エリックの協力(エリック視点④)
詳細な手紙の内容はこうだった。フローラの嫁ぎ先であるロズウェル家のソルロ伯には、親戚の中に厄介な一家がいて以前から悩みの種であった事。
その親戚が金銭トラブルを起こした事。妻のフローラが巻き込まれないよう、一時的に離婚して例の親戚との縁が切れ次第再婚する事。
なのでもし社交界で変な噂が流れたとしても安心してほしい、という旨が書かれていた。
複雑な理由ではあるが、フローラが傷付かなくて良かったと安心する。
だが本当に上手くいくのだろうか。こういう部類の人間は、我々の常識とは異なる行動を取るものだ。
手段は悪くないが、彼らだけで動いていたら何かしらの邪魔が入るような気がしてくる。短期で終わらせる為にも、第三者の自分が動かねばと立ち上がった。
まずはより事態を把握出来るよう部下に指示を出し、厄介な親戚について情報を集めさせた。思った通り色んな所でトラブルを起こしているらしい。
更にはスタンレイ家やロズウェル家に、何か手伝える事はないかと手紙を出したりと、満足に食事をする暇もなかった。
そうしてバタバタしていると、スカーレットからフローラの離婚について真偽を聞かれた。まだ2日しか経っていないのに耳が早い。
彼女とフローラとの交流はあまりないが、日頃から自分が妹のような存在だと話しているから気にかけてくれているんだろう。本当に優しい人だ。
あまり気に病まないよう言おうとすると、彼女から落ち込んでいるフローラの傍にいてあげてほしいと伝えられた。
彼女なりに気を遣っているんだろう。しかしフローラにとっての1番の気付け薬はソルロ伯爵で、自分じゃない。
それにスカーレットには自分の事に専念してほしかったし、そうホイホイと嬉々として送る態度を取られると寂しくなってしまう。
こちらの事には構わずにいて大丈夫だと伝えると、その瞬間に何故だか彼女から壁のようなものを感じた。
「出過ぎた真似をしました。失礼します」
別に余計だとは全く思っていないが、どうして彼女がそう言ったのかさっぱり分からなかった。
協力の申し出に対し、ソルロ伯からは最初「こちらの事情に巻き込む訳には」と遠回しに拒否された。
不審に思われるのも仕方がない。だがフローラが不憫で仕方がないのだ。
あくまでフローラの為の協力であると強調し、その上で件の親戚がやりそうな事を挙げていけば、否定出来ないのか言葉を詰まらせた。
気持ちは分かる。調べただけでも執念深そうだと、他人の自分でも察せられる言動をしていたし。
最終的には首を縦に振らせる事に成功し、そこから2つの家を行き来する生活が続いた。
自分が任されたのは役所や裁判所への申請の代理人である。
親戚と縁を切る方法は複数あるが、ソルロ伯は裁判所で縁切りを認めてもらう方法を取るそうだ。
申請するには親戚の行為を詳細に記した文書や、他の親戚の署名、それ以外にも諸々の申請書が必要となる。
書き記しては役所や裁判所に提出して、次の書類を貰うを繰り返して、漸く裁判所にて弁護士立ち合いのもと縁切り認定を行えるのだ。
書類の受け取りは使用人でも可能だが、提出や申請は身分証明の為に本人か代理人が直接役所や裁判所に出向く必要がある。
つまり親戚がソルロ伯の動きを嗅ぎつけるのは容易だという事だ。
そこで一見はロズウェル家と関係の無い自分の出番である。自分が代理人として書類を提出したり、ソルロ伯からフローラに宛てた手紙を預かったりしているのだ。
例の親戚は本家の威光を笠に着て、外でも色々と問題を起こしているようだ。本家との縁が切れたら大分静かになるだろう。
ソルロ伯の代理人となってから少し経った頃、早速効果は出たようだ。
ある日に書類を受け取りにロズウェル家へと赴くと、門に貴族らしき中年の男がいた。
何やら門番と言い争いをしているようだが、耳を澄ましてみれば男は例の親戚らしい。頻りにソルロ伯に会わせるよう喚いており、拒否する門番と揉めていた。
「失礼。この家に何か用ですか?」
「ああ?邪魔すん……、ロイマー伯爵じゃないですか!丁度良かった!」
これ以上門番が困らないように男との間に割り込む。男は粗野に人をねめつけ、相手が自分だと分かるや否や、妙に馴れ馴れしい態度で話しかけてきた。
「いやあ!貴方様から頂いている筈の金額について、ちょっと教えてほしいだけなのに門前払いを食らってしまいましてねぇ!全く薄情な方達だ!」
「何故私がロズウェル家に金銭を支払わなければならないんですか?」
男が話す金銭について全く心当たりがない。むしろ自分は支払うどころか、ソルロ伯から金銭を貰っている側であるというのに。
ただで協力してもらうのは気が引けると、ソルロ伯が小遣い程度の額であるが協力金として支払ってくれているのだ。
自分もこういうのは受け取っておいた方が、相手に気を遣わせずに済むと知っている。だからあえて厚意に甘えている。
なので男の言葉の意図が全く読めずに内心困惑している。とりあえず男の目をソルロ伯から逸らせているのは確かなようだ。
「そんなの言わせないでくださいよぉ!それでいくら支払ったんです?あ、もしや金銭以外とかですか?」
知ってはいたが、実際に目の当たりにすると強烈だ。厚かましさと言い、軽薄さと言い、間違いなく関わりたくないタイプだ。
自分が黙っているのを良い事に、男はなおも下卑た顔でグイグイと迫ってくる。親戚や格下相手に随分と好き勝手しているようだが、此処でもまかり通ると思われては困る。
「仮に何かしら金銭のやり取りがあったとして、何故お教えせねばならんのですか?そもそも……」
自分は男に正面から向き直り、黙っていれば不機嫌そうに見える顔を最大限に活用させる。
「ヒッ……!」
「私と貴方はそれほど親しい関係では無かった筈だが……。はて、記憶違いかな?」
凄めば男は弾かれたように馬車に乗り、御者を怒鳴りつけて馬車を出発させる。典型的な下品なタイプの貴族だった。
念の為、ソルロ伯に男の事を報告すると「これで暫くは大人しくなる」と感謝された。なんでも度々家に来ては、我がキーン家から受け取った金を出せとせびっていたそうだ。
「しかし彼は何故、ああも私からの金に執着しているんでしょう?」
男の言動はまるで、金銭の支払いが行われていると確信しているようだった。フローラの件がなければ積極的な交流もない家なのに。
この疑問について、ソルロ伯はただ苦笑するだけだった。




