第十二話 「視覚×死角×刺客」
「この宿の朝食美味しかったな! まさかこの世界で味噌汁が飲めるとは!」
時刻は9時30分。店主の嗜好なのか、日本食風の朝食を終えた俺たちはアクイラとの約束に遅れないように宿を出る。昨日新調した武器も忘れず装備し、準備万端だ!
「アクイラさんの話、楽しみだね。MBTIってだけじゃなくて世界中を旅してるみたいだからたくさん情報持ってそうだし」
宿から約束の広場までは歩いて10分ほどだった。少し早めに到着し、二人でアクイラに聞きたいこと、アクイラに伝えておきたいことを改めて整理する。そのような感じで準備をしていると、9時55分、約束の時間5分前にアクイラが姿を現した。
「ごめん、待たせちゃったかな? ではさっそく本題に入ろうなんだぜ」
そうして、3人で話を始めようとした矢先、突き刺さるようなたくさんの視線を感じた。さすがは稀代のエンターテイナーと言ったところか、彼女目当てのファンが続々と集まってきてしまったみたいだ。こう観衆を集めてしまっては内々の話なんてできないし、どうしたものか……。
「これではゆっくり会話は難しいんだぜ。ファンのみんな、ごめんな!」
半ば諦めかけていた俺たちだったが、それとは対照的にアクイラは表情を一切変えていない。そんな彼女が指を鳴らすと、周辺に土埃が舞い始め、観衆たちの視界をジャミングし始めた。
「それじゃあ、静かに話せそうな人気のないところに向かおうか」
おそらくアクイラの加護だろうと思うが、土埃は俺とハルナの目に入ることはなかった。そのような奇妙な体験をしながらも、俺たちはアクイラの指示に従い、人気のない路地裏へと歩みを進める。
「ここなら大丈夫かな。ではさっそくだけど自己紹介から始めようか。知っているとは思うけど、ボクの名前はアクイラ。【エンターテイナー】の精神核を持つMBTIなんだぜ」
「そうだね。俺の名前はコガ ヤマト。そして……」
「私はナグモ ハルナです。アクイラさん、よろしくお願いしますね」
アクイラから始まった自己紹介は俺たちの番へ移り、こちらも簡易的な挨拶を終えた。……だけどMBTIが3人集まったんだ、これだけで自己紹介が終わるわけないよな。
「珍しい名前だな……。だけどそんなことは気にしないんだぜ。ズバリと聞こう、キミたちの加護を教えてくれないか」
彼女の疑問ももっともだ。俺たちがMBTIだと名乗った以上、自己紹介にはそこまで含まれるのは当然だろう。
「……そうですよね。私は【運動家】の精神核を持つMBTIで、加護は【超常的な俊敏性】です」
「……なるほどな。ではそちらのキミは?」
「実は加護の詳細が分からないんです。分かることは、【主人公】の精神核ってことだけ……」
嘘のように聞こえるが、はっきりとした真実をアクイラに伝える。信じてもらえるかわからなかったが、彼女の表情から察するに腑に落ちてはくれたみたいだ。
「珍しいもんなんだぜ。……だけど、とりあえず自己紹介はこんなところかな。ボクに聞きたいことがあるんだろう? さっそく質問してくれ……と言いたかったけど、一番気になるだろうボクの加護について話していなかったね。いいぜ、MBTIのキミたちにはスペシャルサービスなんだぜ!」
そう話した彼女が指を鳴らすと、突如として火球と水球が空中に励起し、通常の物理法則では考えられない乱舞を見せる。そして、数十秒程度俺たちを楽しませてくれた暁にはすべてをもみ消すように土塊が火球と水球を押しつぶし、乱舞の終了を告げた。そのスケールは昨日広場で見たものとはワンランク違う、彼女の言葉通りのスペシャルサービスだった。
「ボクの加護は【精霊融和】で、火、水、風、土をつかさどる精霊たちとコミュニケーションが取れるってやつなんだぜ! 普通の人たちには精霊の声どころか姿も見えないけれど、ボクには周囲に漂う精霊のみんなの声がはっきりと聞こえるんだ。だから、さっきみたいな技が使えるんだぜ!」
すごい……。今回みたいなエンターテインメントに昨日みたいな怪我の治療、さらには攻撃手段にまで使える汎用性の高い加護じゃないか!
「こ、これがエンターテイナーのMBTI……。なんて便利な加護なんだ……」
思わず口をついて出たそんな言葉にアクイラは「へへーん。すごいだろう!」と体全体で表現するようにふんぞり返っていた。……年相応な可愛いところもあるなと思ったのは内緒だ。
「そんなアクイラさんに一つお聞きしたいことがあるんですが、指揮官ってMBTIを知ってますか? 私たちの旅の目的はその人を見つけることなんです」
「…………聞いたことないなぁ。力になれず申し訳ないんだぜ」
ハルナの質問に対し、まるで自分のことのように悩んでくれたアクイラだが、その口から期待した言葉は帰ってこなかった。しかし、ショーを中断してまで少女を助けた昨日の態度だったり、俺たちに親身になって考え事をしてくれたりと悪人ではなさそうだ。
「でも、MBTIについて嗅ぎまわるなら気を付けておけよ。センミンノハコニワって奴らが何か良くないことを企んでるって噂だしな」
「「選民ノ箱庭を知っているんですか!?」」
俺とハルナがその言葉を発したのはほぼ同じタイミングだった。選民ノ箱庭に関する情報なんて喉から手が出るほど欲しい。絶好のチャンスだと話をたたみかける。
「噂程度だけどな。キミ達の旅の目的は人探しみたいだが、ボクの目的は世界中の人々を笑顔にすることなんだぜ。だから、そんな人々を不幸にする集団は許せないんだぜ」
アクイラが少し感情的にそう言い切った瞬間……、
「やっと見つけた。そんな思考回路なら問題なく殺せるな」
刹那のうちにハルナの姿が消え、彼女がいた場所に俺とそう年齢の変わらない少女が立っていた。……いや、立っていたのはほぼ一瞬だったか。気付いた時には少女のナイフと物騒な言葉がアクイラの耳元に迫ってくる。
「危ない!」
アクイラを助けたい、彼女を殺させはしない。そう強く願った瞬間、子供が誰に言われるまでもなく呼吸ができるように、ミツバチが生まれた時からダンスでコミュニケーションが取れるように、本能的に加護の使い方を理解できた。……これならいける!
「と、ど、けー!」
そんな俺の想像通り、踏み込んだ足により地面がえぐれ、体感したことのない反作用が体に帰ってくる。初めてだけど、……耐えられないことはない!
「へぇ……。やるじゃん」
技術も何もない、力に身を任せた体当たり。しかし、技術やテクニックを補えるほどの馬鹿力を使えば、ターゲットを数メートル先の壁まで突き飛ばすことなど容易だった。
「いったいどうなってるんだぜ!?」
「話は後だ! 今はそこの女の子を倒すことだけ考えよう!!」
なぜハルナが消えたのか、この少女……敵が何者なのか。俺もアクイラもこの事態を理解できてなんていないが、今は目の前のことに対処するしかない!




