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大人でも誉められるのは嬉しい

 スカーレットはその日も忙しい合間を縫って競馬場に来ていた。本当は毎回駆けつけたいのだが、そういうわけにはいかない。


 なぜ競馬場は屋敷から離れている場所にもあるのか。競馬場を屋敷から近い場所に一箇所にまとめるか、せめてもっと早い馬車さえあれば彼のレースを沢山追いかけられるのに、と歯噛みする。


 今日は全てのレースを観戦する時間は残念ながら無かったので、アレクサンダーのレースを見た後は直ぐに競馬場を後にしてファンクラブを覗いてみる。クラブにはスカーレットと同じ考えの人間で賑わっていた。

 長机を囲っていたグループのうち、1人の夫人がスカーレットに気付くと、嬉しそうに手を上げる。


「ロイマー夫人!聞きましたわよ?ポリッチ侯爵と新事業を立ち上げるんですってね!流石ですわ!」

「領地経営の能力を買ってくださって。光栄な事です」


 話が広がるのが早いなと苦笑しながらテーブルに着く。みんなこの事業が気になっているのか次々と身を乗り出してくる。


「成功すれば引退馬の支援が捗りますな!実にめでたい!」

「何かあれば私達にも協力させていただきたい。人の紹介くらいなら出来ますので」


 馬好きな人が集まるだけあって期待の熱量が凄い。これは失敗できないなと気合いを入れ直す。


「皆様頼りにさせて頂きますわ。ところで皆さん何をされているんです?」


 スカーレットは机の上に広げられている複数枚の紙に視線を落とす。様々な筆跡で何か書かれており、メモのようなアイデアノートのような書き込みだった。

 彼女が質問した途端に全員が沈んだ面持ちになり、何か気に障った事を言ってしまったのだろうかと狼狽える。


「それが……。ロイマー夫人は引退馬の仲介事業についてお聞きになりまして?」

「はい」

 

 スカーレットは頷く。用紙の書き込みの量からして真剣に議論し、だが迷走しているのが見て取れる。彼等がポリッチ侯爵と共に事業を行うメンバーなんだろう。


「集金に繋がりそうなアイデアを出しているところなんですが、中々良いものが出なくて……」

「もちろん寄付は募る予定ですが、それだけでは集まり方が不安定だと思いましてね。取り敢えず商品販売を資金調達の手段にしようとはしているのですが……」

「どんな商品を展開するのかが決まらないんですよ……」


 成程と思いながらスカーレットは用紙に視線を落とす。書かれたアイデアには「蹄鉄をオークションにかける」「絵を販売する」など、悪くない案が出ていた。


(確かにこれだけだと不安定ね……)


 既に出ている案は確実に一定の収益を望めるだろう。エリックも以前のスカーレットも競馬は嗜み程度だったが、この国の人間は競馬や馬術競技が好きだ。


 人気馬に関する物をオークションに出せば、その馬が引退した後でも一定の需要を生み出せる。

 しかしそれは一時的な収益だ。収益の為に蹄鉄を頻繁に取り換える訳にもいかないし、絵も短期間で大量に販売してしまっては価値が下がってしまう。


 少額でも毎月安定的な収益になるような商品が無ければ運営は厳しいかもしれない。いくら自分達が貴族で、赤字分は別の収益から補填出来るといっても限度はある。だから彼等は頭を悩ませているのだろう。


 書き込みには彫像や馬の横顔をかたどったガラス製品、ハンコ、コイン、切手、記念紙幣、などなど沢山のアイデアが書かれているが、どれも決定打にはなっていない。


 馬の顔の見分け方は毛色や顔の模様で判断出来る。かなりのマニアなら見分けは簡単に付くだろうが、スカーレットのようなファンになったばかりの人間にはまず無理だ。

 つまり何が言いたいのかと言うと、馬の肖像を扱った商品を売り出すのは現実的ではない。製品によっては着色が無理な関係上、似たり寄ったりの顔が並んでしまってあまりウケないかもしれない。


 それでも一部のマニアは顔の違いが分かるだろうし、ウケるかもしれない。でもそれじゃあダメなのだ。もっと幅広い人にも受け入れられるようにしないと。

 また単純に製作コストが高い。工程的な意味でも費用面の意味でも。


「こう、手軽に財布の紐を緩ませるようなアイデアがあれば良いんですが……」


 子爵が困ったように両手を宙へと彷徨わせる。成程、確かに難しい案件だ。手軽に商品化出来て、且つ興味を持ち始めたばかりの人でも分かりやすい何か……。


 その時、彼女の脳内に実家やキーン家の家紋が浮かんだ。


「人気の馬にその馬を表すマークを設定するのはいかがでしょう?家紋ならぬ馬紋みたいな……」


 流石に全ての引退馬に設定するのは無理でも、人気の馬にマークを設定してあげれば商品化しやすいのでは?と思いついた。

 素人でもマークならば顔よりも覚えやすいし、自分では結構良いアイデアだと少しだけ自信はあった。

 だが4人が無言で一斉にこちらを凝視して、自信も声も失われていく。


(やっぱり素人のアイデアじゃ……、ダメよね?)


「いやその、申し訳ございません。忘れてくださ……」


 途端に恥ずかしくなって頬が紅潮する。慌てて謝罪して消えようとすると、夫人がガシリと彼女の両手を握った。


「それよ!それだわ!」

「マークであればハンカチやタイ、各種アクセサリーなど製造はしやすいですね!」

「えっ?え?」


 戸惑って視線を彷徨わせるスカーレットに気付かないのか、4人は興奮しきりで次々とアイデアをぶつける。


「今は兎に角商品の種類を沢山メモしましょう!絞るのは後で!」

「さっきのハンカチとタイ。それからコイン、指輪、扇子、ペンダント、ええとそれから……」

「待ってくれ!もう少しゆっくり話してくれ!」

「馬主から許可を得るのも覚えておかねば!」

 

 これは恐らく採用されたという事なんだろうか。

 怒涛に挙げられる候補に書き込みが追いつかないのか、ペンを持つ伯爵が若干苛立たし気に声を荒げる。


 その時ドアの向こうから、ポリッチ侯爵が現れる。彼も今回のレースの観戦に来ていたんだろうか。

 彼に気付いた面々が顔を上げ、興奮気味に捲し立てる。


「ポリッチ侯爵!ロイマー夫人が素晴らしいアイデアを出してくれましたよ!」

「これなら商品の生産もデザインも無理なく運用出来ます!」


 最初は彼等の勢いに面食らっていた侯爵も、4人の説明を聞いているうちに次第に話が見えてきたのだろう。「そうか!」と破顔する。


「おお!それは何ともありがたい!ロイマー夫人には助けられてばかりだ!」

「いえ、本当に何となく思いついた事を言ってみただけで……」


 家族や友人以外から手放しで褒められた事のないスカーレットは恥ずかし気に俯く。周囲から自分の評判を聞くのと、直接感謝を伝えられるのでは破壊力が全然違う。


「とんでもない!何となくだろうが何だろうが、貴女のお陰で助かったのは事実。胸を張ってくれ!」


 ポリッチ侯爵は随分褒め上手らしい。スカーレットの頭は、その日ベッドで眠りに誘われるまで彼のあの言葉で満たされていた。

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