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やるせなき脱力神番外編 占い

作者: 伊達サクット

 ウィーナの執務室。

 彼女のデスクの前に立つのは、ウィーナ直属の隊に所属している管轄従者・メルーダである。

 体の至る所に金のチェーンや宝石をあしらったアクセサリーを身に纏うヒューマンタイプの女性。

 下半身はバルーンパンツ。上半身はアクセサリーの他は、面積の小さい胸当てのみ。踊り子を思わせる全体像。深紅の髪は、額に一切下ろさず全て頭上で丸く束ねている。

 そして、露わになっている額の中央にある大きなホクロ、首輪を三つ縦に並べて装着してもなお余裕のあるとても長い首が、神秘性と妖艶さを醸し出し、見る者に強いインパクトを与えていた。

「これが、今月の各隊の運勢です」

 メルーダが差し出したのは一枚の紙。『運命図』だ。

「ご苦労」

 ウィーナが机に置かれた運命図に目を向ける。 

 ここに、各隊の吉報、凶報が書き出されているのだが、専門知識のないウィーナには、見たところで分からない。

 いつものことなので、ウィーナが求めずともメルーダが説明を始める。

「今月は、全体的に星の輝きも風の向きも落ち着いたものとなっています」

「ほう」

「ただし、前半はロシーボ隊の良い星が隠れており、代わりに悪い星が見えています。風は追い風ですが、悪い星を打ち消せる程のものではありません。後半になると良い星が光ってくるので、前半は注意した方がよろしいかと」

「ふぅん」

「レンチョー隊の星が非常に近くて眩しくなっています。任務を回せば成果が期待でいる一方、あまりに眩し過ぎる光で周囲との諍いが予想されます」

「なるほどな」

 その後も、メルーダの説明は続く。

 そして、各隊の運勢を説明した後、今度は王都を中心とする冥界の地図を広げ、星と冥界月の位置関係から、悪霊の分布を予報して一通りの説明を終えた。

「分かった。参考にさせてもらう。ありがとうメルーダ。お前の占いにはいつも助けられている」

 ウィーナがメルーダに微笑みを投げかけた。

「勿体なきお言葉。光栄です」

 メルーダはにこやかに微笑み、頭を下げた。

 彼女は兼業で占い師もやっている。かなりの人気で、多くの貴族や政府の要人も常連客になっている。

 ワルキュリア・カンパニーにも所属しているので、そう多くの客は占えず、数年先まで予約が埋まっているらしい。

 メルーダにとって、本業はこの組織と占い師、一体どちらなのだろうか。

 メルーダがどう位置付けているかはウィーナには分からないし、あえて本人に聞いてもいなかった。



「ロシーボ殿」

「ん?」

 別館の戦闘員事務所で、ロシーボはメルーダに声をかけられた。

「私の使役している風の精霊達が、ロシーボ殿を心配しています」

「ええ? どういうこと?」

 とりあえず聞き返すロシーボ。

「今ここでは詳しく分かりませんが、精霊達が動揺しているのです」

 メルーダが両手を広げると、それぞれの掌から僅かな風と光の粒が生まれ、ロシーボの前髪を揺らした。

「へぇ~」

 ロシーボは気の抜けた返事を寄越す。メルーダは深刻そうな顔だ。

「ちゃんと占ってみないと詳細が分からないので、夕刻に私の店に来て下さい」

「店?」

「私は兼業で占いの店も経営しています」

「あ、そうなんだ。どうりでこっちで見かけることが少ないと思ったら、任務に出てるわけじゃなかったんだ」

「この組織が六割程、お店の方が四割程の割合でやっています。最近では、ウィーナ様に私の占いを認めて頂き、そちらがメインとなり、戦闘の任務に入ることはあまりなくなりました」

「なるほど」

「私のお店の場所をお教えします」

「ああー……。俺占い信じないから、遠慮しとくよ」

 ロシーボは半笑いで断る。

「ロシーボ殿、これはウィーナ様からのご命令なのです」

「えっ? そうなの?」

「今月のロシーボ隊の運勢が悪かったので、念の為にあなた自身の運勢も占うようにと」

「そっか……」

 ロシーボは渋い顔つきを作り、腕を組んだ。あまり気が進まない。

「これが、お店の地図になります」

 メルーダから、店の綺麗なチラシを渡された。

「こんなのも作ってるんだ」

「はい。それでは、お待ちしております」

「ちょっと待って、俺お金ないよ」

 話を切り上げようとしたメルーダを制止するようにロシーボが言う。

「大丈夫です。これはこの組織の業務として占いますので」

「ああ、どうも……」

「それでは」

 メルーダは綺麗な笑顔で一礼し、事務所を去っていった。



 その日、ロシーボはメルーダとの約束をすっかり忘れ、自宅アパートへ帰ってしまった。

 そして、夜になってようやく思い出し、彼女の店まで走った。

 もう閉店しているようだったが、窓からは灯りが漏れている。ドアをノックすると、店員らしき若い女性が現れた。

「すみません、今日はもう閉店しております。それにウチは予約制となっております」

「いや、自分ロシーボと言いまして、メルーダに占いを受けるよう言われたんです。ちょっと遅くなっちゃったけど。すみません」

「ああ、あなたがロシーボ様ですね。メルーダ様から話は伺っております。こちらへ」

 店員に店の奥へ案内され、一際厳かな装飾が施された『占いの間』のドアが開かれる。

 よく分からないが豪華なオブジェのような物が色々と置かれ、魔方陣が描かれた絨毯の敷かれた部屋。

 その空間の正面奥に、メルーダはいた。床に敷かれたクッションの上で胡座をし、その前には大きな水晶玉が置かれている。

「ロシーボ殿お待ちしておりました。どうしました? 遅かったですね」

「申し訳ない。ちょっと遅れた……」

「いいのです。それでは、ここにお座り下さい」

 メルーダに言われた通り、水晶玉の手前に置かれたクッションの上に座る。

 水晶玉を挟んで、メルーダと向かい合う形となる。

「これより、ロシーボ殿の未来を占います」

「はい」

 ロシーボは占いを信じてない。

 気分は乗らないが、ウィーナの意向では仕方なかった。

 占いは、誕生日やら年齢やらを色々と質問された。

 そして。

「ロシーボ殿、今日はお鼻は詰まっていませんか?」

「大丈夫です」

「分かりました。そうしたら、口をお開け下さい。これより風の精霊を召喚して、体の中を調べますので」

「あ、はい」

「精霊が入っている間は、口を閉じて鼻で呼吸して下さい。ゲップやおならも出そうになりますが、我慢して下さい」

「分かりました」

 体内の属性を調べるとのことで、メルーダが召喚した小型の風の精霊を口から体内に入れられたりもした。

 途端に、ゲップとおならが出そうになるが、メルーダが注意した通り、何とか我慢した。

「では、また口を開けて下さい」

 言われた通りにすると、口から精霊が飛び出て、眼前の水晶玉に吸い込まれていく。

 メルーダが水晶玉を撫でると、彼女の指先から魔力が伝わり、玉は光を帯び、薄暗い部屋を照らした。

 メルーダはしばらくの間、光る水晶玉を見据え、沈黙が続いた。黙って見守るロシーボ。

「終わりました」

「ああ、はい」

「やはり、かなり危険な兆候が出ています。星の位置も、風向きも、悪くなっています」

「なるほど」

 この時点ではロシーボは、とりあえず一通り結果だけ聞いて、さっさと帰ろうと思っていた。

「……特に、砂がつきまとう場所に、大きな不幸が見えます。これは死もあり得る凶事です」

「死ぬかもしれないと」

「ええ。砂にまつわる任務は、避けた方がよろしいです」

「砂なんてどこにでもあるでしょ」

「砂の量によります。精霊は、砂で覆われた大地が危ないと言っています」

「そうかぁ……」

 あまり本気にはしていないが、とりあえずの返事をするロシーボ。

 そんなロシーボの心中を察してか、メルーダはやや顔つきを険しくした。

「砂が関係する任務が、近くロシーボ殿に回ってくるという結果が出ています」

「そんなことまで分かるの?」

「ええ。できれば外れてほしいのですが。自分で言うのもなんですが、私の占いはよく当たります。精霊達と契約を結び、心身を同調させてから、精霊達の見たもの、感じたものを共有できる力を得たのです」

「へえ~、そりゃ凄い」

 ロシーボは呆けながら感心した。欠伸を我慢しながら。

「ロシーボ」

「んあっ!?」

 突然呼び捨てにされ、改めてメルーダに注意を向ける。

「私は真剣に話してるの。いいこと? 近い内に砂に覆われた場所へ赴く任務が舞い込んでくるはず。断りなさい。あなたの為よ」

「俺がその任務を避ければ、他の幹部従者が負うことになる。それってズルだろ?」

「じゃあウィーナ様に相談してみれば?」

 メルーダが馬鹿にしたように言う。

「その必要はない。俺は占いは信じない。俺の行動は変わらない」

 ロシーボが反論すると、メルーダは呆れたような表情を作った。

「ホント腹立たしいわね。こっちはウィーナ様に言われたから仕方なく占ってるっていうのに。こっちはわざわざ店のスケジュール調整して待っていたのにこんなに遅れてきて、全然興味なさそうな態度。しかも私が培ってきた占いの技術を信じないだなんていう人を。こっちだって好きでやってるわけじゃないの」

「それに関しては申し訳なかった。それと、信じてないっていう言葉はちょっとおかしかった。多分メルーダの言う通り、砂に関係する任務が来るんだと思う。だけど、それを避けようとは思わない」

「それで死んでもいいのですか? ロシーボ殿は?」

「そんなわけないだろ。でも危険だと教わった以上、余計他人に回せなくなっちゃったじゃん。情報はもらったから、気は引き締めるよ」

「ウィーナ様は、あなたが死ぬことが組織の大きな損失だと心配されています」

「んなこと言われんでも分かってるよ。俺っていうか、俺の能力がね。大事ってことなんだろうけど」

 ウィーナとの付き合いはメルーダの何倍も長い。それこそ、今のワルキュリア・カンパニーが出来上がる前から。

「いいから占いの通りにしなさい。本来なら私の占い幾らするか知ってる?」

「知らない」

「コースとプラン次第だけど、普通一回10万Gじゃ足りないわよ」

「マジで? ボッタクリだ。ちょっと高過ぎる。それじゃあ誰でも気軽に利用できないだろ」

「質の悪い客を防ぐには適正な価格設定よ」

「客商売が客を選ぶの? そういうの嫌いなんだよ。だから俺金ないって言ったじゃん」

「客は店を選ぶ権利があるように、店も客を選ぶ権利はあるわ。言っとくけど、最初からそうしてたわけじゃないから。以前は他の店と同じ価格でやってたけど、こっちが親身に相談に乗ってたら何を勘違いしたのか、客の男にストーカーされて。自宅もバレて、職場にも押しかけてきた」

「職場に来たって、もしかして随分前にやってきた部外者? あの、レンチョーがボコボコにして警察隊に突き出した、あの変な奴?」

「ええ。レンチョー殿が私を守ってくれたから」

「あいつ、女の子にはいい顔するからなぁ……」

「男のくせに傍観してるだけの奴より遥かにマシよ」

 メルーダは鋭い目でロシーボをキッと睨み「ハッキリと覚えてるわ。あなたあの場にいたけど、遠巻きに見て見ぬふりしてるだけだったわよね」と言葉を継いだ。

「いや、あれに加勢したらただの集団リンチだし、それにそもそも、絶対あの人よりメルーダの方が強いでしょ? 自力で撃退できるでしょ? 普通に」

「ロシーボ、そういう問題じゃないのよ。まあ、とにかくね、価格を上げることによって、そういう客が来なくなるの。どのみち人気出過ぎてワルキュリア・カンパニーとの兼業じゃあれだけのお客さん捌き切れなかったし」

「そうか、まあ、そういうことなら仕方ないか」

「ええ。この価格でも、高名な貴族や、政府中枢の方々は、ちゃんと私の占いの価値を認めて、対価を気持ちよく払ってくれるから。時には、こちらが提示した価格以上の。私は、そういった尊敬できる方達と、気持ちよく取引をしたい。私の占いにはそれだけの価値があると、自信を持って言える」

「なるほど」

 どうりで、これ程までに金や宝石をあしらったアクセサリーを体中に身に着けているわけだ。ロシーボの今言った言葉は、そのことに対する『なるほど』であって、メルーダの主張に対する『なるほど』ではなかった。

「その私が、あなたを真剣に占ってるんだから、あなたも真剣に受け止めるべきよ」

「……分かったよ。任務は回避する」

 ロシーボが言うと、メルーダは綺麗な笑顔を見せる。

「ロシーボ殿、ありがとうございます」

「俺のこと嫌いなら無理して敬語使わないでいいよ」

「あなたが私の占いに対し、態度を改めて下さったので、私も改めます」

「まあそもそも俺は幹部従者でメルーダは管轄従者だから。前提として対等な立場じゃないからね?」

「あぁ? つべこべうるさいわね。つけ上がんな」

 メルーダは胡座を解き、後ろの背もたれに大きく寄りかかり、ふんぞり返った。

「あ……、す、すみません」

 反射的に謝るロシーボ。

「占って頂きありがとうございます、でしょ?」

「占って頂きありがとうございます」

 ロシーボが言うと、メルーダは片方の足を振り上げ、正面のロシーボの顔面に足の裏を押し付けてきた。

「ぶっ!」

 ロシーボが足首をつかみ、顔を覆う足の裏を離そうとするが、彼の腕力ではどうにもならない。

「これからは占い肯定派になる?」

「な、なります! なります!」

「こっちだってね、ウィーナ様の命令じゃなきゃ、お前みたいな奴占わないの。つべこべ舐めた態度取らず、大人しく私の占いに従ってればいいのよ」

「はい! すみません!」

 ロシーボが情けなく謝る。

「じゃあ、お前はプライベートでも私の店の常連になってね。毎週来なさい。精霊の声を託し、お前のろくでもない人生を良い方向へ導いてやる。これ、最高プランの客が持てるプラチナ会員カード。ほら口で咥えなさい」

 メルーダは足の親指と人差し指の間に白銀に輝く会員カードを挟み、足の裏をぐりぐりとロシーボの顔に押し付ける。

「ムゥーッ! お金ない!」

 先程から足の裏を離そうと後ろに逃げようとしているが、いつの間にかメルーダが召喚した体格のよい、魔人のような精霊に羽交い絞めにされていた。

「金には代えられない。本来なら数年先まで予約がいっぱいのところを毎週来れる上に、このメルーダ様に、こうして虐めてもらえるのよ。最高じゃない?」

「ウッキャーッ! ウィーナはま! シュドーケンはん、たふけてーっ!」

「だから、お前の持つ科学の力、私の占いに取り入れさせてもらうわ。協力なさい、ロシーボ」

「な、なんばっべ?」

 足の裏を押し付けられて上手くしゃべれない。

 頭にターバンを巻いた魔人の精霊の腕力は凄まじく、とても身動きが取れない。

「星と風の動き、そして、私が契約したわけではない、自然界に存在する多くの精霊達の動き、声。あなたの作った悪霊を検知するレーダーを応用し、もっと広大な範囲で統計が取れれば、私は占いの精度をもっと高められる」

 それを聞いてロシーボは沈黙する。

「他の愚か者はお前を過小評価する。戦闘能力においてはそう。お前はクズのように弱い。でもその科学の知識は認めてあげる。あなたの技術の価値を私は正しく理解してあげる。お前も私も、類まれなる才覚と技術を持った者。でも私は、召喚士として、戦士としても万能。あなたのように、特定の分野以外は著しく能力が低いなんてことはない。全てを卒なくこなす」

「み、みんな結構俺の力を認めてくれてる……。分かる人は分かってくれる。現状に不満はない」

「それがいけないのよ。不満を持たねば駄目なの。そしてあなたの科学力、私がよりよく使ってあげる。ウィーナ様よりも。ワルキュリア・カンパニーなんて辞めて、私の店に来なさい。そして、私の為だけに、あなたの技術を使いなさい。こうやって、毎日虐めてあげるから。素敵でしょ?」

「断る!」

 何とか声を張り上げる。

「お前如きが私に逆らえると思って? 私の言うことに従うまでず~っとこのままよ? この館から出れると思わないことね」

 妖艶に微笑むメルーダ。

「くっそー、かくなる上は! 召喚ができるのはお前だけじゃないぜ! 召喚ッ! 緊急用平従者ッ!」

 ロシーボがヘルメットの側頭部の緊急用ボタンを押すと、途端に彼の周りに四本の光の柱が現れ、一瞬にして四人の人物が姿を現した。四人とも、直立して腕組みしている。

 現れたのはロシーボ隊所属の平従者、シグナル、メンション、アラート、ビーコンの四名だ。

「ロシーボ隊長! 我ら四名、身命を賭してお助け致しますぞおおおおっ!」

「ウィーナ様直伝の秘奥義! 勝利の女神流くすぐり地獄じゃああ!」

 シグナルとメンションが、ロシーボを羽交い絞めにしている魔人の精霊に対し、体中をコチョコチョとくすぐってみせる。

「ガハハハハ!」

 魔人はたまらず笑い出して脱力。ロシーボを放す。

「メルーダ様! 踏むならこのアラートめを踏んで下されええええっ!」

 アラートは、メルーダがロシーボに押し付けている足をつかんだ。そして、メルーダの足の裏をロシーボの顔から引き離し、自分の顔に押し付けた。

「キャーッ!」

 悲鳴を上げるメルーダ。魔人はくすぐりを受けてまだ笑っている。

「ふざけんな変態!」

 メルーダは足の裏を振りかざし、何度もアラートの顔を踏みつける。「ありがとうございます!」とアラート。

「みんな退却だ!」

 ロシーボの号令に応じて、彼も含めシグナル、メンション、アラート、ビーコンはドアに向かって駆けだす。

 去り際に、特に活躍しなかったビーコンがメルーダに対し「なんだその額のホクロは! 仏像かお前は!」と毒舌を吐いた。

「待ちなさい! ロシーボ!」

 メルーダが呼び止めるが、五人は彼女の店から逃げ去っていった。



 翌日、ロシーボはウィーナに、メルーダに自分を占うよう命じたかを尋ねた。

 ウィーナは、ロシーボ隊の運勢は占わせたがロシーボ自身を占うようには指示していないと答えた。

 ロシーボをメルーダの店に招き入れたのは、ウィーナの命令ではなく、メルーダの独断だったのだ。しかし、ロシーボはそのことまではウィーナには言わなかった。

 その数日後、メルーダの占いの通り、ロシーボにはヤベージャン砂漠での悪霊退治の任務が入った。

 ロシーボはその任務を受け、参戦した部下を含め、見事全員無傷で帰ってきた。

 ロシーボがアラートとビーコンの二名を引き連れウィーナへの報告を終えると、屋敷の廊下でメルーダが待ち構えていた。向かい合う一人と三人。

「ロシーボ殿、任務達成、おめでとうございます」

 メルーダが、整った、冷たい笑顔でロシーボを讃えた。

「よう、メルーダ! お前の占いのおかげで命を拾ったぜ!」

 ロシーボが爽やかなドヤ顔で言う。アラートは勝ち誇ったような不敵な笑みを、ビーコンは敵意を向けた眼差しをメルーダに向けている。

「あなたがこうして生還できたのは結果論に過ぎない。それを弁えることね」

 占いの館のときのように、またもメルーダの口調が格下の者に対するそれへと変貌する。

「確かに、ギリギリの、紙一重の勝利だったよ。お前の占いがなきゃ死んでた。だけど結果論じゃあない」

「どういう意味?」

「お前が俺を占ってくれたからこそ、何とか勝利できたからな。ありがとう」

 素直に礼を言うロシーボ。

「そう。認めるわけね。じゃあ決まりね。私達はこれからも共に」

「それは違う」

 そうは問屋が卸さない。

 ロシーボは手を突き出して制止する。問屋がそんなの卸してたら倒産してもおかしくない。

「お前の占いは凄い。それは認める。だけど、問屋がそんなの卸してたら商売にならない」

 頭に思ったままの言葉を口にするロシーボ。

「なぜ? 身をもって私の力を理解したというのに」

「お前の占いはとても価値がある。価値があるからこそ、相応の対価は俺には払えない。要は金欠なの」

「だから、代わりにあなたの科学力を提供なさい。お互い希少な能力を持っている者同士、補完し合えば私達は」

「断る。お前には俺をどうこうすることはできない」

 ロシーボが言い放つと、メルーダの表情が怒りの色を帯びた。

「何ですって? まだ分からないの? 私がその気になれば、お前如き」

「無理だ。この組織で俺に勝てるのはウィーナ様だけ。ダオル副社長だって俺には敵わないさ」

 ドヤ顔をして言うロシーボ。大分虚勢は混ざっている。しかし、事実である側面もある。条件さえ整えば勝てるのだ。

「ろくな戦闘能力もないくせによくそんなことが言えるわね。どうやって砂漠の悪霊を倒したのか知らないけど、どうせ得体の知れない技術に頼った戦い方だったんでしょ? 装備さえあれば誰だって戦える。そこの、特殊なスキルなんて何もない凡人達でも」

 メルーダがロシーボの両脇に立つビーコンとアラートに、蔑みの視線を投げかけた。

「弱い強さを科学する! 俺一人の単独任務ならともかく、今回は仲間達と出撃してる。俺がいくら言われるのは構わないけど、ウチのスタッフを侮辱するのは極めて遺憾砲」

 背の低いロシーボが、メルーダを鋭く見上げる。黙るメルーダ。更にロシーボは続ける。

「めっちゃいい占いしてくれた功績に免じて、ウィーナ様の名を勝手に使ったこと、今回だけは不問にしてやる。但し、二度目はねーぞ」

「……何なの? 私に貸しを作ったつもり? 別に私はここをクビになったからってどうってことない」

「まあ、それはどっちでもいい。結局10万G以上する占いをただでやってもらったから、その借りを返しただけ」

「ふ~ん、そう」

 メルーダは、冷めた様子で言った。

「それじゃ」

 ロシーボ、アラート、ビーコンの三人はメルーダの脇を通り過ぎていった。すれ違い様に、アラートが小声で「また踏んで下さい」とメルーダに言ったが、彼女は無視した。

 しばらく歩いてからロシーボはふと言い忘れていたことを思い出して足を止め、メルーダに向き直った。

「感謝はしてるけど、今後二度と勝手に俺を占うな!」



 数ヶ月後――。


「あ、ああああああっ!?」

 巨大な悪霊が無数の手を伸ばし、メルーダを拘束する。

 そして彼女に従う中核従者達、平従者達も同様に。

 彼女が召喚した戦闘力の高い精霊もまるで敵わず、絶体絶命の危機に陥る。

 そんなとき。

 


「メモリーナイフ! ブラッディーフュージョン!」



 光り輝くオーラを纏ったアーマーを装着したロシーボが、遥か天空から一条の光の軌跡を描きながら現れた。

 ロシーボはそのまま縦横無尽に飛翔し、悪霊の腕を消滅させ、メルーダの部下達を救出した。

「嫌あああああっ!?」

 悪霊が残った手でメルーダを食らわんとする。

「メルーダ!」

 巨大な悪霊の牙がメルーダに届く寸前、ロシーボは間一髪で彼女を捕える腕を消し飛ばした。


「ロシーボ殿……。そのような力を隠していたのですか?」

 戦いが終わり、メルーダが問う。

 救援に来たロシーボに対し、彼女の部下達に関してはロシーボに対して礼を言ったので、メルーダからの礼がないことはあえて気にしないことにした。

「対策立てられちゃうからね。でも、仲間を見殺しにしてまで出し惜しみはしない。でも発動時は隙だらけになるからいざ戦闘が始まっちゃうと、そんな暇なくって上手くいかなかったりするんだけど。今回はこっちに注意向いてなかったから上手くいった」

 ロシーボが、ボロボロになったメルーダや彼女の部下達を見ながら言った。

「一応、ウィーナ様以外には誰にも見せてないって設定だから、なるべく言わないでほしい」

 そう続けると、メルーダの部下達は、一様にうなずいてくれた。

「ところでメルーダ」

「何? 説教? これ以上私を惨めにする気?」

 メルーダがロシーボから目を背けて言う。この前までの自信に満ち溢れた雰囲気はすっかり消えてしまっており、覇気が感じられなくなっていた。

「自分の、こうなることは占わなかったの?」

「私、自分のことは占わないことにしてるの」

「えっ!? そうなの!? 何で?」

 メルーダの発言に驚くロシーボ。周囲のメルーダの部下達も驚いていた。

「私は精霊と通じ合うことで未来が見える。見えてしまうと、それに縛られてしまうから。それは怖いこと。私はそれに縛られたくない。知らない方が幸せ」

「それで人のことは勝手に占うのか。とりあえず幹部従者に対する言葉使いと態度は弁えろ。年上なのか年下なのか知らないけど」

 ロシーボにはそう言うことしかできなかった。



「ロシーボ」

「あ、これはこれはウィーナ様。お疲れ様でございます」

「メルーダがお前の隊への転属を希望しているのだが」

「いや、ずっとウィーナ様のお手元で重用なさった方が。組織の為にも」

「遠慮するな。きっと楽しい職場になるゾ」

「嫌です! どうでもいいけど語尾をカタカナにしないで! あとシグナルやメンションに変な技教えないで!」

「この前それで助かったくせに」

「ご存知だったんですか!?!?!?!?!?!?」

「シグナルから聞いた」

「あああ~、シグナルから聞いたんですかっ!!!! え~っとそれで……」

「別に」


<終>


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