夢のような結婚生活(エリック視点②)
フローラは予言者だったのかもしれない。不安は過ぎっていたがまだ、悠長に構えていた自分にのっぴきならない話が飛び込んで来た。
なんと、ある伯爵家がスカーレットとの縁談を打診するらしいのだ。その家は代々社交界で一定の影響力があるし、経済力もある。
なにせ絹織物を生産している家なのだ。絹は貴重でいつの時代でも需要がある。 つまりこの家に嫁げば将来安泰という事だ。
慌てて自分も両親に頼んで縁談を申し込んでもらったが。勝算は五分五分……と言いたいが、こちらの方が薄かった。
こちらが勝っている部分は嫁姑問題が起こらない点だけだった。それだけはハッキリと断言出来る。
両親にスカーレットとの縁談を願い出た時に、 2人とも意外そうな顔はしていたが特に悪感情は見られなかった。むしろ彼女なら大歓迎だと快く応じてくれたのだ。
だからこそ躊躇していないでもう少し早く打診していたらと、落ち込まずにはいられなかった。
これで彼女が別の男の元に嫁いでしまっても後の祭り。結果が出るまで食事が喉を通らない日々が続いた。
だが奇跡が起きた。夫に選ばれたのは自分だったのだ。
そこからは内心は毎日がお祭り騒ぎだった。家族も使用人達も縁談の成立を祝ってくれたが、正直都合の良い夢でも見ているのかとさえ思っていた。
実際に結婚式を挙げて彼女が家に来てくれるまで、ずっと落ち着かない心地だった。
若い夫婦用の屋敷の、女主人の部屋に家具が着々と運び込まれ、彼女が家に来た時にはもう天にも昇りそうだった。
これからずっと彼女が家にいるんだ。毎日挨拶をして一緒に食事をし、お互いの顔に皺が刻まれるまで共に生きていくんだ。そう考えると仕事にも一層身が入った。
残念ながら初夜は失敗して使用人にも呆れられてしまったが、仕方がないだろう。今まで声をかけることすら叶わなかったのに、彼女が寝室でベッドに座って待っているのだ。
それがもう愛おしくて、一度肌を重ねてしまえば相手が気絶しても貪り続けてしまう自信があった。女性の身体にそんな無理をさせたら壊してしまうかもしれないし、何より嫌われたくはなかった。
落ち着いて優しく抱けるようになるまで、夜の営みは延期し続けるしかなかった。我を忘れてがっつくなんて性を覚えたての少年じゃあるまいし。余裕の無い態度を見せて失望されたくはなかった。
昼間は脂下がった気持ち悪い顔を晒さないよう、常に澄まし顔を作り続けた。自分のだらしのない表情筋は、ほんの少しでも気が緩めば直ぐに崩れてしまう。
彼女に引かれないよう、恰好よく思われるよう、頑張って意識し続けていた。
自分は父親と似て、愛想のない顔をしていると「怒ってるの?」と聞かれる事がある。
正直良い態度とは言えなかったが、スカーレットはこんな自分の事を分かってくれているのか、根気良く付き合ってくれていた。やはり彼女は賢くて優しい、素晴らしい人だ。
そうして楽しい日々を過ごして気づけば2年が経っていた。彼女に変化が起き出したのはそれからだった。
今まで仕事一辺倒だった彼女にプライベートの外出が増えた。これはむしろ喜ばしい事だった。ずっと働いていて身体を壊しやしないかと密かに心配だったから。
恐らく領地経営にも余裕が出てきて、まとまった時間を取れるようになったんだろう。これからは趣味や息抜きも楽しんでほしいと思った。
また、執事やハウスキーパーからの報告では、最近スカーレットは「アレクサンダー」なる人物に夢中になっているらしい。
何処の馬の骨だと慌てて調べたが、正体は大手の劇団が最近推している新人俳優だった。
何だ、俳優か……。と安堵したが、納得いくかどうかは別である。これなら自分の容姿の方がレベルが高い気がするが、まぁ俳優というのは容姿だけでなく演技力も重視される職業だ。もしかしたらそちらでファンになったのかもしれなかった。
それよりも気になるのはポリッチ侯爵だ。
事業計画で綿密に会議をしなければならないのは分かる。自然と接触する回数が増えるのも分かる。だがどうにも距離が近いような気がしていた。
侯爵は男やもめだが年齢は30歳だし、後妻になりたいと手を上げる女性は多いだろう。
彼女は彼女であの美しさだ。端的に言って美男美女が頻繁に一緒の空間にいて、間違いが起こりはしないかと心穏やかではいられなかった。
男は紳士ぶってはいるが、誰しも狼の一面を持っているのだ。心配だったし、もっと自分の妻としての自覚は持ってほしかった。その為に窘めたのだが、かえって彼女を怒らせてしまった。
本当はいくら自分にその気がなくても、相手は何を考えているのか分からないから、自分の身を守ってほしいと言いたかっただけなのに。肝心なところで口下手が出てしまう。彼女が絡むとどうにも上手くいかなかった。
その上更に会議に同席するか問われてしまい、ここで「はい」と答えれば益々心象が悪くなるのは目に見えていた。
仕方なく、この場は引くしかなかった。ばつが悪くて俯く自分にスカーレットの声が刺さる。
「心配せずとも、自分の評判を落とすような真似はいたしませんので」
違う。嫉妬もあって八つ当たりのようにあんな言葉を言ってしまっただけで、心配していると伝えたかったのだ。




