竜皇が一緒。~巫女姫アリアの場合~ 3
アリアの竜皇の側近は爬虫類系の種族です。
後日。
竜皇の地道な努力により微妙に距離を縮めながらも、まだ不自然な距離を残している頃。
竜皇の居城には珍しく来客があった。
すらりと背の高い男だが、袖がなく襟元も大きく開いた衣服から出た胸元や腕には、しっかりと筋肉が付いている。
それよりも目を引くのは、首筋や腕に浮き出た緑の鱗。顔立ちも彫りは浅めだが、目は切れ長で細く、表情も薄くどことなくトカゲや蛇を思わせた。
男は大広間の玉座の前に着くとそのまましばらく待つ。
城に入ってきたことは竜皇が気付いているはず。ある程度待っても無視するようならば、魔力を辿って城内を探してまわるつもりでいた。
しばらく時間が過ぎ、男がいい加減痺れを切らして移動しようとしたところ、不意に竜皇が姿を現した。
「何の用だ?」
人の姿の竜皇は不機嫌に、男に声をかける。
いかに眷属でもひるみそうなほどに魔力を発散しているが、鱗を持つ男は竜皇との付き合いも長いので、やや気圧されながらも強気の姿勢を崩さない。
「眷属達からの陳情をお届けに参りました。まったく、巫女姫を得て嬉しいのはわかりますが、何時まで引きこもるつもりでいるのですか」
苦言を呈しつつ、持っていた文書を竜皇に渡す。
「眷属の出入りは禁じていたはずだぞ。特に鱗を持つものは立ち入るなと言った筈だが」
「結界を破って押入れそうで、皇と多少なりと親交のある者、ということで私が代表に選ばれたのです」
「書類は預かった。今すぐ出て行け」
竜皇は冷たい一瞥を返すが、男のほうも負けていない。
「そして結界を強化するおつもりでしょう。新婚生活もほどほどにして、いい加減皇としての役目をですね――」
「竜皇、いるの?」
男の言葉を遮るように、上階に続く扉が開いた。
そこにいるのは、この城のもう一人の住人、巫女姫でしかありえない。
アリアは扉を開けた瞬間に、竜の巨体が見えないことにわずかにがっかりした様子ながら、対峙する二人の男を見て、興味を持ったように近づいてくる。
気付いて、男は人間の騎士がするように膝を付いて礼をした。
「巫女姫様には初めてお目にかかります。私は南西の水トカゲ族のリドと申します。お見知り置きの程を」
名乗りながらアリアの視線を首筋に感じ、人と本性の狭間の半端な姿を晒していることに今さらに気が付く。一般に、人間、しかも女性にはあまり好まれる姿ではない。
気味悪がらせてしまったかと思いながら顔を上げて、そして、巫女姫の目が輝いていることに違和感を覚えた。
しかも。
「トカゲ? トカゲなの!?」
何だか嬉しそうである。
好奇心を隠さず近寄ってくるアリアに対し、竜皇の機嫌が目に見えて降下していく。
そして、アリアは竜皇の隣を通り越してリドの正面まで来て、興味深げに腕や首筋を眺め。
「触っていい?」
「ちょっと待ちなさいアリアっ!」
悲鳴のような竜皇の声に遮られた。
「何よ」
「それは男だが」
「女には見えないわね」
「平気なのか!?」
「ウロコだから」
「鱗ならなんでもいいのかっ!?」
「多分」
目の前で交わされる謎の会話に、リドが唖然として立ち尽くす。
「いいから少し離れなさい。というか、私は彼と話があるので、アリアは部屋に戻っていなさい」
「えー、ウロコー」
「いいから!」
渋々と出て行くアリアを見送ると、竜皇がリドに向き直った。
魔力はまったく抑えていない。
むしろ黒々と渦巻く魔力が、大広間を異世界に変えてしまいそうだ。
「何故その姿で来る」
「私はいつも通りですが」
眷属たちは、里にいれば半人半獣の姿でいるのが一般的であり、リドが竜皇の城を訪れるときも、基本的にその姿のままである。
「そもそも何故、禁じたというのにわざわざお前が来るのだっ!」
「ええと、そんなに、不都合でしたでしょうか」
「まったくだ。今すぐ出て行け。呼ばない限り来るな!」
竜皇の発する魔力に気圧され、リドは一瞬死をも覚悟する。が、なんとか声を絞り出す。
「……かしこまりました。ですが、時折は眷属と連絡を取っていただきませんと」
「三月に一度、文書で受ける。伝令は老人か子供、さもなければ女にしろ」
「……かしこまり、まし、た」
リドが苦しげに答えると、竜皇は魔力を抑えた。周囲への圧迫感も多少弱くなる。
「ところで、巫女姫様は一体……」
「お前には関係がない」
「……上手く行ってないんですね」
「死にたいかっ!」
声を荒げるのは、肯定したも同じである。しかも若干泣きが入っている。
「わかりました。なるべく近づかないように、皆にも伝えます。御武運を」
リドは竜皇に圧倒されながらも、何か憐れむような視線を投げかけ、退出していった。
「えー、あの人帰っちゃったの?」
もう少し見たかったのに、とアリアがごねるが、竜皇は酷く複雑な気分だった。
「リドは男だ。それが、鱗があるだけで平気になるのか?」
人の姿を取った竜皇には、逃げることは少なくなっても、自ら近寄って来ることはあまりない。その差が納得できない。
「平気って言うか、興味が湧いたっていうのかしらね」
と言って、アリアは竜皇を見る。
「竜皇もウロコがあったら平気かも」
その目は何だか期待に満ちている。
「……」
半人半獣の姿は、眷属たちのどちらとも付かない、ある種の半端さを示している。竜皇もそのような姿をとることは不可能ではないが、一応神としての誇りがあるので、それは出来ないというかしたくない。
「しっぽもあるといいかもー」
アリアの勝手な言い草に竜皇が呻く。
心が動かなくもないが、理性がそれを留める。
「竜の姿も、もっと小さいと可愛いのに」
アリアは更にそう言って、肩幅くらいに両手を広げる。
「このくらいとか」
それではあからさまに愛玩動物扱いである。肩を落とす竜皇に、アリアはぽつりと付け加えた。
「それだったら一緒に寝てもいいかも」
「む」
心が動く。
動くがそこまで堕ちるのもどうかと思う。
それに、普通に人の姿で触れられるようにならないと、最終的には意味がない。
「ダメ?」
「……駄目だ」
「ちぇ」
とても残念そうなアリアに、竜皇は深々と溜息を付いた。
「まぁ、大きくても竜は大好きだけどね」
何気ないアリアの一言に竜皇が反応する。
「……私は?」
「竜は、大好き」
「今は?」
「ウロコないじゃない」
どこまでも鱗が基準なのだろうか。落ち込む竜皇を置いて、アリアは部屋を出て行く。
「ヒトの中では、一番マシなんだけどね」
扉を閉めてから小さく呟いた言葉は、愛玩動物になるくらいなら、鱗を出すくらいの譲歩をした方がいいのだろうか、しかしそれでは神としての自尊心がと葛藤している竜皇の耳には届かなかった。
竜皇の想いが報われるのは、まだまだ先だけれど、いつかは、……きっと。多分。
その後、ちゃんと世代交代ができました。