37 望み
もう騒いでも無駄だと思ったのか、アーノルト王子は不気味なくらい静かになってしまった。
彼の中で自責の念でも出たのだろうか。
なんにせよ、これでもうエイリークの命が狙われることはなくなったのだ。
フィンの友人の安全が確保できたことに私は心底安心していた。
私が安心から顔を少し緩めている時だった。
アーノルト王子が入ってきた時と同様に、二人の騎士に付き添われて歩いて部屋の外に出ようとしていた。
ちょうど扉を出る時。
部屋の隅っこにいた私と視線が合う。
静かだったアーノルト王子の顔がまるで鬼のような面持ちでこちらを見てきた。
よく鬼のようなって言葉を人間は使うけれど、私たち鬼族はそんな睨むような顔はしたりしないわ。
ってこれは今は関係なかったわね。
見間違いや勘違いではない。
アーノルト王子は確実に私を見てきた。
そして私を親の仇を見るように睨んできた。
どうして私を睨むのか。
理由がわからなくてとても怖かったけど。
どちらにせよ彼は東の地へ流刑にされるからもう会うことはない。
最後に少しの違和感を残し、この件は終わりを告げるのだった。
「いやー本当にミーアちゃんのおかげだよ。」
王様の沙汰の後、せっかくだからとエイリークの部屋にお呼ばれした。
刺客に襲われてあの日は結局お茶を飲めなかったため、改めてお礼をさせて欲しいと言われた。
まあお茶くらいなら、と承諾して今に至る。
「私は何もしていないわ。エイリークの作戦が上手くいっただけよ。」
「本当にミーアちゃんは能力があるのに変に威張ったりしないで良い子だね。」
今度は毒の入っていないちゃんとしたティータイムになっている。
早々毒が入っている方がおかしいけど。
「ミーアちゃんが良ければ僕の奥さんにならない?」
「ブハッ!」
フィンがお茶を噴き出した音だ。
「奥さんって。」
フィンのことも気になるが、奥さんと言うワードが気になってしまった。
「結婚しようってこと。どう?自分で言うのもなんだけど私って良い物件だと思うけど。」
ニコニコとしながら大事なことをサラッと言ってくる。
見た目だけはおとぎ話に出てくる王子様なのだが。
言動がおかしい。
「結婚。」
私はその二文字を噛みしめるように言う。
王子様との結婚。
それは私が鬼族の村にいた時の夢の一つだ。
小さい頃に森の中に捨てられていた絵本。
素敵な王子様とのシンデレラストーリー。
女の子なら誰だって一度は夢を見る。
そんな夢みたいなことが今、自分の目の前に転がっている。
こんなチャンスもう一生ないだろう。
私は。
「ミーア。」
夢心地でいた半分意識がなかった私に声をかけてくれた人がいた。
私が初めて会った人間の男の子。
私が初めて仲良くなった男の子。
私が初めて好きになった男の子。
フィン。
貴方が私を好きじゃなくても。
私が貴方を幸せにしたい。
なら答えは決まっているじゃない。
「エイリーク。ごめん。結婚は出来ない。」
私は顔の前で手を合わせて精一杯謝る。
貴族の振る舞いなんてわからない私はとにかく誠意を持って謝るしかない。
少しの沈黙の後。
「あーあ。振られちゃった。残念だなー。」
あっけらかんとする様子を見て、彼は冗談だったのか?と疑ってしまう。
「エイリーク王子。ミーアをからかうのはいい加減にしてください。」
フィンはいつも私のために怒ってくれる。
本当に優しい男の子だ。
「王子。冗談はそこまでにして、本題に入った方がいいんじゃないですか。このままだフィンに殴られますよ。」
あわあわしながら本題を即す執事のリーヤ。
「なんだ冗談だったのか。」
やっぱり彼の冗談だったみたいで、本気で悩んだ私が間違っていたのかしら。
それにしても王族の冗談って笑えないわね。
「ミーアちゃんに対して改めてちゃんとお礼がしたいんだ。こちらとしては金一封や宝石、貴金属を贈ること、貴族の位を与えるとかいろいろと考えていたが。」
「え?!え?!え?!そんなに与えられても困る!」
私は鬼族とばれないようにひっそりと生きていきたいのに。
貴族になるだなんて。
そんなものになったらもうマールおばあちゃんのお店もお手伝い出来なくなる。
仲良くなったお客さんたちとももう同じ関係ではいられなくなる。
そんなのは嫌だった。
「そう言うとも思った。だから、もしミーアちゃんが何か欲しかったり、やりたいこととかはないかい?王子として最大限叶うようにしよう。」
「深く考えずミーアが何か望むことはない?」
フィンが優しく私に問う。
「私が望むこと。」
今のままで特に不満はないけれど。
少し考えた後。
「そう、ね。もし叶うなら、一つだけやってみたいことがあるわ。」
まだ叶っていない、残りの夢の一つを伝えてみることにした。
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