたんだ。……だけど、俺も負けるわけにはいかないんだ!
「アタシの動きを目で追えるか。動きはズブの素人なのに感覚だけは異次元だな。なんかクスリでもやってんのか?」
突きに斬り払いまで、ナイフによる多種多様な攻撃が繰り出される。その速度は空気を切り裂く音が聞こえるほどで、元の世界の剣道師範代でもこれほどの速度は見たことがない。……だけど視える……、脳のリミッターを外すことができるという【起業家】の加護で五感を強化すれば、攻撃の軌道が目で追える!
「それは企業秘密さ。だけど、やられてばかりはいられない! 今度は俺の番だ!」
買ったばかりの愛刀を背中から抜き取り、目の前の倒すべき敵へと向かって切りかかる。冷静な状況であれば、多少なりとも剣道の技術を取り入れた攻撃ができたのかもしれない。だけど、初めて行う命のやり取りを前にしてそのような冷静な思考などできるはずもなく、ただがむしゃらに右へ左へ剣を振り回すことしかできなかった。
「隙だらけだ! そんな攻撃当たるかよ!」
もちろんそんな俺の動きは攻撃と呼べるものではなかったようで、渾身の垂直斬りがいとも簡単に躱されてしまった。……その勢いのまま倒れこむように体勢を崩した俺が隙だらけだったことは言うまでもない。ただ、そんな隙だらけの俺に向かって敵が繰り出した投げナイフは、俺の体に当たることなくスレスレを掠るような動きを見せ地面に突き刺さった。……あれほどの技量なら命中させるのは容易なはずだろ?
「最初も言ったがアタシの目的はそこのエンターテイナーだけだ。もう一度聞く、ソイツを渡せ。次は当てるぞ」
「俺の答えは変わらない! 俺の命に代えてでも彼女を守る!」
「ハッ、カッコつけやがって。これが最終通告だったが、その選択をするなら仕方ない。サヨナラだ」
俺は地面に倒れこみ、敵を見上げる体勢となっている。……啖呵は切ったものの不利な状況であることに変わりはない。限界の状況で脳をフル回転させ打開策を練っていると……、
「さあ泣け! 喚け! この街から命の灯火よ消え去ってしまえ!」
大広場の方から周囲に自分の存在を主張するような、聞き覚えのない男の雄叫びが聞こえてくる。一体何が起きているんだ!?
「た、助けてーー!」
男の雄叫びがやんだ直後、ひとつまたひとつと断末魔の叫びが広場中へ響き渡る。その声の主に統一性はなく、性別も年齢もバラバラのようだ。
「この声……、あの野郎!」
……恐らく大広場ではよからぬことが起きているのだろう。この状況を打破して早く駆けつけないと……。だが、そう考えていたのは俺だけでなく眼前にいる生死のやり取りをしていた相手も同様だったようだ。
「命拾いしたな」
俺が瞬きをしたのが先だったか、目の前の敵がそう捨て台詞を吐いたのが先だったか、詳しいことは分からない。ただ、俺が寸刻視線をシャットアウトしていた間に、眼前に立っていたのは、俺に殺意を向けていた謎の少女から10歳にも満たないような幼い少年へと変わっていた。
「一体どうなって……。でも、これはチャンスだ、広場へ向かわないと。アクイラさん、絶対に俺から離れないでね。あと、キミは危ないからここで隠れているんだ」
俺は突如目の前に現れた少年にそう告げ、アクイラを引きつれ悲鳴が聞こえてきた場所へと駆けつける。すると、同じように悲鳴を聞いて走ってきたのだろう、隣の路地からハルナの姿が飛び出してきた。
「ヤマトくん、アクイラさん。心配したんだよ」
「ハルナ! 無事だったか! だけど説明はあとだ、早く悲鳴の方へと向かうぞ」
なぜハルナが隣の路地から出てきたのかは分からないが、全員無事なことが確認できたのは不幸中の幸いだった。だけど、俺たちに安堵している時間などない。急いで悲鳴の方へ向かわないと!




