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プロローグ

『相手に期待をしているから苦しくなる。期待をやめれば苦しむ事もなくなる』


 とある本を読んでいた際に目に入ったこの一文に、スカーレットの脳内は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


 スカーレットは夫と2年前に結婚している。しかし一度も夜の語らいをした事が無い。彼とは俗に言う白い結婚である。


 というのも夫のエリックには独身時代から心に決めていた相手がいるからだ。

 フローラという名のエリックの幼馴染は、非常に可愛らしくて庇護欲を誘う雰囲気を醸し出していた。

 独身の頃から2人はいつも一緒で、周囲にはお似合いだと言われていた。当然2人は恋人同士だという噂が流れるのも不思議ではなかった。


 それが何故自分と結婚しているのか。理由を説明すれば貴族特有の複雑な事情がある。

 エリックとフローラは誰もが認めるお似合いのカップルだが、結婚するには生憎と家柄が釣り合わなかった。結局彼女は別の相手と先に結婚し、その半年後に彼と自分は結婚した。


 しかし抜け道は存在する。一度は政略結婚をしても、3年間白い結婚を貫けば離婚して自分が決めた相手と再婚出来るのだ。

 つまりエリックは始めから再婚目的で自分と結婚したのである。

 

 彼の家から結婚の打診をされた時、両親は無理して受けなくても良いと言ってくれた。だがそれでも頷いたのは彼が好きだったからだ。

 たとえ期限付きでも心に想う人がいても、それでも彼と夫婦でいたかったから。


 夫婦生活をしていればいつか情を向けてくるかもしれないと、ずっと自分自身に言い聞かせて過ごしていた。しかしそれが甘い考えだと気付かされたのは結婚してからだった。

 

 兎に角目を合わせない、合っても逸らされる。挨拶をしても会話をしようとしてもぶっきらぼうに返事をするだけでちっとも続かない。視線は冷ややかだし、常に自分といると機嫌が悪そう。


 外に出てもそんな調子で彼が離れて行動したがるので、夫婦仲の悪さは早々に周囲に伝わった。自分と結婚したのはきっと周りの言う通りに、顔が悪くなかったからとか、持参金目的とか、面倒臭くなかったからなんだろう。スカーレットは彼が好きな気持ちをひた隠しにしていたから。

 

 打算ありきの結婚とは言え、ここまで嫌われているとは思いもよらず、彼女はショックを受けた。

 その癖、結婚記念日や自分の誕生日など、お祝い事では欠かさずプレゼントを送ってくれるから余計にタチが悪い。


 これでフローラの本性が性悪であったならいくらかは戦える余地はあった。しかし彼女は朗らかで気が優しく、同性も放っておかない所謂「良い人」なのだ。

 対する自分は大雑把だし、諦めが悪く、それでいて気が強いときた。庇護欲や愛らしさとは縁遠い自分なんかが彼女に敵いっこない。

 

 考えれば考える程、エリックが情を向けてくれる可能性が遠のいて行って、いっそ笑えて来る。

 これまで夫としての義務でしかない彼の行動に勝手に期待しては勝手に傷付いて、なんて自分は滑稽だったんだろう。これからは期待なんかしないで淡々と妻の義務を果たして、離婚したら彼の幸せを祈っていこう。


 そう新たに決意をすると、途端に今まで胸の奥でつかえていたものがスゥッと取れるような気がしてきた。こんなに晴れ晴れとした気分になったのはいつぶりだろう。なんだか体が軽くなったような心地さえしてくる。


 素晴らしい考え方を授けてくれた言葉を噛み締めていると、外からドアがノックされる音がした。どうやらエリックが帰ってきたようだ。

 使用人と共に出迎えると、彼は今日も自分に一瞥も無く廊下を歩く。使用人とは目を合わせるのにも関わらずだ。

 

「ラウル祭の準備は順調に進んでおります」

「あぁ」

「それと商人から珍しい種を譲って頂けました。上手く育てていけば、この領の特産になるかと」

「そうか」

「またキアララ橋の修繕に必要な資材ですが、イスカサ領の当主が格安で売って頂けるとの事です」

「分かった。後で礼の品を見繕う」


 会話というには余りにも無機質。でもこれが私達夫婦の日常だ。まともに言葉を交わすのは事務的なものだけ。それでさえ「あぁ」「そうか」「分かった」だけで済ませられるものならそうしてしまう。兎に角私との会話はなるべく手短にしたいのだ。


 昨日まではこの状況が凄く苦しかった。でも期待する方が間違っていたと気付いた今では全然苦しくない。

 エリックはこんな調子だが、両親は心配していつでも戻って来ても良いと言ってくれているし、使用人達はこんな期限付きの女主人にも良くしてくれている。幸い周囲の環境は悪くはない。


 離婚まであと1年。それまでの暮らしは自分の為にも使おう。

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