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思いがけない誘い②

 ポリッチ侯爵の計画は以下のものである。

 現在において通常の手紙は郵便馬車に託し、早く届けてほしい手紙の場合は自分で使いを出す仕組みになっている。彼は後者を自分達で一手に行おうとしているのだ。

 侯爵はこの郵便形態を仮に「速達」と名付けた。


 夕方や夜に出発する郵便馬車との差別化の為に、速達の出発は朝と昼の2回に分けるそうだ。


「まずは試験的に商業的に重要な2点の街と、政治的に重要な2点の街。これらを結ぶ経路に事業を展開する計画です」


 新しい事業となるとシステムを1から考えなくてはならないし、先行投資の額も跳ね上がる。最初から全国展開ではなく試験運用をするのは妥当な判断であろう。

 商売も政治も、情報の伝達の早さが命だ。これらの街に目を付けるのも悪くはない。


 更には郵便馬車はルートが決まっており、これらの街を直通する路線は無かった筈である。仮に出した手紙がその日のうちに目的地に着くのであれば、これほど便利な事はない。


「なんせ新規の事業だからね。私1人で全てを行うのは難しい。だけどみんな尻込みしてしまって中々共同経営者が集まらなくてねぇ」

「あぁ……」


 ここからスカーレットは何故侯爵が自分に声をかけたのか、なんとなく予想がついた。

 多少の出資なら問題ないが、共同経営となると上手くいかなかった時のリスクは高まる。

 特に成功か失敗かは実際にやってみないと分からない新規の場合は、借金を抱える可能性もある以上、踏み切るのは難しいだろう。

 となれば、経済的に余裕のある人間を共同経営者として迎えれば計画もやりやすくなる。


「貴女は様々な伝手を持っていますし、領地経営の腕も優れていると友人達から聞いております。是非私がカバーしきれていない部分をお願いしたく、こうして声をかけたのです」


(あら、分かってんじゃないの)


 資金目的ではなく領地経営の技量を評価されたスカーレットは、先程の冷めた気持ちから一転して上機嫌になる。

 チョロいと言われても仕方がない。元はエリックの為に必死に勉強していた事が、こうして評判となって思いがけない抜擢となったんだから。

 それに単純に褒められて嬉しく思わない人間はいない。


 共同経営者と言う名の資金提供者として誘われたのであったならこの話は断るつもりだった。だが腕を買われたというのなら俄然やる気も出てくる。


「そういう事であれば是非関わらせてくださいな」


 新しい郵便の形に興味を覚えたし、勉強してきた事が外でも通用するのか腕試しにもなる。それにもしこの事業が成功したら馬達の新しい活路になるんだから。




 ほくほくした気持ちでパーティから帰って来たスカーレットは、朝を迎えた翌日にエリックに事業について報告する事にした。

 本当はその日のうちに報告したかったのだが、彼が夜遅くまで起きて待っているなんて

殊勝な事はしない。

 朝の挨拶もそこそこに、カトラリーに触れようとする彼を制して口を開く。


「報告しておきます。実は私、ポリッチ侯爵とこのたび新規の事業を立ち上げる事にしました」

「ポリッチ侯爵と?」


 エリックは意外そうに眉を上げる。その顔は相変わらず内心が読めない。

 別にわざわざ報告しなくても良いと思うのだが、変な誤解をされても困るので念の為だ。


「彼とそんなに仲が良かった記憶がないが?」

「趣味を通じて知り合ったんです」

 

 彼女は敢えて「競馬」ではなく「趣味」だと曖昧に濁す。エリックには競馬の事は話していないからだ。

 競馬は彼女にとって唯一の、夫が付き添う可能性の無い趣味だ。それもこれも全て彼のズレた考えに原因がある。


 彼は普段から冷たいくせに世間に夫婦仲の悪さを露呈させない為なのか、たまに夫婦で出かける日を設けるのだ。

 勿論会話などはなく、隣にいるのがフローラでなくスカーレットだからか、表情も仏頂面のまま崩さない。

 それが余計に周囲の噂の的となる要因になっているのだ。全くアピールの意味がない。


 スカーレットも何度も「無理に2人で出かけようとしなくて良い」と進言したのだが、自分の態度に気づいていないのか一向に外出を止めようとしない。

 だから夫婦での外出の際は、会話が無くても何とかなる演劇鑑賞を選んでいたのだ。しかし、どんなに感動的でも面白可笑しいストーリーでも無表情だし、見終わった後の感想もない。


 会話も気持ちの共有もない、ただ緊張感が漂うだけの外出。そんな外出のどこに楽しむ要素があるだろうか。


 そんな彼を競馬場に連れて行けば、アレクサンダーを前にしても全くはしゃげず、何かの罰ゲームのような時間を過ごすだけである。

 だから競馬だけは、自分の聖域だけは彼に知られないよう死守しなければならないのだ。知られたら最後、次からの外出先の候補になってしまう可能性だってあるんだから。


「どんな事業なんだ?」


(良かった。趣味について深く聞いてくれなくて)


 スカーレットは秘密の趣味が知られずに済んで密かに胸を撫で下ろす。どうせ彼が今気にしているのは、浮気云々じゃあくて競合他社となる可能性についてだろうけど。


「新規なので今はお答えできません。ですがキーン家が手掛けているものとは競合しないのは確かです」

「……そうか」


 納得にしては妙な間が気がかりだったが、報告は終わったとスカーレットはさっさと食事に取りかかった。

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