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外出日の裏側(エリック視点③)

(どうしよう……。このままだと嫌われてしまうかもしれない……)


 気まずい朝食の席が終わって執務室に立てこもった自分は頭を抱えるしかなかった。早いうちに手を打たなければ確実に嫌われてしまう。

 スカーレットは滅多なことでは怒らない。だから機嫌の取り方も分からない。好きな色やお菓子やアクセサリーは知っていても、それで許してくれるかは未知数だった。


「旦那様、こういう時こそ外出日を有効活用するのですよ」


 あれこれと悩む自分に力を貸してくれたのは、子どもの頃から付き合いのある老執事だった。

 自分は「それだ!」と執事に礼を言い、すぐにめぼしい公演がないか調べさせた。彼女は演劇が大好きだから。


 すると、おあつらえ向きのように、彼女が押しているアレクサンダーとか言う俳優が初主演を務める公演が見つかった。

 しかも外出日と初日公演が重なっている。直ぐさま予約し、運良くキャンセルで空いた枠を無事に確保出来た。


(良かった……。これで謝るきっかけが出来る……)

 

 大仕事を終えて胸を撫で下ろす。便宜上外出日と銘打っているだけで、実質デートなのだが、自分は毎回この日を楽しみにしていた。


 いつもはお互い仕事で忙しく、中々夫婦の時間が取れない自分達だが、この日だけは彼女との時間を共有出来るのだ。

 会話は無くとも彼女が隣にいる。それだけで胸がいっぱいで幸せな気持ちになれる。


 当日は彼女の願いを叶えてやって、ちゃんと謝ってこの前の非礼を許してもらおう。次の外出日が早く来ないか楽しみだった。


 だが、運が良いのはここまでだった。倍率の高い公演の予約を取れたまでは良かった。

 だが当日になってキーン家で手掛けている事業の1つにトラブルが起き、どうしても自分が出てこないと事態が収束しそうになかったのだ。


 挽回するチャンスだった筈なのに、どうしてよりによってこの日にと恨みそうになるが、誰かを恨んでいても仕方がない。事が大きくなる前に何とかしないと、数日は家に帰れなくなってしまう。


 急いで実家に使いを出し、急遽ミシェルに代役を頼んでもらった。身内であれば彼女を任せられるし、あいつもそろそろ婚約者を迎えるべき年齢だ。しっかり役目を果たしてくれるだろう。


 まさかその日は劇場に行っていなかったと知ったのは、全てが終わった後だった。





「すっかり遅くなってしまったな……」


 疲労を訴える精神と身体に鞭打って対応していたが、結局後処理まで終わる頃にはすっかり深夜に近い時間帯になっていた。


 この時間では大体の店は閉まっているだろう。しかしただでさえ予定を直前で取りやめたのに、手ぶらで帰宅ではあまりにも救いようがない。


 何か手土産の1つでも買って行かないとと、彼女の好きなデザインの小物を売っている店のドアを叩く。

 その店もとうに閉まっており、それでも叩き続けると迷惑そうな顔をした店主が顔を出してきた。こちらが貴族だと分かると態度を改めたが、迷惑なのに変わりはない。

 金を払って無理を承知で開けてもらうよう交渉すると、なんとか開けてもらった。あまりこの方法が通用すると思ってもらっても困ると釘を刺されはしたが。


 これ以上店主の迷惑にならないよう素早く、だが彼女の好みを考えながら商品を吟味する。

 彼女は自分に遠慮しているのか、あまり物をねだらない。必要な時に必要な物だけ明確な理由を添えて要望するのだ。単に自分の好みだから欲しいといった理由は一度としてない。


 それが寂しいが、物欲がない訳ではない。外出中など特に分かりやすいが、好みの品物が目に入った時は必ず名残り惜しそうに目で追うのだ。

 彼女の性格上「あれが欲しいのか?」と聞いても、素直に頷かない。だから色々と理由をつけては彼女が気になっていた品をプレゼントしている。それくらいの甲斐性はあるし、させて欲しい。


 だから彼女の好みは把握している。顔をキョロキョロと動かしながら店内を一周していると、ある扇子が目に入った。

 骨の部分は香木を使用しているのか、鼻を近づけるとほのかに良い香りが漂う。

 面の部分は色とりどりの糸で花や鳥などの刺繍が細かく施されていて、閉じている時はシンプルだが、開くと一変して華やかになる。


(これだ……)


 スカーレットはゴテゴテしない華やかな物が好きだ。これならきっと気に入ってくれる。

 即決で購入すると家へと急ぐ。これ以上遅くなるとスカーレットはもう寝てしまうかもしれない。今夜中に渡したかった自分は馬車を急がせた。


 焦る気持ちを宥めてやっと家に着くと、彼女は寝支度を始める直前だった。舞台は楽しかったのか、彼女の雰囲気はすっかりいつも通りになっている。

 ミシェルは立派に役割を果たしたようだ。


 何とか間に合って良かった。先日の非礼の詫びも込めてプレゼントを渡す。実際に気に入ってくれるか、この瞬間は毎回緊張してしまう。


 彼女は受け取ったプレゼントの箱を開けて扇子を取り出す。閉じた状態を観察して、次に開いて刺繍の柄をじっくりと見詰めて、目元と口元を緩ませた。

 これは気に入った時の顔だ。


「気に入ったか?」

「ええ、とっても……」


 時間が無い中でも吟味した甲斐があった。今日は悔しい結果に終わったが、次の外出日は自分の手で彼女を満足させよう。


 しかしその外出日も当分は設けられなさそうだった。


 フローラの実家であるスタンレイ家から突然、彼女がソルロ伯爵と離婚する事になったと手紙が来たのだ。

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