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事業会議

 それから数日後。スカーレットはポリッチ侯爵と事業の詳細な話をするべく、貸し会議室の一室へと赴いていた。

 仕事の話であれば屋敷内で行えば簡単に済む話であるが、侯爵が妙齢の女性であるスカーレットの事を考慮し、あえて貸し会議室の予約をしてくれていたのだ。


 この貸し会議室は会員制で、身分がしっかりしている人間しか登録出来ない。更に部屋は全室ガラス張りになっているので、何か起きても直ぐに誰かが気付いてくれる。

 更には不測の事態が起きた時には、部屋にある緊急用のベルを鳴らせばスタッフが駆けつけてくれるようになっている。侯爵の配慮には感謝するしかない。


 その部屋で2人はテーブルを挟んで向き合って座っていた。


「改めて『速達事業』に関する概要を説明しよう」

「お願いします」

「この事業の目的は、レースを引退した馬の次の活躍先を広げる為のものだ。勿論社会にとっても有益であるものでなければならない」


 侯爵の再度の説明にスカーレットは頷く。馬の競技人生は短い。平地競走では最高でも8歳が引退年齢だ。

 平地競走に比べて障害や馬術など、他の競技の馬は引退までが比較的遅く、10歳~15歳で引退する。勿論衰えが来るのが早ければ、より早い時期に引退を迎える。


 それに対し、寿命は適切に健康管理してあげれば20歳以上生きられるのだ。中には30歳以上生きた馬もいる。


 高齢で引退した馬であれば穏やかに余生を過ごさせてあげれば良いが、まだまだ動ける時期に路頭に迷うような馬生を送ってほしくはない。

 しかし事業であるからには自己満足ではいけない。需要が生まれなければ結局馬を路頭に迷わせてしまうからだ。


 引退馬の仲介事業は、まだ活躍出来る馬の次の活躍場所を探し、老いた馬がいれば余生を過ごす場所になる。速達事業は特に引退が早い平地の競走馬の需要を生み出す。

 2つの事業が上手く循環していけば、お互いがお互いの支えとなるだろう。


 侯爵は机に広げられた自国の地図に指を指す。


「首都リームとエスナモリナは政治、メリザスとバルネカールは商業の重要都市だ。この4つの都市は共に昔から重要な地点として発展してきた。過去の歴史を紐解いても、街同士での手紙のやりとりが残されている」


 侯爵が政治的に重要な2つの街と、商業的に重要な2つの街に駒を置く。これらの地点は直線距離で繋げれば距離は150キロメトルほどだ。

 しかし実際に馬車で行く場合は、200キロメトルほど移動しなければならない。それは何故か。


「だが、これらの地点において最短で繋がるルートは無い。理由は道路状況の事情にある」

「そうですね。どちらも馬車にとっては不便な道ですもの」


 侯爵の説明をスカーレットが引き継ぐ。侯爵は「ご名答」と満足そうに口角を上げる。


「そうだ。リームとエスナモリナは最短距離で行こうとすれば、途中で道幅が狭い場所や坂が多い場所を通らなければならない。

 またメリザスとバルネカール間の道は広いが、冬は雪が積もりやすく車輪が埋もれやすい。その為、従来の郵便馬車では迂回せざるを得なかった」

「そこで騎馬の登場なんですね」


 侯爵は速達を早く届く代わりに料金を割高に設定する事で、通常の郵便との差別化を図ると説明した。

 料金で区別すれば自然と割高の速達は配達量が少なくなる。荷物の量を制限すれば騎馬でも無理なく運べるだろう。


「馬の負担を軽くする為に配達人の体重も制限する。配達人にとっては大変だが、その分給料が良ければ人は来るだろう」

「そういえば護衛はどうするんですか?」


 スカーレットは顔を上げて気になっていた事を質問する。元競走馬と体重の軽い運び人であれば、盗賊から逃げ切れるかもしれない。しかしやはり不安もある。


「配達人には銃を支給する。片手でも馬を操れるよう、みっちり訓練する予定だ」

「そうですか」


 性能の良い銃を支給しておけば大分違うかもしれない。昔は銃も所持していなかったそうだから、一先ずはそれで様子を見るのが適切か。


「それとメリザスとバルネカールには試験的にトロイカも導入したい。夫人はご存じだろうか?北の国にある三頭立ての馬車なんだが」

「そのような馬車もあるんですね?一体どんな物でしょうか?」


 スカーレットは驚いたように目をしばたかせる。1頭や偶数立ての馬車は見かけるが、三頭立てとは見たことがない。

 ポリッチ侯爵はその瞬間に目をキラキラと輝かせ、記憶を思い出しているのか目線を斜め上に上げる。


「昔、北の国に留学していた時に数回だけ乗った事があるのだがな。あれはとても速いぞ。郵便馬車の3倍以上は速く走れる代物なんだ!」

「まぁ!3倍も!」


 スカーレットは驚きのあまり声を張り上げる。だが同時に3倍は言い過ぎだろうと訝しむ。きっと無意識のうちに記憶が誇張されているのかもしれない。精々2倍くらいだと考えた。

 それでもなぜこの国に伝わらなかったのが不思議なくらいに速い。もし本当であれば郵便事情に革命が起きるのは必須だ。


「冬はソリ、それ以外の季節なら車輪付きの馬車を使えば問題ないだろう。勿論この方法が通用するかどうか、テストしてみるつもりだ」

「この馬車なら現金輸送にも使えますね」


 もし上手くいけば商売の幅が広がるチャンスだと、スカーレットの唇の端が自然と上がる。


 商人達が最も警戒している場面は、多額の現金を運ぶ時である。

 通常はリスクを回避する為に為替を使った取引が行われているが、どうしても現金を持ち運ばなければならない場面は出てくるものである。


 例えば銀行は各支店が預かった金銭を本店へと送る必要があるし、店であれば各取引先へ金額を支払わなければならない。

 お金を運ぶ場所が近場であればまだしも、馬車を使わなければならない距離にあった場合は危険度は跳ね上がる。


 過去に何度も貴族や商人を乗せた馬車やキャラバンが盗賊の襲撃に遭っているのだ。護衛を雇っていたとしても、護衛ごとやられてしまった話もそれなりに聞く。


 だが本当にこのような速い馬車による輸送が実現するとしたら、盗賊からの襲撃を受けても確実に逃げられる。1番リスクが少ないのはそもそも盗賊に遭わない事だが、逃げられる確率が上がるのなら願ったり叶ったりだ。


「そうだな。更なる収益に繋がるが、それについてはおいおい形にしていこう。今は速達事業の確立だ」

「そうでしたわ。つい興奮してしまって」

 

 お互い子どものように心が弾んでしまったと、クスクスと笑い合う。夢を広げるのも良いが、まずは確実に計画を進めるのが先決だ。


「いやはや、私もうっかり熱が入ってしまって」

「仕方がありませんもの。こんな革命になるような事、興奮しない方がおかしいですわ」


(やっぱり、彼と話すのは楽しい)


 スカーレットは、彼との会話を通して改めて己の気持ちを見詰める。自分は会話の内容だけでなく、彼との会話自体が楽しいのだと自覚していた。



 ポリッチ侯爵との話は順調に進み、スカーレットは現地調査と出資者を見繕う役目を任された。

 こうして初めての会議は順調な滑り出しをみせたのである。

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