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家族会議

「あの時、奥様はおっしゃいませんでしたが、奥様は一部の心ない者達から『当て馬夫人』と揶揄され嘲られてきました。それも全て、社交界で出回っている噂は真実なのだと信じられているからです」

「当て馬……だと……?」


 古株の使用人がギョッと顔を引きつらせ、エリックは声を震わせながら屈辱的な単語を繰り返す。

 誰だ、そんな事を言っている奴は。反射的に首を絞めてやりたい衝動に駆られたが、その状況を作り出した原因は間違いなく自分である。


 自分はスカーレットの妻としての尊厳を傷付けるだけでなく、心無い謗りにも晒される隙を与えていたのだ。


「大抵の人間は奥様に対して同情的です。ですが程度はどうあれ、奇異と好奇の視線に晒され続けてきたのは確かです」


 自分の手足が冷えていくのを感じながら、自分の不甲斐なさがつくづく嫌になった。

 自分の噂が妻にどのような影響を与えるのか、よく考えるべきだった。下らないと一蹴するのではなく、もっと周りを見るべきだったのだ。


「本当に愛していらっしゃるのなら噂を払拭し、奥様の名誉を回復なさってください」

「……肝に銘じよう」


 彼女が忠告をしてくれているという事は、これは自分に与えられた最後のチャンスである。これを逃せばもう次は無い。

 雇い主相手にも怯まずに意見するジュリアの姿勢は、実に忠誠心にあふれていた。こんな酷い夫の元に嫁いだのに、身近な人間に恵まれたのは不幸中の幸いであろう。


 でなければ今頃、最後のチャンスなんて与えられてなかった。




 忠告を受けたエリックは直ぐに行動に移した。


 取り急ぎ双方に「しばらく立て込む為、手伝いが出来ない」旨を書いた手紙を届けさせれば、全て把握したのか「今まで甘えて申し訳ない。私用に専念して欲しい」と返事が返ってきた。

 さらにソルロ伯は既に自分で信頼する代理人を探し出していたらしい。あとはその人物に頼むので問題ないとまで書かれていた。


 協力すると言っておきながら、自分がこれまでしていたのは結局余計な事だったのかもしれない。


 家族にも手紙を出し、緊急事態と称して翌日には集合させた。一体何があったのかと不安そうにする家族に、荒れるのを覚悟で昨日の事を洗いざらい話した。


「お兄様!何て事を!」

「もう向こうの家族に顔向け出来ないわ!」

「お前のやった事は男の風上にも置けんぞ!」

「有責で離婚されても文句言えませんよ!こっちは!」


 エリックは家族からの叱責を甘んじて受ける。妹と弟は彼女に懐いていたし、息子達に妻を大事にしろと常々言い聞かせていた愛妻家の父も怒髪天を衝いている。


 件のエリックの母も真剣に憤っており、彼女の言うようにフローラとの再婚を望んでいるようには正直見えない。しかしあの時の彼女が嘘を言っているようにも到底思えなかった。


 聞かなければならない。母の真意を。エリックはタイミングを見計らって口を開いた。


「母上、一つ確かめたい事があります」


 ウェイン家への詫びをどうするか頭を抱えていた母は、ジロリとエリックを睨みつける。普段が穏やかなだけに怒った時の迫力はひとしおだ。


「何?今はそれどころじゃないでしょ?」

「どうしても必要なんです」


 まだまだ叱り足りないらしく、話の腰を折った原因の息子にかける声にはトゲが入っている。

 幼少期の怒られた記憶の数々が蘇るが、怯んでばかりではいられない。無理矢理説き伏せると一応聞く気になってくれたのか、腕組みして「言ってごらんなさい」と言葉少なに促した。


「私が2つの家を行き来している間、母上が家を訪ねたと聞きました。間違いありませんか?」

「ええそうよ。それがどうかしたの?」


 酷い言いようをしたにしては、本人から特有のいたたまれなさが感じられなかった。悪い事をした自覚がないのかもしれないが。


「スカーレットから聞きました。母上が私とフローラとの再婚を望んでいると。それは本当ですか?」

「ええ?私そんな事言ってないわよ!?」


 驚いたのか、母は目を白黒させて素っ頓狂な声を上げる。嘘を言っているような雰囲気もしない。

 良かった、そんな事は考えていなかったようだ。しかし何故スカーレットはそうだと思い込んだのか。此処で新たな疑問が湧いた。


「しかし、彼女は確かにフローラとの再婚を望んでいると言っていましたよ?」

「でも私、本当にそんな事言ってないし……」


 スカーレットが母に悪意があるとは思えないし、母本人も記憶に無いようだ。何がどうしてそうなったのかさっぱり状況が掴めず、エリックはひたすら疑問符を浮かべるしかなかった。


 そこへ何か得心したのか、アリシアが母に一つ指示を出した。


「お母様、その時にお義姉様とどんな話をしたのか話してくれますか?とりあえず全部」


 指示の内容は妙に具体的で迷いがない。彼には妹の意図は分からなかったが、不明点が解決するのならと黙って事の成り行きを見守っていた。


「全部と言っても……。通りがかりに顔を出した事と、スカーレットさんがエリックが出かけてるのを伝えようとしたから、知ってるから大丈夫って言って……」


 母は当時の記憶を漁っているのか視線を斜め上に彷徨わせ、指を1つ2つと折り曲げる。


「早くあの2人が再婚出来ると良いわねって……」


 エリックには何処が引っかかったのか分からなかった。だが母のこの言葉の瞬間、父とミシェルの眉がピクリと動いた。

 アリシアも同じようで「多分それかもしれません」と、妙に確信を持っている様子だった。


「お母様、思い出せる範囲で良いので、その時の台詞を一言一句、違わずに話して下さい」


 次の指示も奇妙なものだった。なぜ一言一句違わずに言う必要があるのか、こちらには皆目見当がつかない。

 でもきっと父と弟の様子を見るに大事な質問なんだろう。2人の表情は真剣そのものだった。


「えぇ?確か……『あの子、早く再婚出来ると良いわね』みたいな、だったような……」

「そこです。お兄様ってその当時、2つの家を行き来する理由をお義姉様にお話ししてました?」


 片手を上げてストップをかけたアリシアが、エリックの方へと顔を向ける。


「いや、話していない……。こちらの事情に巻き込む訳にはいかないと思っていたから」


 エリックにとって自分の事情を話すという事は、相手を少なからずこちらの事情に巻き込んでしまうという考え方が根底にある。

 相手に心配をかけさせたくない場合はこちらの事情を明かさない。何も知らなければ相手は心配せずに済む。こういう理屈である。


 特に自分の主義は間違っているとは思わなかったのだが、何故かミシェルは「やっぱり」と、妙に実感のこもった呟き方をした。


「そこで認識の食い違いが起きてますね。事情を知らない義姉上が聞けば、母上の言う『あの子』はフローラじゃなくて、兄上の事を指していると勘違いしてしまいますよ」

「どういう事?」


 理解が追いつかないのか首を傾げる母とエリックに、溜息を吐いたアリシアが説明を引き継いだ。


「つまり、『フローラがソルロ伯と早く再婚出来ると良いわね』という意味で言った言葉が、お義姉様には『エリックがフローラと早く再婚出来ると良いわね』と聞こえたんです」

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