呪いとい祝福を贈りましょう
私が幼い頃にお母様は天に召された。私の頭を撫でてくれた暖かくて、優しい手はもういない。
お母様が健在の頃、瀕死の子猫を見つけて、哀しくなった私は願った。
「元気になるといいのに」
すると、不思議な事に子猫は元気になった。それを見たお母様は私に絶対に人前では使わないこと約束させた。
「いい? ジュリ。この力は秘密にするのよ」
「お父様やエドアルド様にも話しちゃダメなの?」
「ええ。怖い悪魔に攫われてしまうわ」
「こ……怖いよ!」
「そうね。怖いわね」
「困っている人がいてもダメなの?」
「そうね。……周りを確認して小さな声で祈るといいわ」
「わかった! そうする」
お父様や私の婚約者にも秘密にすること。私が成人して、私の事を護ってくれる信頼できる方になら話しても大丈夫よ。と、私の頭を撫でてくれた。その時の私には理由はわからなかったけど、今ならわかる気がする。お母様が言った怖い悪魔は、悪い大人たちのことで、私の祝福を使い悪巧みを考える人たちのこと。善悪もわからない幼かった私を残して天へいくことをお母様は知っていてそれを危惧してのこと。
言葉にして願う事で天命以外の事はどんな事でも実現できる祝福は、脅威でもあり、祝言にもなる。使い方を間違えれば国さえも脅かす。
雨が降らずに困っていると農民から聞いた時、誰もいない事を確認して願ったら雨が降った。天候すらも操れるようだった。
飛ぶことができなくなった小鳥に自由に飛べるようになると願ったら飛べるようになった。
落馬で折れた骨さえもすぐに治った。
声の大きさはさほど関係なく、蚊が鳴くような声量でも願えば現実になる。人知れずにひっそりと祈った。
※
お母様が儚くなってすぐに、私と年が変わらない女の子と私の母になる義母が家にやってきてから私の居場所はなくなった。昔からの使用人も辞めさせられて、新しく迎えた使用人は異母妹と義母の味方で私の味方は一人もいない。私が10歳を迎える年、神殿で行う祝福判定。お母様は誰にも言わないように言っていたけど、祝福判定で隠すことなんて不可能。
「"お願い。私の祝福、秘密にして"」
と、小さな声で願った。誰にも聞こえていなかったようで安心した。
「祝福は持ち合わせていませんね」
「そんな馬鹿なことがあるか。もう一度、確かめるんだ」
もう一度、水晶玉に手をかざすが何も反応は示さなかった。私は、ホッと胸を撫で下ろした。
「お父様、私もやってみたいですわ」
「リリーは来年だが」
「半月しか違わないですし、良いでしょう」
司祭の許可もおりて、嬉しそうに水晶玉に手をかざすリリー。すると、金色に輝いた。
「これは、……聖女の光だ」
「よくやったぞ」
「当然ですわ。お父様の子ですもの」
家で私の味方はいなくても、食事を抜かれたり、体罰もなかったけど、使用人よりも酷い扱いを受けていた。使用人からも嫌がらせも当然のようにおこなわれていた。
リリーが聖女の称号をもらってから明らかに私の生活は悪化した。食事を抜かれるのは当たり前で、わざわざ集めたのか虫入りのスープ。機嫌が悪い時には鞭で打たれた。
婚約者のはずのエドアルド様の態度も一変した。この時、エドアルド様が私を婚約者としての義務だとしても守ってくれる素振りがあれば、私はエドアルド様に話していたと思う。明らかに以前と変わり果てた姿を見ても、エドアルド様は気づくことはなかった。エドアルド様にとって私は所詮、神託で聖女の力があるだけの、それだけの価値しか見ていなかった。期待していたわけでもないけど、悲しかった。
エドアルド様は私をあっさりと捨てた。
長年、エドアルド様の婚約者として支えてきたつもりだった。関係もそこまで悪くないと思っていたけど、私の勘違いだった。
この時から全てがどうでもよくなった。
私とエドアルド様が婚約したのは、ラディーチェ家の長女に聖女の力を持つ女の子が生まれると予言がおりたからだった。聖女ではない私は期待外れだったのだろうと容易にしれた。
そして事件は起きた。エドアルド様が王宮騎士を引き連れて押しかけたと思えば、私に見覚えのない罪を言い放った。
「ジュリエッタ・ラディーチェ。殺人未遂の容疑で拘束する」
「なんのことだかわかりませんわ」
「俺の寵愛を受けているリリーを嫉妬から毒殺しようとするとは。運良く助かったものの、君がしたことは非道で重罪だ」
「毒殺など私はやっておりませんわ。調査をしたのですか?」
「お前つき侍女にも調べは取ってある。君に頼まれて毒を買ったことを認めた」
「可笑しいな話ですね。私に侍女なんて一人もおりません」
「見え透いた嘘を! 腹違いとはいえ、妹であるリリーに酷い仕打ちをしていたそうだな。気に食わないと鞭打ちをしたり、食べ物に虫を入れたり、大事な物を壊したりと。顔だけではなく心までも醜いのだな」
「あの子の体を見たことおありで? 私と違ってとっても綺麗な肌をしていると思いますわ」
私には、義母や義妹のリリーに鞭で打たれた傷が幾つもある。
「ああ、その事か。聖女の力で癒したと言っていたからな」
「そうですか」
ジュリエッタは笑った。聞く耳をもたない人に何を言っても無駄だと悟り、何もかもどうでも良くなった。
未遂とはいえ、親族殺しは重罪にあたる。私は処刑される運命にある。時には死は安楽にもなる。私は眠りにつきたい。楽になりたい。
牢獄に入れられた私の元へ、どんな言い訳でここに来たのかしらないけど、彼女は一人でやってきた。
「惨めね、お姉様」
「何の用で来たのかしら?」
「ふふ、ぜんぶ、私が仕組んだことよ。嫌いだったの」
「でしょうね。……"リリー、あなたは毒の影響で子が生せなくなった。そうね、あなたが言ったように、私はリリーに鞭打ちをしていたわ。食べ物に虫も入れていたわね。物を壊したりもしたわね"」
「いきなり何を言い出すのかと思えば気でも狂ったの?」
「いいえ、正気よ」
険しい面持ちで私を見る彼女の顔が可笑しくてたまらない。リリーに祝福という呪いの言葉をかけた。きっと気づかないでしょうけど。
「私ね、エドアルド様と婚約したの」
「そう。おめでとう」
「本当、ムカつくわ」
「これから大変だと思うけど頑張って」
それから数日後。私の処刑が決まった。
「罪人、ジュリエッタ・ラディーチェ。言い残すことはあるか?」
「ええ。――"真実が明らかにならない限り、この国は衰退の一途を辿ることになるでしょう。水は干からび、作物は育つ事なく、死病に侵されるでしょう"」
呪いという祝福を贈った。私が処刑された後も有効かはわからないけど、願うだけでも私の心は満たされる。
ジュリエッタ・ラディーチェは、十八年という生涯を終えたとき、微笑んでいた。
これから起こる災害を予知してか。
ラディーチェ家の長女に聖女の力を持つ女の子が生まれると神託がおりていたから、お母様は私が処刑されるなど夢にも思わなかったと思う。
聖女を殺したら二度と聖女は誕生しない。利用する事はあっても、処刑する事はないと。
※
ジュリエッタ・ラディーチェの処刑から半月。
一切の雨も降る事なく、湖は干からびれ、作物も育たなくなった。
ジュリエッタ・ラディーチェの呪いだと、国民は噂し始めた。無実の罪で処刑された、ジュリエッタ・ラディーチェの悲しみが呪いとなって返ってきたのではないかと。
問題は災害だけではない。
リリーの王妃教育も進んでいない。
王妃教育の為に教師を呼んでも一時間ともたないで癇癪をおこす。手がつけられないくらいに暴れて物を壊す。
「きゃぁぁぁああああ!!」
テーブルをドーンと叩いて悲鳴をあげるリリー。
「この私に虫が入っているものを食べさせるなど、シェフを呼びなさいよ。今すぐ、首を刎ねなさい」
虫一つ入っていないスープに怒鳴る。
「何を言っている。虫など入っていないではないか」
「エドアルド様は、私ではなく愚民を庇うのですか!」
「痛い。痛い。だれかー、助けなさいよ」
リリーの体には無数の赤いミミズ腫れのように盛り上がっている。まるで鞭で叩かれたかのような傷痕。
王宮勤めの医師の話によると、新しくできた傷だという。
「誰がこんな事を!」
「誰がやったわけでもありません」
「どういう事だ?」
「見ていてください」
また、苦痛の悲鳴と共に傷痕が現れる。
「おそらく呪いではないでしょうか」
「呪いだと!?」
「殿下。お気づきになられませんか?」
薄々、気づきはじめていた。
食事に虫騒動。物が壊れたり、無くなったり。そして、鞭打ちで叩かれかのような傷が浮かび上がった。神殿で癒しを与えても効果がなかった。
どれも全て、リリーが過去にジュリエッタ嬢に嫌がらせを受けていると告発した内容と似ている。
「商人を呼んでちょうだい」
「予算は底をついています」
「私はこの国の王妃になる存在よ。私に口答えするなんて処刑されたいの!?」
王妃は、あくまでも国王を支える存在。王妃になったからといって偉くなるわけではない。それに、まだ、彼女はエドアルドの婚約者という立場であり、王妃でもなければ王子妃でもない。
彼女の甲高い声を聞くだけで、エドアルドは頭痛がするようになった。
「何処で間違えた」
頭を抱える。
問題はまだ残っている。
自然災害だけではなく、貴族を中心に疫病まで流行りだした。はじめに影響をうけたのは毒を購入したといっていた侍女とその親族。
始めは風邪のような症状から寝込むようになり、肌に黒い斑点が現れ、体が木のように固まり動かなくなる。かろうじて動かせるのは口と目だけ。
次にラディーチェ家に仕えている使用人や親族、相次ぎ、ジュリエッタ嬢の実父や義母。免疫力の問題か疫病に患った順番で儚くなるとは限らないようだった。
俺はラディーチェ家に仕えていた侍女の一人に会いに行った。彼女の体には黒い斑点があるもののまだ全身には広がってはおらず、体も動かすことができている。彼女の腕には――。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私からこの子を奪わないで、ジュリエッタ様。私はどうなっても構いませんから。この子だけは」
元侍女は縋るように同じ言葉を繰り返す。
「サラ。あの頃の話が出来るのは君しかいない。ジュリエッタ嬢は、リリーに対して鞭打ちをしたり、食事に虫など入れたりしていたのか?」
「あの家で、ジュリエッタ様の立場は、私たち使用人よりも酷いものでした。ご飯を抜かれたり、虫を食べさせられたりもしていました。癇癪をおこした、リリー様や義母様から手を挙げられることも日常的に行われていました。――聞いたのです。あの毒の事件も、リリー様が御自分で用意して飲まれました」
譫言のように謝り続ける元侍女。
もし、誰か一人でも真実を告げていたら――。あの時の俺に真実を告げていても聞く耳を持っていなかった。
俺は、この災害を収める為に全ての真実を明らかにした。
婚約者だったジュリエッタ嬢の言葉に耳を傾けずに、愚かにもリリー嬢の嘘を鵜呑みにした。
王族に虚偽の証言をしたことを理由に、リリー・ラディーチェには火炙り刑が言い渡された。最後まで、非を認めることはなかった。
俺は、王太子を辞退し、王族籍からも名を抜けた。平民の暮らしをして、これまでどれだけ恵まれていた生活をしていたのかはじめて思い知った。
「あめ、……雨! 雨が降ったぞ」
ジュリエッタ嬢が宣言したとおりに、真実を明らかしたその日から疫病は嘘のように治まった。
干からびた湖に水が溜まり、草木も芽吹き出した。かつての状態まで回復したとまではいかないが、少しづつ元の姿を取り戻していた。