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周囲の変化

 スカーレットは茶会にて、自分を見る周囲の目が確実に変わっている事を実感していた。


「ロイマー夫人はこの前ついに貴重な薬草の栽培に成功したんですって?ご主人が自慢されてましたわよ?」

「は、はい。育つ条件の特定に難航してましたが、研究者が地道に記録を取ってくれていたのもあり……」

「ロイマー伯も鼻高々ね。私は忍耐が必要な事はてんでダメで」


 スカーレットは夫人達の話に戸惑いつつも返答する。ここ最近で自分に振られる話題がガラリと変わるなんて、あの頃は考えてもいなかった。


 以前は夫に冷遇されている自分に気を遣い、夫婦関係の話題は出さずにファッションや美容、領地についてなど当たり障りの無い話を彼女等は選んでいた。

 ところが今日は、前までの暗黙の了解が嘘みたいに消えている。その代わりに最も話題になっているのは、エリックがいかに妻である自分を溺愛しているかだった。


 恋愛の話はいつの時代でも話題性がある。更に今回の茶会の参加者がやや高めな年齢層なのも相まって、若いスカーレットは良い意味で夫人達の注目の的となっていた。


 冷遇されている可哀想な妻という立ち位置が、今やすっかり「実は愛情表現が不器用だっただけで、妻に本気で愛想を尽かされないよう頑張っている夫と、戸惑いつつも受け入れている妻」に変わっていて、短期間でここまで印象が変わるものかと内心驚いていた。


(あんなに同情的な空気だったのに……)


 スカーレットを取り囲む夫人達は、若い人同士の初々しい熱愛でしか得られない栄養素を摂取する顔をしている。そんな微笑ましい表情をしないでほしい。

 更には夫人達曰く、彼は別行動中でも自分の話をしているらしい。顔には出していないが、自分の知らないところで一体何を言っているのか、恥ずかしい事を言ってやしないだろうかと、内心ヒヤヒヤしている。


「ロイマー伯爵と言えば、先日買い物に行った際に伯爵がそれはもう熱心に生地を見ておられて。『どの生地が妻に似合うか』とか真剣に相談しておられましたわ。愛されているのねぇ」

「服飾や飲食の商売に携わる貴族の中では割と有名でしたわよ?奥様の好みを正確に把握してらして、愛がなければあんな事は出来ませんわ」

「そうなの?噂ってやっぱり当てにならないわねぇ」


 何それ知らない。その人は本当に自分の夫の方のエリックですか?スカーレットは益々困惑する。

 

 別のエリックさんについて話をしているのではと聞きたくなるが、あの顔が2人も3人もいる筈がない。というか服飾や飲食の関係者には有名だったとはどういう事だろうか。そんなのは全く知らなかった。


 侍女から聞いたんだろう程度しか考えていなかった自分の好みについて、彼自身が自分を観察して把握していたものだったなんて。そんなの今更聞いても困るだけなのに。


 これが離婚回避の為に外堀を埋めようとしてきてるのなら大した手腕だ。

 彼は性格上そんな発想はしないだろうけど、予防線は張っておいて損はない。


「レック夫人もそう思いますでしょ?」

「え?ええそうですね……」


 ある夫人に同意を求められたレック夫人が曖昧に返事をする。

 この茶会にはレック夫人も参加しているのだが、今回は彼女1人だけだ。拠り所であるトリュー夫人がいないのと、茶会の雰囲気がスカーレットに対し好意的なので、嫌味も言えずに大分肩身が狭そうである。


 彼女はトリュー夫人がいないと何も出来ない典型的な腰巾着タイプなのか、とても大人しい。これなら嫌味を言われた場合に備えなくても大丈夫そうだ。


 呼ばれたのがトリュー夫人でなくて良かったとスカーレットは胸を撫で下ろす。もしこの場にいるのが苛烈な性格のトリュー夫人だったら、今頃ギリギリと睨まれていたに違いない。


「そういえば私、ロイマー夫人がダトレム伯爵に絡まれている場面を目撃したんですが、バートン夫人から伝えられたロイマー伯爵が血相を変えて夫人の元へと駆け付けて……。夫婦の絆を見た瞬間ですわ……」

「私も居合わせましたわ。ロイマー伯ったら『羨まし過ぎる』ってダトレム伯に嫉妬するなんて、私ちょっとおかしくて……」

「そうなの?ロイマー伯って案外奥手だったのねぇ」


 クスクスと夫人達が悪意がないのは分かっているが、当事者としては物凄く恥ずかしい。親戚に夫婦事情を暴露されたような、いたたまれなさがある。

 早くこの話題が終わってくれないかなと念じていると、祈りが届いたのか主催者の夫人が「そうだわ!」と手を叩いた。


「すっかり忘れるところだったわ!私、劇団のパトロンをしているからチケットを沢山頂いているの!皆さんもらっていって」


 やっと別の話題が来てホッとする。最初に受け取った夫人がチケットを確認するや否や「キャア!」と黄色い声を上げた。


「これ!アレクサンダーが主演の公演じゃないの!」

「本当!?」

「今じゃ入手困難な激レアチケットですわよ!」


 キャアキャアと沸き立つ周囲に、期待した反応に満足したのか主催者の夫人は得意そうにしている。

 スカーレットも受け取ったが、完全に演劇よりも競馬の方に関心が寄っていた彼女にとっては、チケットに記載されている今をときめく俳優の名を見ても「馬の方の彼と同じ名前だな」としか思わなかった。


 だが好きな脚本家が携わっている劇であれば内容は期待出来る代物だ。久しぶりにセシリアも誘って観に行こうとありがたく受け取っておいた。

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