事件勃発
「面白かったわ。やっぱりあの脚本家の劇は当たりが多いわね」
「そうね、今日は誘ってくれてありがとう。久しぶりに楽しめたわ」
久しぶりに友人との外出を満喫したスカーレットは、カフェで劇の感想を言い合いながらケーキに舌鼓を打っていた。
セシリアを観劇に誘うとこの日なら大丈夫だとありがたい返答をもらい、久々に彼女との外出が実現したのである。
流石のエリックも、友人との外出にはついていく気は無いようで、そこは自重してくれて良かったと思う。
ヒロイン役の歌が素敵だったとか、あのキャラクターがいぶし銀で好きだとかお互いに響いた点を粗方挙げていく。
競馬にハマるまでは大体こんな余暇の過ごし方をしていたなと懐かしさに浸っていると、ケーキも無くなりかけた頃にセシリアがテーブルに肘を突いた。
「それで、最近彼が変わったって話がここまで届いているんだけど、実際のところはどうなの?」
スカーレットは口に入れた生クリームを味わう前にゴクリと飲み込む。先日の茶会で話題になっていたのだから、彼女の耳に入っていても何らおかしくはない。
スカーレットはフォークを置いて考え込む。変わった部分はある。あるけれど、まだ信じ切れない自分もいる。
「変わろうとしているのかもしれない。取り敢えず言葉を省かなくなったのと、顔を取り繕おうとしなくなったのは凄く大きいかな?」
自分の傍から離れなくなった、周囲に自分の自慢をするようになったなど色々あるが、スカーレットにとって大きいのは主にこの部分であった。
「え?どういう事?」
首を傾げるセシリアに、あの騒動から判明した事を説明する。
謝罪に来た義理の両親曰く、エリックはこれくらいなら言わなくて良いだろうと言葉を省く癖があるらしかった。
家族や使用人との会話では特に問題は起きなかったが、全くの他人だったスカーレットが嫁いでからは本人達も知らぬままに問題が積み上がっていき、あの日に爆発したのだと。
今は気を付けているエリックだが、まだ完璧とはいかずに時々省く癖が出る時がある。しかしその時は古株の使用人がすかさず注意して言い直す流れが出来ているので、現状は何とかなっている。
言い直す前と後では意味が全く違っていて、どうしてそこを省くんだろうと毎回ビックリするが。
「あー、そういうタイプね。肝心の部分を言わない人っているわよね。ちゃんと全部言いなさいよ。何の為の口なのよっていう……」
セシリアは誰かを思い出しているのか頭を抱える。そんな人と関わったらさぞかし大変そうだ。自分も人の事は言えないが。
「それと表情については、だらしのない顔を見せたくなくて引き締めようとするあまり不機嫌顔になっていたみたい。彼の友人達に自分達の揶揄いがきっかけだって謝られたから間違いないわ」
「は?そういう事ある?」
嘘のような話だが、本当の事だから困るのだと苦笑する。
表情についてはまだ固いが、時折胸に両手を当てて背中を曲げながら「好き……」と、呟く姿は見られるようになった。今までの印象と違いすぎて腰が引けるが、鉄面皮を向けられるよりはマシである。
「ふぅん。つまり向こうは本当に改善しようとしてる、と……」
「だからと言って簡単に許してあげるつもりはないけど。白い結婚の成立まで3ヶ月切ってるし」
「流石スカーレット。その程度で水に流す義理なんかないわよ」
あくまで自分の味方でいてくれる友人にスカーレットは心から安らぎを覚える。
これがもし他の人であれば「彼、こんなに頑張ってるんだから許してあげても……」と言われたかもしれない。しかしもし許したとして、あの時の傷付いた自分の気持ちを誰が守ってくれるのか。
まだあの時の自分が納得していないのに、他人にとやかくは言われたくなかった。
自分の気持ちに寄り添ってくれる彼女が友達でいてくれて良かった。そう思っているとセシリアが前屈みになっていた姿勢を正す。
「でも安心した。前のような思い詰めた顔をしていなくて」
「え?」
自分では思ってもいなかった言葉に一瞬固まる。
「……そんなに酷い顔してた?」
「酷いっていうより心配になる顔ね。今日会った時に暗い顔していたらどうしてくれようって思ってた」
不穏な言葉に、彼女がエリックの元に殴り込みに行く光景が浮かぶ。この友人ならやりかねない。
あの頃は何でもないように振る舞っていたけれど、案外見てくれている人にはバレバレだったようだ。
ケーキの最後の一口はひときわ美味しかった。
セシリアと別れて自分の馬車に乗り込むと、中で待っていたジュリアが「お帰りなさい」と微笑む。
「良い気分転換になりましたか?」
「とっても。お陰でつい話し込んじゃったわ」
それなら良かったと、ジュリアは御者に馬車を出すよう合図をする。ジュリアにもどんな劇だったのか、どこが面白かったのか感想を話していると、突然ガタンと馬車が大きく揺れた。
石を轢いたのとは明らかに違う揺れに不審に思い、スカーレットは窓から様子を窺う。
「何だ!お前等!」
慌てた御者が、いきなり御者席に乗り込もうとする男を振り落としにかかる。しかし逆に不意打ちを受けてしまい、彼は男に顔を殴られた上に御者席から落とされてしまった。
馬車が乗っ取られた。そう察した瞬間には男が乱暴に鞭を振るい、驚いた馬が急にスピードを上げる。
「キャア!」
姿勢を保っていられなくなり、座席に身体が押し付けられる。落とされた御者は無事だろうか。
御者を殴った男に見覚えは無い。もしかしたら誰かの差し金かもしれない。
震える身体に活を入れ、全員助かるにはどうするか考える。相手の目的は不明だが恐らく狙いは自分だ。なら他の人間がキーン家に知らせに行くべきである。
男に怯えていると見せかけるよう、青い顔をしているジュリアを抱き締める。
「いい?ジュリア?よく聞いて?」
声を顰めて呼びかけると彼女が何度も小さく頷く。今から彼女には大変な役目を担ってもらうのだ。しっかりしてもらわねばならない。
「この事を旦那様に知らせて。角を曲がって速度を落とした瞬間に飛び降りるのよ」
「でも!奥様を置いておけません!」
泣きそうな顔で首を振るジュリアだが、これは誰かがやらないといけないのだ。スカーレットは正面から目を合わせる。
「行って!この事を旦那様に伝えられるのは貴女しかいないの!貴女だけが頼りなの!貴女がみんなを助けるの!」
自分が脱出しようとすれば相手は必ず阻止してくるだろう。でもジュリアなら見逃されるかもしれない。落とされた御者も自分も助かるにはこの方法しかなかった。
「……!……っ」
覚悟を決めたのか、ジュリアは涙を堪えながら力強く頷く。いつでもドアを開けられるよう構えながら、馬車がスピードを落とす瞬間を待った。
馬車が曲がり角にさしかかり、速度を落とし始める。
「行って!」
馬車から勢いよく飛び出したジュリアは地面を転がる。怪我をしていないか心配だったが、上手く受け身を取れたのか直ぐに立ち上がった。
背後を振り返りながら見届けたスカーレットはひとまず胸を撫で下ろす。あとは早く助けが来るよう祈るのみだった。




