第二節 仲間のぬくもり
──静かな午後。
さちは自室のベッドに腰かけ、水入りのダンベルを左右の手に一つずつ持っていた。
ゆっくりと、片腕ずつ交互に持ち上げる。力を込めるたびに、腕の内側に熱が宿っていく感覚が蘇る。
(……少しずつ、戻ってきてる)
鏡に映る自分の上腕。
繰り返してきたトレーニングの成果が、しっかりと形になって現れていた。
「……よかった。ちゃんと、戻ってきてる」
ほっとしたように、さちは小さく笑った。
つい最近まで、自信をなくしかけていた。でも今は違う。
筋肉が応えてくれる。それが、さちの心に確かな“手応え”として響いていた。
(今なら、なんでもできそうな気がする)
無理はしないと決めていた。けれど自然と身体は動き出す。
軽いセットで腹筋、背筋、スクワット……次第にリズムが戻ってくる。
「やらなきゃ」ではなく、「やりたい」と思える感覚。
その“変化”が、さちには何より嬉しかった。
「ふぅ……」
一通りのメニューを終えた頃、玄関の鍵が開く音がした。
「さち、ただいまー」
台所から、母・真由美の声。
「おかえり……」
ドアを開けて部屋をのぞいた真由美は、床に置かれたダンベルを見て目を見開いた。
「……トレーニングしてたの?」
さちは、少し照れながらうなずいた。
「ちょっとだけ……。でも、身体が動くようになってきて……つい」
「ふふ、それならよかった。シャワー浴びて、さっぱりしてきたら?」
「うん」
真由美は優しく笑い、キッチンへ戻っていった。
──少し後。
シャワーを浴びてパジャマに着替えたさちは、ベッドに腰を下ろしながらトレーニングの本をめくっていた。
“休養もトレーニングのうち”
“継続は力なり”
ページの隅に書かれた言葉が、今のさちの心にしみわたる。
――そのとき。
「ピンポーン」
玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
真由美が出ると、そこにはハル、ユキ、リンの3人が立っていた。
「あら、来てくれたのね。ありがとう」
「お見舞いに来ました!」
「さち、大丈夫そうですか?」
「まだ本調子じゃないけど、ずいぶん元気になってきたわ。どうぞ、上がって」
3人は丁寧に挨拶をして、さちの部屋へと向かった。
「えっ、みんな……来てくれたの!?」
ベッドにいたさちは、思わず立ち上がろうとしたが、ユキがすぐに手を伸ばした。
「いいのいいの。寝ててよ!」
「でも……うれしい」
さちの笑顔に、3人もほっとしたようにうなずいた。
「あ、これ今日の授業の板書と配布プリント。宿題の内容もまとめてあるよ」
ハルがルーズリーフとファイルを机の上に並べる。
「ありがとう……ほんとに、助かる」
ユキがふと床のダンベルに気づき、目を丸くした。
「まさか……さっきまでトレーニングしてたの?」
「うん、軽く……だけど」
「もう、筋トレ以外考えてないでしょ!」
ユキが笑って小突くと、ハルとリンも思わず吹き出した。
「だって……自然に、体が動いちゃうんだもん。みんなと一緒にやってると、少しずつ変われるのが楽しくて……。今日、久しぶりに腕が“応えて”くれて……嬉しくなっちゃったんだ」
さちの真剣な声に、3人は静かにうなずいた。
「さちは本当に、変わったよ」
「最初のころとは、別人みたい」
「でも、“今のさち”が、一番かっこいいよ」
その言葉に、さちは思わず目を伏せた。
「ありがとう……でも、私……自分が情けなくて……。ちょっと油断しただけで、みんなと離れちゃった。1日、一緒にいられなかっただけなのに、それがすごく……寂しくて、悔しくて……」
絞るような声とともに、さちの目から一筋の涙がこぼれた。
それは静かに、頬を伝い落ちていった。
「……さち、その涙は、がんばってきた証拠だよ」
ユキが静かに言う。
「そう。自分を責めなくていい。さちがここまで変わったこと、私たちが一番よく知ってる」
ハルの言葉に、リンも力強くうなずいた。
「We’re always together. Forever team “Toreno”!」
「……うん」
涙をぬぐいながら、さちはようやく笑顔を浮かべた。
──4人の目が合い、空気がまた少し明るくなる。
「そういえば、今日の学級活動で“成果報告会”の話が出たの」
「地域の伝統と未来がテーマなんだけど、調べることはさちも一緒に決めたいから、明日先生にそう伝えることにしたよ」
「……ありがとう。私も、ちゃんと考える」
自然な流れで、4人の“話し合い”が始まっていく。
次の目標に向かって。
また、4人で一緒に歩き出すために――。




