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妄執の発露

「エリック様、何をなさるつもりですか?」

「切り落とす。私の妻に触れた手など存在する価値はない」


 彼の目は本気だった。もう伯爵の無力化は出来ている。これ以上怪我を負わせるような行為をすれば、今度は彼が傷害罪で捕まってしまう。


「これ以上は貴方が罪に問われてしまいます。それに彼の手が無くなれば、世話を焼く奥方やメイド達が苦労してしまいます」

「……一理あるな。私の妻に感謝しろ」


 別に伯爵の手がどうなろうと興味がない。むしろ二度と下衆な真似をしないようにしてくれた方が願ったり叶ったりだが、この国は法律があるし今は憲兵の目もある。

 あくまでエリックの為に、彼の世話をする羽目になる彼女達の為に説得すると、逡巡の末に怒りを抑えてくれたらしい。怒気を押し殺したまま腹部にもう一発、無言の蹴りを叩き込んだ。


「良かった……本当に無事で……。あぁ、手首に痣が……。他は何もされていないか……?」

「うん。私、頑張って時間稼ぎしたから」

「あぁ、部屋を見ると分かるよ……。うんと頑張ったんだな……」


 温度の無い顔から一変して泣きそうな顔になったエリックに、ギュウギュウと抱き締められる。ちょっと苦しいが、あの時本気で怒ってくれたのが存外嬉しかったので甘んじて受けよう。


「ぐぅ……っ。私はトリュー夫人に騙されただけだ……」


 憲兵に縛られ、連行されていく最中の伯爵が呻く。騙されただけで無罪になるなら憲兵も軍隊もいらないが、彼1人を捕まえても事態は解決しない。黒幕はトリュー夫人だ。

 彼女の目的が自分を辱める事なら、何処かで見届ける為に潜んでいるかもしれない。逃げられる前に捕まえないと、後で証拠も有耶無耶にされてしまうかもしれなかった。


「そいつの言う通り、裏で糸を引いているのはトリュー夫人よ。彼女も探さないと……」

「ご心配なく。既に捕えている」


 背後からの声にスカーレットは驚いて振り返る。なんと侯爵が現れたのだ。逃れようと藻掻くトリュー夫人を拘束している憲兵を率いて。


「裏口からコソコソと出て行こうとしていたのがどうにも怪しかったのでね。捕まえてもらったよ」

「ちょっと!私は無関係よ!」


 形成は逆転した。この期に及んでも往生際の悪い彼女に引導を渡してやろうと、彼に腰を支えてもらいながら胸を張った。


「あら、この部屋で私に熱い本音をぶつけてくれたのにもう忘れちゃったのかしら?」

「お前……!何で無事で……!?」


 まんまとボロを出した彼女に口端を上げる。スカーレットの顔で失言に気付いたようだがもう遅い。


「お前なんてあのまま犯されていれば良かったのに!」

「今、何と言ったんだ?」


 悔し紛れの一言にエリックが再び極寒の空気をまとう。殺気に一瞬青褪めたトリュー夫人だが、恨み言を言わずにおれないのか直ぐに噛みついた。

 

「ロイマー伯爵もポリッチ侯爵も!このアバズレに騙されているんですよ!」


 トリュー夫人はスカーレットを指差し、声高に叫ぶ。


「この女は色目しか能が無いくせに、出しゃばりで小賢しいフリが得意なだけの無能です!だから私が懲らしめてやらなきゃって思ったんです!こういう輩は罰を与えないと一生調子に乗りますからね!」


(ふぅん、そんな風に思っていたんだ……)


 そっちこそ人の努力を知らないくせによく言えたものだ。いや、知らないからこそ何とでも言えるのだろう。

 しかも懲らしめるとは、裁きの神にでもなったつもりだろうか。笑わせてくれる。

 

「私なら立派に当て馬をやってのけました!エリック様とフローラさんの邪魔を決してせずに、お2人の幸せを祈りながらお飾りの妻の役目を遂行出来た筈です!端からあんな出しゃばりには無理だったんですよ!」


 トリュー夫人の性格上、最後まで当て馬役を遂行出来たかは首を捻るしかない。

 エリックが好きであれば、夫婦になるとどうしても期待してしまうものだ。例え当て馬だと分かっていても。

 すれ違いが発覚する以前も、彼は何とも思っていない女性への対応はごく普通だった。しかし果たしてそれで彼女が満足するかどうか。


(多分無理かな……)


 当時の婚約者の存在も忘れて「自分なら上手くやれた」と、今も現実が見えていない主張をするトリュー夫人では、早々に破綻していたかもしれない。

 

「自分の立場が危うくなると今度は侯爵に色目を使って取り入って!そういうところだけは本当に世渡りが上手いんだから!」


 彼女は侯爵の目が笑っていないのに気付いているんだろうか。散々人の事を無能だのなんだのと貶していたくせに、思考が鈍く人の機微にも疎い時点で説得力がない。


 トリュー夫人の言葉は裏を返せば、ポリッチ侯爵は女の色目ごときに直ぐ魅了される男だと言っているも同然なのに、スカーレットを貶める方が大事らしい。

 侯爵に向けて訴えている筈なのに、肝心の彼の反応には無頓着にキャンキャンと吠えている。

 

 そこまで考えが及んでいない時点で、トリュー夫人の短絡的な思考が露呈していた。


「その癖にこの女、口を開けば『アレクサンダー』『アレクサンダー』って!役者にここまで入れ込むなんて、どうしようもない節操の無さですわ!侯爵!今からでも遅くはありません!こんな女とは縁を切ってください!ご子息の教育に悪いわ!」

「プフッ!」

 

 トリュー夫人の言葉の意味を一瞬遅れて理解したスカーレットは思わず噴き出した。それに釣られて侯爵も声を上げて笑う。


「な、なによ?何がおかしいのよ?本当の事でしょ!?」


 虚を衝かれたトリュー夫人が、狼狽してスカーレットと侯爵を交互に見る。

 笑ったのが彼女だけなら降参だと捉えられた。だが侯爵までもがおかしそうに笑っているのだ。

 正論を言った筈の自分がなぜ笑われるのか分からず、後ずさろうとする。それも憲兵に拘束されている所為で叶わなかった。

 

「侯爵聞きまして?彼女ったら私の話してたアレクサンダーを人間の方だと思ってたみたい!」


 事情を知らない者には理解不能な台詞に、トリュー夫人とエリックは目を見開いた。

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