主人公とモブ
時刻は現在午後7時、子供たちはもう帰り、まわりには人っ子一人もいない状況だった。普通一人くらいはいそうなものだが…主人公補正のご都合主義だからか知らんが、主人公の望んだとおりの俺と一対一の状況が出来上がってしまったようだ。
聞こえるのは少し早めのセミの音くらいなものだ。
主人公はこちらに振り返り、作り物くさい笑顔を向ける。
「さて、もう単刀直入に聞くね?君の持ってる道具、僕にくれるかい?」
「まぁ待て、色々聞きたいことがあんだよ。お前どっちなんだ、俺と同じ転生者か…それとも全ての終わりを見てきたか…どっちだ?」
「うん?最後のはよくわかんないけど、多分君と同じ転生者で合ってると思うよ?」
やはりか、まぁ後者は可能性低いとは思ってたが、まさか俺以外にも来てるやつがいたとはな。
道具の存在を知ってるなら少なくとも、アルケミストツールズはプレイしている。
あの数多ある未来を知っているはずだ。
でもそれならまだ話し合いができる余地はあるはずだ。
「ねえ、そんなことより早くそれ渡してくれない?」
主人公はイライラしながらこちらを睨む。
なんだ?なぜ急ぐ必要がある。
時乃は何に焦ってるんだ?
「むしろなぜこれを欲しがる?今の時点だとこれを急いで手に入れるメリットはお前にとってはないだろう?」
「うるさいな!いいからよこせよ!!」
時乃は俺のポケットにあるサードに手を伸ばそうする
『いきなりかよ!?サード!』
『おけおけぇ~!』
サードの力を発動させた、すると時乃は目の前から姿を消し、10メートルくらい離れた。
いや、離れたんじゃなくて、離したが正しいのか
「転移かよ!やっかいだな!!」
「お前の契約してる道具のチートっぷりには負けるっての」
サードの能力、転移だ。異世界転移も可能な強力な転移能力である。
まぁMP消費が激しいし、俺のMP全部使っても異世界転移なんて出来ないってのは最初からわかってたけど、それでも近場の転移くらいなら俺でもできる。
それにしてもいきなり掴みかかってくるかよ普通さ?
「落ち着けよ、俺が協力できることならするからさ?目的は?目的を教えてくれよ!」
「目的?そんなものこんな世界からおさらばするためだよ!」
手を大きく広げ、時乃はそう宣言した。
この世界から去る?元の世界に戻りたいってことか?
「元の世界に帰りたいのか?」
「違う!なんであんな世界にまた戻りたいと思うんだよ!」
違ったようだ。
なら何が考えられる?いやそもそも…
「いくら時乃が一般人よりMP高くても異世界転移できるほどないだろう?」
「やってみないと分からないだろう!」
「いや無理だ、少なくとも設定資料通りなら主人公のMPじゃ転移できない、せめて倍ないと無理だ!」
一般人が平均100くらい最大MP量があるとすると、主人公は300ある。
確かに一般人よりかは多いが、異世界転移には600ないと転移できない。
「うるさいんだよ!僕は!!誰も僕を知らない世界に行きたいんだよ!!もう誰も助けたくなんてないんだ!僕に助け求めるな!僕にかまうな!僕を見るんじゃねぇ!」
「………はぁ?」
説明しても聞く耳持たない、というかあいつ今なんて言った?
自分でも信じられないくらい怒りがこみあげてくる。
他の誰かが言ったのならこれほどの怒りはこみあげてこなかった。
知らないおっさんが言おうとも、どこかの美少女が言おうとも、育ててくれた両親が言おうとも、俺はにこやかに笑っていられる自信がある。
でもダメだ、この怒りを抑えられる気がしない、抑える気もない!
その姿で!その声で!!
「助けたくないなんて言ってんじゃねぇよ!!!」
『サード!!!』
『はいは~い!』
俺はこぶしを思い切り振りかぶり、サードの力で時乃の背後に転移する。
暴力事件?うるせぇ!
それでもこいつには一発殴らないと元の世界の親友に顔向けできねぇんだよ!
無防備な背中にこぶしを振り下ろす…はずだった。
「かはぁ!!」
気が付くと俺は時乃に顔面を殴り飛ばされていた。
体が2メートルは吹っ飛ばされ、転がるように倒れる。
顔から鼻血がポタポタとしたたり、目の前が揺れて見える。
何が起きた?完全な不意打ちで初見殺し、かわせるどころか反撃できるわけない状況で、俺の位置を的確に把握し、攻撃する場所が分かっていたようにかわしカウンターを決められた。
それを可能にしたのは…
「セカンドの…能力…か…」
ナンバーシリーズのセカンド、能力は時間操作だ。
主人公が一番最初に契約する道具だが、その存在に気づくのはシナリオ後半と遅いが、こいつのおかげで主人公は何度も危機を乗り越えてきたと言っても過言ではない。
だがこれも消費MPが多すぎるため使えるのは時間遡行のみ、それでも十分強力な能力だ。
カツカツと靴音を鳴らし、寝ころんだ俺に時乃は近づいてくる。
「主要人物でもないただのモブが主人公に勝てるわけないだろ?しかも僕は転生前軍隊にいたんだ、一般人転生者のお前が素手で僕に勝てると思ったか?」
能力だけでなく前の世界でのスペックも違ったと…そりゃ勝てないわけだ…軍隊所属と無職じゃ話にもならない。
確かに俺は前の世界では負け組だし、いいところなしですぐ感情で動く、頭もいいわけでもない、だけどなぁ!
「認めるわけにはいかないんだよ!」
フラフラするが、それでも気合で立ち上がる。
血の味がするし、目の前はチカチカする。
でもまだ動ける!
「俺の前世での唯一誇れることは親友と友達になれたことだ!その親友ならお前のような奴は絶対に見捨てない!だからここにいない親友の分もお前を助けてやる!助けるのに疲れたっていうのなら、助けるのに疲れたっていうお前自信を助けてやるよ!!!」
「僕より弱い君がか?笑わせんな!どうやって助けるっていうだよ!!」
口から血を吐き捨て、鼻血を手で拭う。
俺は拳を握り直しファイティングポーズをとる
「そんなの知らない!だけどな!男の話し合いは昔から殴り合いって決まってるだろうが!肉体言語だ!お前がサードをあきらめるまで続けるからな!サードが欲しけりゃ、俺を殺してでも奪ってみやがれ!!」
「上等だ!!!」
第二ラウンド開始だ!!!