表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/45

親の心、子知らず

「お招きいただきありがとうございます」

「久しぶりねぇ。お父様とお母様はあちらよ。挨拶してらっしゃいな」


 最近はめっきりファンクラブのメンバーや侯爵と交流を深めていたスカーレットだが、ある日に母の友人でもある夫人のサロンに招かれた。

 此処は芸術好きな夫人が画家や彫刻家、はたまた音楽家など自分がパトロンをしている人間や貴族達を招待して芸術について話し合う場なのだ。


 小難しい議論だけでなく、時には戯言をぶっちゃけ、時には音楽家達の演奏も楽しむ、知的で愉快なサロンである。

 最近はすっかり仲間との会話が楽し過ぎて忘れていたが、他の人との交流も大事である。それを思い出した彼女は、疎かにしてはいけないと出席の返事を出した。


 昔からの顔見知りである夫人と挨拶を交わすと、言われた通りの場所にいる筈の両親の姿を探す。直ぐに見つかり隣の席へと腰をかけた。


「スカーレット、貴女少し瘦せたんじゃなくて?いくら将来に向けて備えているといっても根を詰め過ぎるのはダメよ?」


 母親が彼女の顔を見るなり顔を曇らせる。自分自身では指摘されるまで気付かなかったが、そういえばこのドレスを久しぶりに着た時に、少し余裕が出来ていたなと思い出した。

 忙しくてうっかり両親にも話すのを忘れていた。スカーレットは違うのだと安心させるようにフルフルと首を振る。


「あぁ、最近の忙しい理由はそれだけじゃないの。私、実は競馬にハマってて……」

「競馬にか?賭け事は身を持ち崩さない程度に楽しまないといかんぞ?」


 すかさず父親が度が過ぎたギャンブルはいけないと窘めようとする。

 この両親は娘を何だと思っているんだろう。心配しているのは分かるが失礼過ぎやしないだろうか。


「んもぅ!そうじゃないわよ!好きな馬のレースを追いかけているの!賭け事は二の次だから!」

「何!?今のは本当か!?」


 そうではなく純粋に馬を見る為だと言うと、父親がパァッと嬉しそうに目尻を下げた。


「そうか。お前が、とうとう馬に目覚めるなんてなぁ……」


 余程嬉しいのか「そうか、そうか」と言いながら、何かを噛み締めるように目を細める。

 彼女の父親のモーリスは、大の馬好きで競馬好きである。過去に子ども達も競馬好きに育てようとレースに何回か連れて行った事があるが、当時は誰も興味を持ってくれず撃沈していた。


 だから一人娘が自分の好きなものを好きになってくれて、喜びもひとしおなのだ。


「今度私と一緒にレースを見よう。その前に久しぶりにランチも良いなぁ」

「今は忙しいから後でね。私、ポリッチ侯爵と新しい事業を立ち上げるの」


 しかし、あっさりとデートの誘いを断られてしまいガクリと肩を下げる。親の心、子知らず。いつも娘は父親に辛辣なのだ。


「まぁ、ポリッチ侯爵と?また何故そうなったのかしら?」


 母親のローズは娘の顔をマジマジと見詰める。彼女は昔からバイタリティに溢れている子だった。

 だがいつの間にそんな人と仲良くなったのかと思えば、いつの間にそんな話が進んでいるなんて。双子の息子はどちらかと言うと慎重派なのに、一体誰に似たのやら。


「ポリッチ侯爵と同じ競馬ファンのクラブに入ったの。それであの方が私の領地経営の腕を買って、事業の話を持ちかけてくださったのよ」

「あら、それは良かったわねぇ」


 娘の実力が認められたと知ったローズの気持ちが自然と弾む。彼女はスカーレットの今までの努力を誰よりも知っているうちの1人だ。


 嫁ぐと決まってからはロイマー領の事について必死に覚え、嫁いだ後も領地経営の助言を求める手紙には濃い内容が書き連ねられていた。

 あんなのは一朝一夕で出来る事じゃない。それだけずっと頑張ってきたのだ。


 それなのに肝心のロイマー伯爵は娘の努力を知っているのかどうか。本人から聞いた話では恐らく労いの言葉の1つも無いのだろう。こんなに良い娘もいないっていうのに、けしからん奴め。


 だけどやっと娘の努力が花開いて、今は感無量の気持ちだ。やはり何処かの誰かと違って、見てくれている人はいるものだ。


「上手くいけばみんなひっくり返るわ。お父様とお母様には出資者になってくれるとありがたいのだけど、どう?」

「興味はあるが、その話については議論が終わってからにしよう。そろそろ始まるかもしれん」


 復活したモーリスが私語を切り上げるようにと会話に割って入る。2人が周りを見渡せば大分人が集まっていて、中には既に居住まいを正している者もいた。


「楽しそうにしているのは分かったけれど、程々にするのよ?貴女ったら昔から夢中になると疲れるのを忘れるんだから」

「はぁい」


 母親の忠告に、良い子の返事をするスカーレット。真面目に聞いているんだろうかと一抹の不安が過ぎる母だが、意外にも本人はこれに関してはきちんと受け止めていた。

 子ども扱いされていると感じていたのは否めないが。


(アレクサンダーを追いかける為だもん。今度こそちゃんと健康に気を配らないと)


 彼女が素直に聞き入れたのには訳がある。過去に前科が多い自覚があったからだ。

 昔流行っていた本に夢中になって読みふけっては熱を出し、刺繍の大作に精を出しては熱も出し、初めてダンスパーティーに出席した際は踊るのが楽し過ぎて翌日熱を出した。

 

 悪癖はそうそう抜けないものだが、名シーンを見逃さない為だ。メイド達に心配されたら直ぐに休もう。


 そうしようと決めたタイミングで、主催者である夫人が挨拶を述べようと、部屋の中央に進み出る。

 夫人に失礼があってはいけないと、スカーレットは両親との会話を切り上げて議論に集中する。その為、間近で囁かれた両親の会話が耳に入らなかった。


「ねぇ、あなた?ポリッチ侯爵って奥様を亡くされてからずっと独り身の筈よね?愛人もいらっしゃらないとか?」

「その筈だが先走るのは禁物だ。まだ世間に公表していないだけで、再婚の話を進めている相手がいる可能性もある。暫くは様子見しておこう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ