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フローラの離婚

「大変です!奥様!」


 そんな言葉と共に、メイドの1人が慌ただしくスカーレットの元にやって来る。


「まあ!どうしたの!?奥様の前なんだから騒々しい音を立てては駄目よ!」

「も、申し訳ございません……。早く奥様のお耳に入れないとと思いまして……」


 荒い息を吐くメイドを侍女のジュリアが窘める。メイドは大分急いで来たのか、額に汗までかいていた。


「ジュリア、そこまでにして。それで耳に入れたい事って何なの?」


 スカーレットはとりあえず彼女の話を聞こうと、ジュリアを制して彼女に向き直る。


「これは他家のメイドをしている友人から聞いた話ですが……。フローラ様が、離婚なされたという噂を聞きまして……」

「何ですって!?」


 メイドの口から伝えられたニュースは、確かにスカーレットにとって最も気になるものだった。


 口に手を当てて驚くジュリアとは対照的に、スカーレットは心が冷えていくような感覚を覚える。

 この時期はフローラが結婚してからちょうど3年が経った日だ。驚くような事ではない。来るべき時が来たというだけの話だ。


 だが、まずは真実かどうかは確認してみなければと、スカーレットはエリックの執務室を訪れた。


「何だ?」


 業務の邪魔をされたからなのか、彼の眉間が分かりやすく寄せられる。

 もうこれくらいはもう慣れっこだ。いちいち気にしていても仕方がないと聞きたかった事を尋ねた。


「エリック様、フローラさんが離婚されたと言うのは本当の事なのですか?」

「あぁ……」

 

 尋ねた瞬間から、彼は不機嫌とはまた違う難しい顔をする。本当に彼女の事となると分かりやすい人だ。

 

(予想通り、フローラさんは離婚したのね……)


 今までにフローラと元夫との間に子どもが出来た話は聞いていない。向こうも白い結婚となれば、エリックと自分の離婚が成立したタイミングで2人は再婚するんだろう。

 3年越しの想いがゴールインを果たした物語、実にハッピーエンドな素晴らしい話じゃないか。その影で泣く者に目を向けなければ、だが。


(大丈夫。私は泣いて終わるような人間じゃない)

 

 一度失恋したくらいが何だ。自分はそんな事ではへこたれやしない。

 辛いのは今だけだ。毎日を過ごして行けば、そのうち良き思い出として振り返れる日が来る筈だ。

 

 エリックの心配そうな顔についフローラが羨ましくなるが、無いものねだりしたって得られないものはしょうがない。

 仕事はまだ終わっていないが、今すぐにでも彼女の元へ駆けつけたいのだろう。考え込んでいる様子のエリックを見たスカーレットは自分を奮い立たせた。

 

(しっかりなさいスカーレット。貴女なら今は何をすべきか分かってるでしょう?)

 

 努めていつも通りのフリを意識する。声はか細くならないように、緩みそうになる涙腺を叱咤して。

 今の自分は女優だと言い聞かせれば、多少は気がまぎれた。

 

「離婚してフローラさんは落ち込んでいるでしょう。エリック様が助けになってあげればきっと元気になってくれますよ」

 

 この場での最適な行動は2人の仲を取り持つ事だ。行かないでと言っても面倒臭がられるだけ。

 それよりは積極的に手助けをして、「邪魔はしない。むしろ応援する」とアピールすれば、彼の態度も軟化するかもしれない。

 

 せめて離婚するまでの間は普通に会話が出来るようになりたい。そう思っていたのだが。


「……余計な事は考えなくて良い」


 エリックはけんもほろろな態度を取ったきり黙り込んでしまった。これ以上の会話は不可能だろう。


「……出過ぎた真似をしました。失礼します」


 スカーレットは折り目正しく礼をすると執務室を出る。廊下で待機していたメイドに、気にするなと作り笑いを浮かべた。

 

 まったく自分が何を考えて、どんな思いをしながらこんな提案をしたのか知らないくせに。

 人が折角背中を押してやったのに。他の女の元へと快く送り出す妻なんて、自分以外にいやしないのに。

 それなのに「ありがとう」や「すまない」の一言すらも無いなんて。


(ちょっとくらい感謝しても、バチは当たらないんじゃない?)

 

 いくら嫌いだからって、気を遣われたら礼くらいは言うのが大人というものだろう。それともそんな事を考えるのすらおこがましいのだろうか。

 

 エリックの態度に憤慨するスカーレットだが、こうまでされても彼を嫌いになりきれない自分自身が1番腹が立つ。


「ごめんね。ちょっと1人になりたいの」


 自分の部屋に戻ったスカーレットは、侍女やメイドを退出させる。彼女達は何も言わずに静かに部屋を出る。

 ドアが閉まった途端に限界を迎えた涙腺から涙が溢れて止まらなくなる。


 馬鹿なスカーレット。期待しないと言っていたのに。まだ期待を残していただなんて。

 自分はフローラのような可愛げもない。庇護欲や自尊心を満たしてあげられるものもない。人前で泣くのさえプライドが許さない、か弱さとは無縁のただのいじっぱりだ。


 いっその事、期待を捨てると同時に恋心も忘れられたら良かったのに。それさえ出来たら淡々と粛々と離婚までの日を穏やかに過ごせたのに。


(まだよ。期待なんて全部捨てないと……)


 この程度の意識ではまだまだ苦しみは続いてしまう。とことん、徹底的に期待しないでやらないと。

 スカーレットは鏡の前に立つと、自分の顔を覗き込む。化粧も崩れて酷い顔をしているが、泣くのはこれでもう終わりだ。


「馬鹿ねぇ、スカーレットったら。今更彼が普通に会話してくれる筈がないでしょ?」

「今頃感謝も謝罪も求めてどうするの?自分の役目は当て馬を遂行する事。それだけでしょ?」

「当て馬に余計な会話はいらない。私情もいらない。ただこの家にいれば良いの」


 スカーレットは鏡の中の自分に暗示をかけるように、否定の言葉を繰り返す。


 大丈夫、今度こそちゃんと一切期待しないから。

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