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攻防

 伯爵が入った瞬間にガチャリと鍵がかけられる音がする。どうやら閉じ込められてしまったようだ。


「おおロイマー夫人……ご機嫌麗しゅう……」

「これが麗しいように見えたら貴方の目は節穴ね」


 成程彼もグルという事か。察したスカーレットは威嚇のように不機嫌を露わにする。


「フフフ、辛辣な貴女も素敵ですよ」

「まだ分からない?私、素直な人間だから好きな人には好意を向けるけど、嫌いな人間には悪意をぶつけるの」

「大丈夫ですよ。貴女の気持ちは分かっております」


 本当に分かってる人間は、嫌がる人間ににじり寄るなんて事はしない。

 ダメだ。全く話が通じない。元々人の話を聞かない人間だったけど、こんなに明け透けに拒否してるのに全くめげないなんてどれだけ前向きなのだ。いや、こういうのはもう頭がおかしい部類だ。

 

「いや!来ないで!」

「ウブな方だ……。手荒な事はしません」

「来たら……こうするわよ!」


 スカーレットはテーブルの上にある灰皿を思いっきり伯爵に投げ付ける。動きを止めるまでにはいかないが怯ませる事は出来た。

 この勢いに乗じてグラス、厚みのある本、化粧鏡、などなど投げられそうな物は何でも投げる。床に落ちて割れた物もあるが、後で弁償すれば問題ない。

 嫌がらせとして更に花瓶の水をかけ、更に花瓶そのものを投げ付けてやると、伯爵は苛立たしげにスカーレットを睨み付ける。


「ロイマー夫人……いくら温厚な私でも怒りますよ?」

「私はもうとっくに怒ってるわよ!」


 それはこちらの台詞だと思いながら投げる手は止めなかった。トラブルになれば面倒な相手だからと、角が立たないように対処していたのが間違いだった。

 エリックに牽制されていたにも関わらずこんな暴挙に及ぼうとするとは、女好きだけでは飽き足らずとんだ外道だ。

 自分の矜持にかけて、こんな男なんかに屈する訳にはいかなかった。


 だが鍛えていない貴族の夫人の体力ではあまりスタミナが持たず、バテているうちに距離を詰められ両手首を掴まれてしまった。

 女の力では振り解けない。ならばと今度は見るのも嫌だが、伯爵の顔になるべく自分の顔を寄せた。

 

「キャアアアアッ!変態ぃいいいいい!強姦魔ぁああああああ!」


 鼓膜を破る勢いで耳元で叫んでやる。こんなにドタバタしているにも関わらずスタッフの1人も様子を見に来ないとは、恐らく金でも握らせて何があっても来ないように言い含めているんだろう。

 兎に角エリックが来るまで時間稼ぎしなければと必死だった。出来れば伯爵が予想外の抵抗に萎えて、退散してくれるとありがたいのだが。


 大音量に歯を噛み締めた伯爵がとうとう苛立たし気に彼女を睨みつけた。


「このアマっ!」

 

 バチン!と間近で音がしたと共にスカーレットの視界がブレる。次に腕や足などを強かに打ち付けて苦悶の声が漏れた。

 伯爵はちっとも思い通りにいかない事に苛立ったのか、なんとスカーレットを平手打ちしたのである。衝撃で床に倒れ込んだ彼女だが、それでも痛む頬を手で押さえながら無理矢理身体を起こそうとした。


 叩かれた頬がジンジンと焼ける。けれども屈した瞬間に、自分の尊厳は砕ける。

 きっとジュリアは無事にロイマー邸に辿り着いている。エリックが本当に自分に少しでも愛情があるなら、今頃探している筈だ。


 それまで自分も頑張って耐えなければならない。気力が削がれそうになる身体に鞭打って、腕や足に力を入れようとする。


「人が下手に出ていればつけあがりやがって!男に見向きもされない寂しい女を私がもらってやるって言ってるんだ!いい加減に大人しくしろ!」


 立ち上がるのを待つつもりはないのか、伯爵は彼女の上に覆いかぶさり、再び両手を拘束する。

 優しい雰囲気に見せかけようとしてしていたが、これが彼の本性なのだ。スカーレットを見下げて、この女ならば自分のモノにできると一方的な欲を向けるような下郎なのだ。


「止めてって言ってるでしょ!アンタなんか死んでもゴメンよ!」


 こんな男の好きにされるなんて死んだ方がマシだ。なんとか一矢報いようと睨んでいると、前に読んだ本に書かれていた男同士の喧嘩のシーンに、相手の股間を蹴り飛ばす描写があったのを思い出す。

 おあつらえ向きに拘束されているのは手首だけだ。手に力を籠めるフリをして、脚の間にぶら下がっている粗末なモノを蹴るべく狙いを定める。


 その時、扉の外で誰かが叫んだ。


「あの人です!俺を殴った男は!」

「何だお前等!近づくんじゃねぇ!」


 怒号と足音が入り乱れ、空気が一気に張り詰める。

 伯爵の意識が自分から逸れた隙を逃さず、スカーレットは彼の脚の間にあるモノを強かに蹴り上げた。


「私は此処よ!外からカギがかけられているの!」

「スカーレット!」


 伯爵が悶絶している間に叫んで存在を知らせると、エリックが自分の名前を叫ぶ。彼は此処まで探しに来てくれたのだ。

 外からドン!ドン!とドアが激しく叩かれる。不利な状況を悟った伯爵が痛みに悶えながら立ち上がろうとするが、その前にドアが破られた。


「スカーレット!」

「奥様!ご無事で!?」


 エリックと執事が部屋の中に雪崩れ込み、部屋の中の状況を目の当たりにする。スカーレットは拘束が緩んだ隙に抜け出そうとしている最中で、伯爵は未だに急所の痛みが癒えていない。

 つまり伯爵は、スカーレットに半ば覆い被さった状態のままだった。


 その光景を認めた瞬間、エリックの顔から表情がごっそり抜ける。何の温度も感じられない謂わば虚無を孕んだ顔に、直視してしまったスカーレットは自分に向けられたものではないと分かっているのに、背筋が冷えた。


 以前に毎日のように見ていた仏頂面の比ではなかった。本当に激高した彼はこんなに周りの温度が下がるような気配を発するのだと初めて知った。


「グエッ!」


 エリックは蹲っている伯爵に無言で近寄ると、粗野な動きで彼の横腹を蹴って床に転がす。潰れたカエルのような声で仰向けに倒れた伯爵の腹に、更に足を乗せて動きを封じた。


 その間に執事によって助け起こされたスカーレットは辺りを見渡す。憲兵が男達を拘束し、あの時に殴られた御者も「ご無事で良かった……」とおいおいと涙を流している。


(助かった……のよね?)


 安心した途端に気が緩んだのか、膝がガクガクと笑い出して立っていられなくなる。執事に支えてもらっていると、憲兵の1人が焦ったように「ロイマー伯爵!」と叫んだ。

 

 スカーレットは弾かれるように彼の方を見る。もしやダトレム伯爵から予想外の反撃を受けたのだろうかと、肝を冷やした。

 エリックは無事だった。しかし、余程腹に据えかねていたのか。万が一の為に携帯しておいたのだろう剣を抜き、照明の光を受けて鈍く光る刃を伯爵の手首に当てていたのだ。

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