『外ではクールな結城さん』
目線の先の窓からは海のように澄み渡った美しい空と桜の桃色が入り交じり、まるで絵画に書いたような快晴の光景が広がっている。
目の前の桜の木では枝に止まっているヒヨドリが鮮やかな桃色の桜の葉を突っついており、桜の花びらがヒラヒラと落ちて春の訪れを感じるものである。
「やっぱり結城さんって可愛いよな」
「だよな〜。やっぱりあんなに可愛かったら彼氏とか居るのかな〜」
小鳥のさえずりを聞きながら自分だけの静寂の世界に入り込んでいると、真横の席で男子生徒達が騒いでいる声でその世界から引きずり出された。
『せっかく人が落ち着いた雰囲気の中で静かにくつろいでいるというのに、なんとも迷惑な』と内心思っていたが、『学生なのだから騒ぐのは仕方がないことだ』と自分に言い聞かせながら頭の重さを支えていた顎下の手をそっと退けて騒ぐ男子生徒の方向を見た。
若干着崩した制服の男子生徒2人組が何やら会話をしながら見つめている目線の先には、机に突っ伏して眠っている1人の女子生徒が居る。
少なくとも俺はこの状況で睡眠を取ろうとすること自体が不可能に限りなく近い。
しかしここまで騒がしい状況下でも眠りにつける彼女に、俺は少し関心をした。
彼女の名前は「結城 猫葉」
肩上までのショートカットに青色のツリ目の美少女で当然男子人気は抜群。それに加えて頭もよし、運動能力もよしのクール女子という事で女子人気まで獲得している。
まあ言ってしまえば欠点のつけ所のない完璧な1匹狼と言った感じである。
しかしそんな1匹狼と言われるのとは裏腹に、自由奔放でクールな彼女に付けられたあだ名は「黒猫姫」。
本当に見た目と性格からそのまま付けたような安直なあだ名ではあるのだが、何となく言わんとしていることは分かる。
ひたすらに自由で他人に興味無し。そして暇があれば学校でも眠っていて、漆黒に限り無く近い黒い髪はまるで黒猫を表している様だからだろう。
残りの姫の部分は恐らく学校の人気者の美少女だからという理由だ。
と、そんな彼女だが実の所を言うとその男女共の圧倒的な人気と彼女の雰囲気から醸し出されるクールで近寄りがたいオーラのせいで学内に友人と呼べる友人が1人も居ないのである。
そんな彼女を可哀想だと思い話しかけるという口実で彼女と関係を持とう、と下心で話しかける男子生徒も今までの中で居たのだが、黒猫姫の圧倒的な危機察知能力の前には健闘虚しく、全員まとめて華々しく散っていったものだ。
そのせいもあってか今となっては黒猫姫に話しかけに行こうとする男子生徒は1人も居らず、話しかけに行くこと自体が自殺行為だとまで言われている。
そして女子に関してはまるで保護者なのかと疑う程に遠くから優しく見守っているようだ。
などと、まるでお手本のような人物紹介を自分の心の中で済ませた後、俺は自分の席から立ち上がり手洗いへ場と向かった。
* * *
「…は〜疲れた」
その日の帰り道、俺は放課後の図書委員の仕事を終え1人虚しく自宅までの帰路を歩いていた。
時計を見ると時刻は18時を回っている様だが、今は4月。季節は春になっているのでこの時刻でも空はまだ明るいままで街灯無しでも道が分かる程だ。
帰りが遅くなりがちな俺にしてはこの季節はとてもありがたいのだが、世間の人達にとっては花粉が多く飛ぶ事や虫が多くなってくる事で少し嫌な印象を持っている人達が一定数居るらしい。
自然豊かな日本に生まれたのだからそこら辺はご愛嬌って事で流してもらうか、それとも海外へと移り住むかの2択しかないだろう。
最終手段として家から出ないというものもあるが、そうなると完璧な引きこもりの完成である。
俺としては虫の鳴き声は、今のように静寂に包まれた悲しい状況においては適度な賑やかしになるので俺はそこまで嫌いでは無い。
とは言え、こうして1人で道をただただ歩き続けるというのもなかなかに退屈なものであり、帰る方向の同じ友人がいれば良いのだが俺の数少ない友人達は皆も揃って逆方向だ。
しかしながら「友人を多く作らない」と人との関わりを極力少なくしたのは紛れもなく俺自身であり、つまりこの今の状況は俺が作り出したと言っても過言では無い為どうこう言えないのである。
そんなこんなで俺が自宅に着き、玄関の木の扉を開けて家の中に入ると、リビングに通づる扉が開きそこから少女が飛び出て俺の腰の少し上くらいの位置に腕を回して抱きついてきた。
「ただいま」
「…ん、おかえり」
俺がその少女の頭をそっと撫でながら帰宅の挨拶をすると、その少女は視線を頭ごと俺の顔の方向に向けてなんともクールな声でそう言った。
この少女の名前は「結城 猫葉」。
紛れも無いうちの学校人気No.1のクールな「黒猫姫」である。
恋愛小説を主に執筆している上舘 湊と申します!
普段はYouTubeやTwitter、ニコニコで歌い手 螘亜として活動しています