「とかげのおうさま」
数世代後。『竜皇といっしょ。』のシエルたちからの視点です。
あるところに ひとりぼっちの おんなのこがいました。
おかあさんは はなしかけても くれないし、おとうさんは おこりっぽくて すぐにおんなのこを たたきます。
おにいさんも おんなのこに いじわるばかりします。
おんなのこは おひさまのひかりが とどかない うすぐらいへやに とじこめられていました。
いっしょに あそんだりする にんげんの おともだちもいません。
でも、 おんなのこは さみしくありませんでした。
おへやには にひきのとかげがいて、 おんなのこの おともだちに なってくれたのです。
とかげなので おはなしはできません。
だけど おへやにはいってきた わるいむしを やっつけてくれるし、 いじわるなおにいいさんも おいはらってくれる、 とっても たのもしい おともだちでした。
しかも さわるとひんやりして、 すべすべして とっても きもちがいいんです!
あるとき、 おんなのこは おとうさんに よばれました。
「おまえは このひとと けっこんするんだ」
いきなり そんなことを いわれても、 おんなのこは びっくりして しまうだけです。
しかも そのひとは けむくじゃらで、 まるで けだものみたいです。
めつきも なんだか いやらしい きがしますし、 みるからに あつくるしくて そばにも よりたくありません。
おんなのこは ないて いやがりました。
でも、おとうさんは まったく きいてくれません。
このままでは、 あんなおそろしいものと いっしょにくらすことに なってしまいます。
しかたがないので、 おんなのこは いえから にげだすことにしました。
でも、 おうちをでるのは はじめててで、 どこにいったらいいのか わかりません。
どうしたらいいんだろうと まよっていると、 こんなはなしが きこえてきました。
「とかげのおうさまが おきさきさまを さがしているよ」
とかげなら だいすきです。
その おうさまなんだから、 きっととっても すてきに ちがいありません!
おんなのこは とかげのおうさまに あいにいくことにしました。
とかげのおうさまに あうためには おべんきょうを しないといけません。
おんなのこは とてもがんばって おべんきょうして、 そして、 とかげのおうさまに あうことができました。
とかげのおうさまは とてもおおきくて、 まちの ふつうのおうちなら かんたんに ふみつぶしてしまえそうなほどです。
でも、 そのうろこは そらいろで、 まるで はれたおそらを きりとったみたいです。
せなかには おおきなつばさが はえていて、 おそらを じゆうに とびまわれます。
すこしあおい ぎんいろのめは、 とってもやさしく おんなのこを みてくれます。
なんてすてきなんでしょう!!
おんなのこは ひとめで とかげのおうさまが だいすきになりました。
とかげのおうさまも、 おんなのこが すきになりました。
とかげのおうさまは みんなに こわがられてばかりだったので、 いつもひとりぼっちで さみしかったのです。
とかげのおうさまは おんなのこを おしろにつれてかえって いっしょにくらすことにしました。
そして ふたりは ずっと なかよく くらしました。
――というわけでもないのです。
あるひ、 とかげのおうさまが とかげでは なくなってしまったのです。
かみのいろが そらいろだったりして ちょっとへんですが、 にんげんの おとこのひとに なってしまいました。
おんなのこは びっくりして にげだしてしまいました。
とかげだから だいすきだったのに。
あんまりです。
ひどいです。
こんなの さぎです。
にんげんになった とかげのおうさまは、 どうして おんなのこに きらわれてしまったのか わかりません。
なんとか りゆうをきこうとしても、 おんなのこは くちもきいてくれません。
それでも りゆうをききだして、 おうさまは とっても かなしくなりました。
とかげのおうさまは、 おんなのこと もっとなかよくなりたいから ひとのすがたに なったのです。
それなのに はんたいに きらわれてしまったのです。
でも、 おおきなとかげだったら できなかったことが いっしょに できるようになります。
いっしょに おちゃものめるし、 おにわを おさんぽもできます。
ひとのすがたも すきになってもらえるように、 とかげのおうさまは いろいろ かんがえました。
きれいなはなを さかせたり、 おいしいおかしを もってきたり、 かわいいことりを つれてきたりしました。
でも、 おんなのこは どれにも ふりむいてくれません。
とかげのすがたをした おうさまより すきなものは なかったからです。
だけど、 おんなのこも ほんとうは わかっているんです。
とかげのすがたでも、 ひとのすがたでも、 どっちもおんなじおうさまだ っていうことは。
なれてくると、 ひとのすがたの おうさまも そんなに きらいではなくなりました。
もっと じかんがたつと、 ひとのすがたでも わりと すきになりました。
やがて、 おんなのこは にげまわるのをやめて、 おうさまが とかげでも ひとでも、 かわらず なかよくすることにしました。
そして ふたりは こんどこそ ずっといっしょに なかよく くらしました。
でも、 おんなのこは あいかわらず とかげのすがたのおうさまのほうが だいすきでした。
おしまい。
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「ねーねー、竜皇ー」
ある日の昼下がり。
書斎の窓際の机で本を読んでいたシエルは、奥の大きな机の側に書見台を置いて、なんだか大きくて重そうな本を読んでいる竜皇に声をかけた。
「どうした?」
シエルが竜皇に近寄り、今まで読んでいた薄い本を開いて見せた。
「これって竜皇だよね?」
竜皇が手に取ると、題は『とかげのおうさま』とある。
それだけでかなり嫌な感じがしたが、とりえず中身にざっと目を通す。
小さい子供向けの童話のような仕立てになっていて、簡単な文章がかえって読みにくい。しかし、読み進めるにつれて、竜皇の口角がだんだん下がっていく。
「……とかげとかげと、一体何度言えば気が済む」
そんなことをぼやきながら本を閉じ、シエルに向き直った。
「何代か前の竜皇と巫女姫の話だな、これは」
「本当にあったこと?」
「……かなり巫女姫に都合よく誤魔化されている気はするが、まぁ、概ね事実に沿っているといえるだろうな」
竜皇の記憶は、竜の血と力とともに次代の竜皇に受け継がれる。
その時感じた感情は薄れていくが、それが、比較的近い時代で、更にとても強い印象を残したものならばなおさら、他人事であるのに我が身に起きたかのように感じられることもある程に。
うっかりその時代の先祖の記憶に触れ、語る方は滂沱の涙でも、聞く方は大爆笑という苦労の日々を一瞬で追体験してしまい、竜皇は目頭を押さえた。
ついでに、それを書いた巫女姫がその本を世間に広めようとしたのを、時の竜皇が必死に止めて書庫の奥に封印したと言う記憶まで、芋づる式に出て来る。
「どこから見つけてきた?」
封印した以上、見つけにくい場所にあったはず。
書庫には魔術のかかった本もある。封印はしてあるが、シエルがうっかり触ってしまって何かあっては大変だ。
「竜皇が、ここの本なら私でも読める、って言ってくれた棚の中だよ?」
竜皇が見つけたなら、更に厳重に封印しておくだろう。こんなものがそのあたりに転がっていては、精神衛生上悪すぎる。
ということは、先代あたりの巫女姫に発掘されていたらしい。
竜皇は、そういえば先代の巫女姫もかなり強烈な人物だったと思い出す。
子供心にも、先代の竜皇より遥かにおそろしい存在だった。
先代といい、この時の竜皇といい、どうしてこうもアクの強い相手ばかりを選ぶのだろうか。
その点、自分は穏やかな人生を送れそうだと、目の前のシエルを見て思う。
「でね、これ読んで思ったの。私、竜の竜皇と、人の竜皇どっちが好きかなぁって」
「それで?」
それはしっかり聞いておかなくてはならない。
シエルは、うーんとしばらく考え、やがて、にっこりと笑って言った。
「どっちも同じくらい好き」
『好き』の種類はまだ求めるものとは違うけれど、それはそれで嬉しくて、竜皇はシエルの頭を撫でる。
こちらも、竜皇の想いが報われるのは、まだまだ先のこと。
シエル時代の竜皇がドン引きする性格の巫女姫(シエル世代の竜皇の母)については次回作にて。