第三節 プールに飛びこむ勇気
週明けの放課後。梅雨の合間に、気持ちのいい青空が広がっていた。
ハルとユキは、スイミングスクールの入り口でサンダルに履き替え、濡れた床に気をつけながらプールサイドへ向かっていた。そのとき——
「……あれ、あそこにいるの、さちじゃない?」
ユキが指さした先、受付近くのベンチに、さちが見慣れない競泳水着姿で立っていた。隣ではスクールのコーチが穏やかに話しかけている。
ハルとユキは目を丸くして駆け寄った。
「さち!? なにしてるの!? ……って、水着……!?」
さちは少し驚いたように振り返ると、照れくさそうに笑って言った。
「……ふたりがここで習ってるって聞いて、私もやってみたいなって思ったの」
「えっ!? じゃあ、今日から!?」
「うん。さっき入会手続きしたよ。お母さんにも、ちゃんと話した」
前日の夜、リビングで——
「お母さん。私、水泳、始めてみたい」
母・真由美は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに優しくうなずいた。
「理由、聞いてもいい?」
「ハルちゃんとユキちゃんがやってて、すごくかっこよかったの。今まで水泳って、なんとなく苦手だったけど……今ならやってみたいって思えるの。自分から何か始めたいって、初めてかも」
真由美は、そっとさちの手を握った。
「その気持ちが、うれしいよ。がんばっておいで」
そんな出来事を、照れながらさちは語った。——
「さち、君の姿勢は素晴らしいよ」
隣にいたコーチが、やさしい口調で声をかけた。
「それに、その身体つき……まだ泳いでいないのに、腹筋がしっかりしている。見れば分かる。努力してきたんだね」
「……えっ、本当ですか?」
コーチはにっこりとうなずいた。
「うん。トレーニングの成果が体に表れているってことは、それだけで素晴らしいことだよ。水泳は全身を使うスポーツだ。きっと、すぐに上達するはず」
ハルとユキが、さちの両脇に肩を寄せた。
「じゃあ、今日からは3人で泳げるんだね!」
「がんばろう! 夏までに50m泳げるようになるって、言ったもんね!」
「……うん!」
プールサイドに反射した水面の光が、3人の笑顔をやわらかく照らしていた。
その日のさちは、ビート板を使って初めての蹴伸びに挑戦し、バタ足で何度も水を蹴った。フォームはぎこちなかったけれど、水の中にいることの楽しさと、ひとつずつできるようになる喜びが、心にじんわりと広がっていた。
“また一歩、わたしは変われた”
そう思いながら、帰り道の夕焼け空を見上げた。




