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家族会議②

「ええっ!?どうして!?そんなつもり無かったのに!?」


 創作のような綺麗なすれ違いに、喜劇の脚本を読んでいるみたいだとエリックは一瞬現実逃避しかけた。何もかもが悪い方向に歯車が動いている。


「お義姉様の立場から考えてみてください。自分は“当て馬”でお兄様の本命はフローラ。そう思い込んでいるんです。

 その状態で『あの子が再婚出来ると良いわね』なんて言葉を聞いたら、お兄様とフローラの再婚を指していると誤解しても仕方ありません」

「せめてはっきり名前を出せば勘違いを避けられたのに、どうしてそんな曖昧な言葉を使ったんです?」

「だって私、てっきりスカーレットさんも事情を知ってるとばかり。だから言わなくても分かるかと思って……」


 妹と弟に指摘されてオロオロする母を見つつ、エリックは頭を抱える。他人の子にも自分の子にも「あの子」と呼ぶのは表現として間違っていない。ただ聞いた相手が誰を頭に思い浮かべるのか、そこで齟齬が発生してしまっただけで。

 まあ、今回はその齟齬自体が致命的だったのだけど。


「兄上も兄上ですよ。事情を説明していれば、こんなややこしい事態は避けられたのに」

「こっちの事情に巻き込みたくなかったって言ってましたけど、気を遣っているようでかえって逆効果ですからね?」


 意識を空中に飛ばしていると、こちらにも飛び火してしまい肩が跳ねる。妹と弟の責めるような視線に、悪い事はしていない筈なのにしどろもどろになる。


「な、何故だ?何で逆効果なんだ?」

「人って知らない事はつい悪い方向に考えちゃう生き物なんですよ。だから新しい噂が流れた時、お姉様も信じてしまったんじゃないですか?お兄様も昔覚えがあるでしょう?」


 そう言うとアリシアはエリックが10代の少年だった頃、彼の友人達がサプライズで誕生パーティを開いてくれた話を語り出した。

 あれは彼にとっては嬉しくも恥ずかしい思い出である。サプライズなので友人達は当然パーティーの事を秘密にしようとした。計画を話している最中にエリックが来たら咄嗟に会話を切り上げたり、彼がいないうちにこっそり準備を進めたりと。


 知っている側からすればとても微笑ましい秘密だ。しかし急に余所余所しくされたエリックは、自分が何かしてしまったのだろうか、もしかして嫌われてしまったのだろうかと祝われるまで落ち込んでいた過去がある。


「でも、それとこれとは……」

「同じです。サプライズだろうが複雑な事情だろうが、知らないって事はそれ自体が不安要素なんです。知らないから悪い方へ悪い方へと、どんどん考えを伸ばしてしまうんです」


 アリシアの言葉を疑うつもりはないが、本当に話しても良いのだろうかと半信半疑の気持ちは拭えない。

 しかし話さなかったからこそスカーレットは根も葉もない噂を信じてしまった訳で、昨日の最悪な話し合いにも繋がっているのだろう。エリックにとって見当違いな事が、彼女の中では真実として巣食っているように。


「前から思っていたけど、お母様もお兄様も言葉が足りないのよ。それで相手から誤解されそうな事が結構あったわよ?」

「そうそう。だからいつも僕達や父上がフォローしてたんですよ?」

「そうだったか?」


 思ってもいなかった事を指摘され、「はて?そうだろうか?」と冷や汗をかきながら記憶を探る母と息子の顔は奇しくもよく似ていた。

 そう言われれば、他人と会話をしている中でムッとされた事があったような気がする。時間が開くとまた何事も無かったかのように話しかけられるが。


「それって本当に私?お父様のことじゃなくって?」


 母が焦りながら、自分ではなく父の間違いじゃないかと主張しようとするが、2人はきっぱりと否定する。


「お父様は積極的に話す方では無いけれど、会話ではちゃんと過不足なく言葉を尽くすわよ」

「お母様は反対に積極的に喋るけど、肝心の説明を省くタイプですよね」

「それに比べるとお兄様は真顔が怖い上に、言葉選びも下手な“言葉足らず”。最悪の組み合わせね」


 我が妹弟ながら容赦がない。そこまで言われる程ではないと反論したかったが、言葉が的確であればスカーレットとは今のような状況にはなっていなかっただろう。何だか妙に落ち込んでしまう。


「でも1から10まで話すとくどくならないか?そこまで言わなくても良いと言うか……。少しくらい省いても会話の流れで補えるだろう?」


 妹と弟の指摘で初めて気付いたが、確かに母はしょっちゅう主語を省いたり曖昧な言葉を多用するタイプである。

 しかしエリックは今まで母と会話してきて特に不便を感じる事は無かった。その時の雰囲気や、文脈、口調などで母の意図を推測出来ていたからである。


 自分付きの使用人との会話も、この方法で特に齟齬や不便は生じなかった。だから頭で考えている事を全て口に出す必要は無いと思っていたのだ。


「逆です。1から10まで話してくどくなるなんて事はありません。むしろ1から10まで話さないと人は分からないんです」


 ミシェルは神妙に目を瞑って違うと首を振る。大袈裟なと言おうとしたが、察した妹弟によって反論の目は摘まれてしまった。

 

「お母様や使用人との会話がそれで通用したとしても、他人も同じとは限りませんからね?」

「現に義姉上が本当はどう考えてるのか全く読めなかったじゃないですか。勝手にてんで違う事を想像した挙句こんな事になって」


 そこを指摘されるとぐうの音も出ない。自分では交渉事が得意だと自負していただけに結構ショックだった。

 人間、死角を指摘されると案外ダメージが入るものである。妹弟から言われた「言葉選びも下手な言葉足らず」が頭をグルグルと巡る。


 思った以上に落ち込んでいると、アリシアが手を叩いて自分と母の目を向けさせる。


「兎に角!これ以上誤解やすれ違いが起きないよう、シーンごとの行動も含めてみっちり指導しますからね!ついでにお母様にも!」


 3人から発せられる圧に、エリックも母も拒否権は存在しなかった。

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