パーティーでの噂話
「貴女聞きまして?ロイマー伯爵がスタンレイ家とロズウェル家を頻繁に行き来しているそうよ?」
ある家のガーデンパーティに招かれたスカーレットは、そこで行われている噂話に聞き耳を立てる。フローラの離婚後から随分忙しく動いているなと思っていたら、そんな事をしているらしい。
「あら?フローラ様の実家と元嫁ぎ先を?前者は分かりますけど後者はどうしてかしら?」
「それは貴女!円満にフローラ様と再婚する為に、ロズウェル家に根回ししているに決まっているじゃないの!彼女はお可愛らしいんだから、元夫が離縁の不服申し立てをしても不思議じゃないもの」
(成程。つまり彼女との再婚に邪魔が入らないよう、ロズウェル家と交渉をしているという事か……)
さて、エリックは排除の為に何を支払うんだろうか。金銭か事業の一部か、あるいは何かしらの融通か。本当にどこまでも愛する人の為なら奔走出来る人だ。
(私が関わっている事業は守らないと……)
離婚後の大事な食い扶持を減らされたらたまったものではない。そこには目を見張らないと、と考えながらすっかり炭酸が抜けたシャンパンを飲み干す。
夫が何をしているのか、彼自身の口から聞くんじゃなくて噂話から情報を得るなんて、自分らしい。
「ウフフ。彼女、とうとう離婚されるのかしら?」
「当たり前でしょう?だって『当て馬夫人』だもの」
運悪く、パーティにはあの2人も呼ばれていたらしく、ここぞとばかりに嫌味に花を咲かせている。
そりゃあこんな絶好の機会、彼女達が逃す筈がないだろう。なんせ現に離婚への道が着々と築かれているんだから。
(いい加減黙らせておくべきかな……?)
放って置いても良いけれど、目の前で小蝿がブンブンと羽音を煩くさせているのも鬱陶しい。
こういう輩は相手にされていないと気付かずに、益々つけ上がっていくものだと知人から聞いたばかりだ。
ここいらで手を打っておけば静かになるかもしれない。
スカーレットは愛用の扇子を優雅に扇ぎながら、トリュー夫人とレック夫人の元へと近寄る。
「あら!何のお話してるのかしら!?」
「えっ!?」
まさかこちらから来るとは思わなかったのだろう。2人とも嘲るような表情から一気にギョッとしたように肩を強張らせて、スカーレットを凝視する。
「でもあまり聞こえなかったわ?もう一度、大きな声で話して下さる?」
わざと周囲によく聞こえるように言えば、途端に2人はしどろもどろとなる。
「い、いえ。大した話ではありませんから」
「私達これで失礼いたします!」
確か母が割って入った時も、そんな理由で逃げていたような気がする。
これで暫くは大人しくなるだろうと、心の中で舌を出しながら見送っていると、背後からパチパチと拍手の音が聞こえた。
「素晴らしいわ、スカーレットさん。ああいうのは反撃されると途端に狼狽えるものなのよ」
「ありがとうございます。教わった事がさっそく役に立ちました」
満足そうな顔をする年嵩の夫人に礼をする。何を隠そう、この撃退方法を教えてくれたのは彼女なのだ。
「それにしても、彼女達は何故私に突っかかってくるんでしょう?」
嫌味や嘲笑は社交界とは切り離せないものである。しかし、彼女達のそれは自分に対する執着があるような気がする。
何気ない言葉だったが、夫人は意外そうに目を丸くさせた。
「あら?知らないの?レック夫人は完全にトリュー夫人の腰巾着だけれど。トリュー夫人って以前はロイマー伯爵に懸想していたらしいのよ」
「そうなんですか?」
それは初耳だ。しかしエリックは顔が良いし、佇まいも気品がある。恋をしていた女性の1人や10人、いやもっといても何らおかしくはない。
だがそれだけの理由なら、今頃自分はもっと沢山の女性から嫌味を受けている筈だ。
「ですが他の同年代の女性から嫌味の類を受けた事はございません」
「そりゃあ、彼女と他のお嬢さんを比べちゃダメよぉ」
首を傾げると夫人はカラカラと笑う。つまり常識の問題なんだろう。
「友人の中にトリュー夫人の親戚がいるけれど、彼女って昔から自分の思い通りにならないと気が済まない性格らしくって……」
そこまで言ってから夫人はスカーレットの耳元に口を寄せる。
「白い結婚なら、あわよくば自分が選ばれればと思っていたらしいわよ?貴女と結婚したと聞いた時は相当荒れていたって。今のご主人とは12の頃に婚約していたくせに何言ってんだかって話よね?」
「それは……」
自分が言うのもなんだが、そんなに当て馬になりたかったんだろうか。その上婚約者がいるにも関わらず、彼に選ばれるのを期待するなんて。
流石にエリックも、既に婚約者のいる女性に縁談を打診するなんて非常識な事はしないし、第一お相手の男性に失礼過ぎやしないだろうか。
今まで碌に知らなかったが、トリュー夫人は大分香ばしい人物のようだ。その腰巾着をしているレック夫人も以下同文。
「離婚後も嫌味を言ってくるでしょうけど、何かあったら私を頼りなさいな。あんまりしつこいようなら『私のお友達にちょっかい出さないで』って、当主宛てに手紙を書いてあげるから」
「はい。いざとなったら頼りにさせて頂きます」
茶目っ気のあるウィンクに思わず吹き出してしまう。手紙という名の正式な抗議文は最終手段として取っておこう。今はまだ厚意を受け取るだけで良い。
「それよりも楽しい話をしましょう。私、実は貴女の愛しのアレクサンダーの蹄鉄を手に入れたのよ」
「本当ですか!?是非見せて下さい!」
アレクサンダーの名前が出た途端、あの2人の事は頭からすっぽ抜ける。だってあの2人とアレクサンダー、どちらが重要なのかは明白だ。考えるまでもない。
アレクサンダーを追いかけるようになってから、スカーレットの環境は確実に良い方へと変わった。夫人を始めとした頼もしい人達に出会えたし、新規の事業にも関わる事が出来た。
大丈夫だ。自分には期待出来る沢山の事がある。これ以上は贅沢というものだろう。




