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認識の擦り合わせ③

(これって馬鹿にされてるのかしら?それとも本当に本気?)


 スカーレットは肩を落とすエリックを眺めながら、どう判断したものかと逡巡する。


 夫婦となって2年。期待しなくなる前までは、どうすれば歩み寄れるか試行錯誤し、つれない態度に落胆しては心を擦り減らしてきた。

 そのさんざん悩んできた冷ややかな態度の理由が「だらしない顔を見られたくなかった」とは。馬鹿にするのもいい加減にしろと怒っても許されるだろう。


(まぁ、彼はこんなタチの悪い冗談は言わない性格だけど……)


 頭では理解している。しかし感情が受け入れられるかどうかは別の話なのだ。


 判断に迷うのでこの件については一旦置いておき、彼女は別の切り口から責めていく事にした。


「仮に睨んでいた理由が格好つけたかったとしましょう。ではフローラさんとの関係についてはどう説明するつもりなんですか?」

「だからフローラは妹のような存在で……!」

「『妹のような』と!いつも仰いますが!」


 エリックのお決まりの台詞に被せるようにスカーレットは声を荒げる。

 その威圧感に怯えるように肩を跳ねさせたエリックと、鋭い目で自分よりも背の高い成人男性を見据える彼女。

 お互い、相手のこんな姿は今まで見た事がなかった。

 

 彼が周囲からフローラとの距離の近さについて、指摘されるたびに使ってきた「幼馴染」と「妹のよう」。それは彼にとっては何でも許される魔法の言葉だったのだろう。

 しかし、もうその魔法が解ける時が来たのだ。


「アリシアさんと違って、血の繋がった実の妹ではないのでしょう?仮に彼女と結婚しても、彼女との間に子どもを儲けても、法律的に何の問題もない男女ですよ?」

「え?……あ、それは……」


 今まで考えた事もなかったんだろうか。彼から勢いが一気に失せる。

 彼の言う通り本当に家族としてしか見ていなかったのか、あるいは便利な方便だったのか。どちらにせよいくら幼馴染だからといって、親愛の情しかなければある程度の年齢になったら線引きする筈だ。

 自分に異性の幼馴染はいないので、実際どうなのかは分からないが。


「『本当の妹』と『妹のような』には大きな隔たりがあります。エリック様が仰る『幼馴染』には何の効力も無いんですよ」


 スカーレットの言葉に、エリックの顔から徐々に血の気が引いていく。

 彼にとって幼馴染は単純な男女で測れない聖域だった。今までフローラを女性として見た事は一度もなかったし、今後もないと断言出来る。


 しかし他の人間にとってはそうではないと知った今では、過去に下らないと捨て置いていた噂の数々が一気に形を変えてくる。

 

「先程の説明を踏まえた上でもう一度お聞きします。フローラさんとの関係について、ご説明を」


 彼は今度は魔法の言葉を口に出さなかった。いや、出せなかった。


「しょ、証拠は無い。無いが……。でも彼女とは何もないのは本当なんだ。彼女の方も今は事情があって一時的に離婚しているだけで、夫の事を愛している。信じてくれ……」


 悪魔の証明のようなものだ。だがエリックは彼女に信じてもらうしか手は無かった。

 対するスカーレットは信じるとも信じないとも言わなかった。ただ凪のような顔を向けるだけだ。


「そう言えば、エリック様はこんな噂は知ってますか?『ロイマー伯爵はフローラ嬢との再婚において、ロズウェル家から横槍を入れられないよう、彼の家と根回ししている』と」

「何だそれは……?」


 その噂については全く知らなかった彼は愕然とする。

 ロズウェル家に出入りしているのは確かだが、こんなに捻じ曲げられて伝わってるとは夢にも思っていなかった。

 目を見開くエリックに対し、スカーレットはどこか楽し気に話を続ける。


「私がエリック様から冷遇されているのは有名ですし、ちょうどフローラさんも3年経ってから離婚しました。

 ソルロ伯とフローラさんにはお子さんはいらっしゃいませんし、更にはエリック様はスタンレイ家とロズウェル家を行き来している。このような噂が流れるのも自然なのでは?」


 知らないうちに状況は着々と不都合な方向に動いていて、冷や汗が止まらない。

 昨日まで事実にかすりもしない噂など放っておけば良いと思っていた。しかし自分のその態度が愛する妻の目にはどう映り、どう思われていたのか、点と点が結ばれていくような感覚に眩暈さえしてくる。


 だが1つ腑に落ちない点もある。スカーレットは何故あの時に、わざわざ幼馴染の傍にいるよう進言したのか、説明がつかない。


「でも、君もあの時にフローラの傍にいるよう言っていたじゃないか……?」


 あの時は気を遣ってくれているんだと思っていた。だが様々な事に気付かされた今考えてみると、まるで変な噂が立つように意図していたみたいだ。


 エリックの問いかけに、スカーレットは清々しく人助けをしたみたいな雰囲気の笑みを浮かべる。


「背中を押してあげたに決まってるじゃないですか。これまでエリック様はフローラさんに操を立ててきたんでしょう?初夜の時に私の手に触れるのすら『無理だ』と耐えられなかった貴方ですもの。ずっとフローラさんに触れられるのを待ち望んでいたのかと思って」


(ちょっと嫌味が過ぎちゃったかしら?)


 流石に少し言い過ぎたかと反省しようとして「どうせ離婚するのは決まってるし」と直ぐに開き直る。

 スカーレットにとってあの時の精神的苦痛や、放って置かれたまま朝を迎えた時の惨めな気持ちは、今でも忘れられそうにない。それに比べれば嫌味の1つや10個、言っても構いやしないだろう。


 対して説明されたエリックは吐きそうな気分だった。過去の自分のやらかしがここに来て怒涛のように襲ってくる。時を遡れる道具があったら、きっと過去の暢気な自分達をボロボロになるまで殴っていただろう。


(違う。無理だと言ったのは抱き潰してしまいそうで怖かったからで。フローラをそんな目で見た事はなくて)


 怖がって尻込みしている場合じゃなかった。まさかあの一言をそんな風に捉えられるとは思ってもみなかった。

 これじゃあスカーレットに触れるのが嫌だったに見えるじゃないか。最低だ。


(あぁ……君はあの時には、とうに諦めていたのか……)


 彼女は背中を押してあげたと言っていたが、本当は「行かないで」と言わせるべきだったのだ。それを言えなくさせたのは間違いなく自分だ。妻としてのプライドを散々傷付けた結果が、あの時の彼女の言葉だったのだ。


 それにも気付かなかった自分は本物の大馬鹿者だ。


 聞いていた古株達も額に手の平を当てて天を仰ぐ。要所要所での誤解してくださいとでも言わんばかりの悪手の数々に、今度こそ匙を投げた。

 一部始終を知っていたら蹴り飛ばしてでも彼女の待つ寝室に戻していたのにと、心の中で猛省する。


「あ、でもあの時それを言ったら『余計な事は考えなくて良い』と言われてしまったんでしたっけ?」


 スカーレットの追撃に、とうとう彼の心が地面にめり込めかけた。誰かいっそ殺してほしかった。

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― 新着の感想 ―
首をくくれドクズ。
ここでどう言いくるめても2人きりだと無言貫かれて苦痛に感じるようになったことは覆せないのでしょうがないですね
エリックも古株の使用人も無能すぎる 言葉に出せんでもスカーレットと周囲の侍女達がどう思ってるか全く調査もしてないのかよ
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