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彼の見えている世界(エリック視点)

 一目惚れだった。ダンスパーティーで、軽やかに楽し気に踊る彼女から目が離せなかった。


 紫がかった黒髪。少々ツリ目がちの青い目は彼女の快活ながらも知的な雰囲気をよく表していて、物腰は軽快さと気品に溢れていた。美しい人だった。


 目に入った瞬間から沸騰したかのように身体が熱く、両足は床に縫い付けられたかのように動かない。

 まるで自分が馬鹿な人間になったみたいだ。ぼうっと突っ立っているしか出来ないなんて。


「どうしたの、エリック?体調でも悪いの?」


 両親に声をかけられ、咄嗟に何でもないと答える。人間というのは不思議なもので、慣れている事なら考えなくても身体は動く。

 しかし、弊害が無いと言えば嘘になる。結局その令嬢にダンスを申し込めないまま、帰りの馬車に揺られる羽目となってしまった。

 名前さえ聞けなかっただなんて。今まで女性相手に卒なく対応出来ると、自負していた自分にとって初の敗北だった。


 せめて彼女が何処の家の令嬢かだけでも知りたかった。そんな願いを叶えてくれたのは、数少ない友人達だった。

 別に隠しているつもりではなかったが、ボーッとしてるかと思いきや急にニヤつくなどして、最近かなりおかしかったと言われてしまった。


「その特徴の人ならウェイン家のスカーレット嬢で間違いないな。伯爵家の」

「もしアピールするんだったら、その気持ち悪い顔どうにかしとけ。彼女に見せたらまず普通に引かれるぞ」


 流石彼等は持っている情報量が違う。友人達に感謝しつつ彼女に関する情報を集めた。

 賢くて数字に強く、勉強家。少々気が強い部分があるが、自分にとって何ら問題はなかった。


 婚約者はまだいないが、あの美しさだ。さぞや縁談の申し込みが沢山来ている筈なのだが、親が溺愛しているからか、苦労をかけさせないよう嫁ぎ先の条件が厳しいらしかった。

 家柄や爵位は勿論。やれ経済的に困窮していないか、相手先の家族の性格に問題は無いかなど。


 自分の家は条件に合致していると思うのだが、肝心の彼女に全く近づけなかった。

 何度かパーティーなどで見かけたが、話しかけようとするとどうしても口や足が動かず、いつもタイミングを逃してしまっていた。

 それに会話をしていて、友人達の言うような気持ち悪い顔を全く出さない自信がなかった。


 初対面の令嬢に上手くアピールするにはどうすれば良いか。身近な女性で相談出来るのはフローラしかいなかった。妹なんかに相談すれば、絶対からかわれるのは目に見えていた。


 結果から言えば、彼女の折角のアドバイスも何の意味もなさなかった。イメージトレーニングなら完璧だが、いざ本人を視界に入れると覚えていた内容が、頭から吹き飛んでしまうのだ。

 特に成果も得られないまま、月日だけが過ぎていった。




「まだ話しかけられないの?だったらもう縁談の申し込みをすれば良いのに。家柄だって釣り合うし、おじ様もおば様も許して下さる筈よ?」

「だ、だがまともに話した事さえないのに、縁談の申し込みをするのは……」


 もう何度目かになる指南に、フローラは面倒くさそうな顔を隠そうともしなかった。自分でも情けなくて肩を縮こまらせるしかない。


 確かに彼女の言う通り。折角教わっても全く実行に移れていない現状では、その方が話が早いのかもしれない。

 しかしどうせなら、彼女からも好きになってもらってから縁談を成立させたかった。


 自分が軟弱な事を言っているのは分かっている。貴族ならば一度も顔を合わさずに結婚するのもざらだ。それでもやはり彼女から情を向けてほしかったのは、単なる拘りだ。


 この時点では自分は特に焦ってはいなかった。スカーレットは大変モテるが、家族からのガードが固く、彼女の方も特に誰かを好きといった話は聞いていない。

 1つずつでも課題を達成していけば何とかなると思っていた。


 その余裕が崩れるようになったのは、フローラがかねてから思いを寄せていた男性と、無事に結婚してからだった。


「ごめんなさい。私はもう既婚者になったから、2人きりで会うのはこれで止めにしましょう?旦那様にも悪いし……」


 ある日。いつものように教示してもらおうと屋敷を訪れたら、こんな事を言われてしまった。


 自分はなぜ急に?と戸惑うしかなかった。既婚者になったからという理由だけで、何故幼馴染と会ってはいけないのか。フローラの言う「夫にも悪い」の理由も分からなかった。


「私達が恋人同士なんじゃないかって、噂が流れてるのは貴方も知ってるでしょう?」

「知ってるが、それがどうしたんだ?」


 その根も葉もない噂の事は知っている。だがそれと今の状況にどんな関係があるのか、益々意味が分からなかった。

 所詮噂は噂だし、事実でない以上なんの意味も成さない。自分もフローラも、お互いの事は幼馴染としての情しか持っておらず、それぞれ別に想いを寄せている人間がいる。

 それが全てなのに。


「そうじゃない。そうじゃないの。いくら噂と事実が違ってても、周りの人にとっては噂が全てなの。私も結婚するまでは気付かなかったけど」


 フローラは首を振る。そんな馬鹿な理屈が罷り通る訳がない。明らかに大事なのは事実の方じゃないか。

 たかが噂の為に何故今までのように話せなくなるのか、全く意味が分からなかった。


「余程の緊急事態じゃない限り、私とお話しする時は主人も同席してもらうから。そのつもりでいてね?」

「なあ……。もしかしてソルロ伯に何か変な事でも言われたのか?」


 急に態度を変えてきた理由と言えば、夫関連しか思い当たらなかった。束縛をしたがる性格なのか、あるいはフローラの夫ともあろう人間が、そんな下らない噂なんかに振り回されているのか。

 もしそうであるならば、分かってもらえるよう話し合う必要があった。

 

「主人は関係ないわ。貴方でもそんな事を言うのは許さない」


 しかし、思った以上に鋭い口調で彼女に拒絶されてしまい、たじろいでしまう。それ程こんなに怒りを見せたのは、長い付き合いでも数える程しかなかった。


「……すまない」


 それに今ので理解してしまった。先程のあの発言は夫から言われたからではなく、紛れもない彼女自身の意思からなのだと。

 本当に反省していると認めてくれたのか、フローラの怒りが治まる。だが機嫌は完全に直っていないようで、渋い顔をしたままだった。


「それと、これは私からのアドバイスだけど。あまり悠長に構えていると横から掻っ攫われるからね?」


 彼女の言葉は何かを暗示しているようだった。

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― 新着の感想 ―
こういう人間だと把握せずに結婚したのは、ヒロインとその親達としても、迂闊もいいところですね。 フローラとはただの幼馴染。 それは良いとして。 ・「ごめんなさい。私はもう既婚者になったから、2人きりで…
えーっと、この人貴族なんですよね? 噂になるような振る舞いを自分がしているという事をまったく意識してないんですねぇ。すげーな。
まさかとは思ったけど……この男、馬鹿だーーー!!!
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