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首の世  作者: しめさば
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4

 揺れるスカートの後をついていく。

 古い建物のリノリウムの床。

 ローファーが踵を鳴らす。

 ガーターベルトが艶かしい。

『懐かしいボディ……』

 アカネが呟いた。


 エレベーターに乗る。

 階数の表示はない。

「ど、どこに、行くん、ですか?」

「ご主人様の行きたいところならば、どこへでも行くことができます!」

 メイドは笑顔で、元気よく答えた。

 二つに縛った髪が揺れる。

 それ以上、深くは聞かなかった。


 アカネは母の形見だった。

 母は、けして貧しくはなかった。

 しかし、悲惨な最期だった。

 使い古され、捨てられたのだ。

 とても優しい人だった。


 なすすべもなく死んでいく。

 尊厳などあったものではない。

 私だけは、母を想っている。

 私だけは、母を覚えている。


「お待たせしました、ご主人様」

「ここは?」

「さあ、ご主人様!どこへでも飛び立ってください!」

 自尽の塔。

 建物の屋上であった。


 飛べる勇気があったら、もっとマシな人生だっただろう。

 それが無いから、困っているのである。

「オプションが必要ですか?」

 メイドが指を鳴らすと、どこからともなく人がやってきて、私の体を押さえつけた。

「ご主人様の(ネック)を、こちらが用意した勇気百倍の(ネック)と交換させていただきます!飛ぶのがずっと楽になりますよ!お代は、ご主人様の(ネック)をいただければ結構ですので、実質無料となっております!」

 語尾をあげて営業に熱が入るメイドは、空中に文面を提示した。

「譲渡承諾書にサインお願いします!」

『キリト、キリト……』

 私は迷わず視線で承諾し、サインを施した。

 空は茜色に染まっている。

 私は首を差し出した。

「君だけは、私を想って泣いてくれ」

『身体が無いから、泣けないわ』

「じゃあね、アカネ」

 視界が一瞬、ブラックアウトする。

 黒鉄(オルタナティブ)の文字が眼前に浮かぶと、得も言われぬ万能感に包まれた。

 どこへでも行ける。

 私は自由だ。

 あの茜色の太陽にだって手が届く。


 メイドの手に、抜き取られたチップが渡った。

 その瞬間、メイドは自分の手で後頭部のチップを引き抜き、茜7号を差し込んだ。

『キリト』

 ローカルネットワークで素体に信号を送った。

 ラグのタイミングが合えば一か八か、という賭けだった。

 あるいは、それを読み取ったメイドのAIが、手助けを。


 メイドは走り出す。

 空を見上げて走るキリトの背中を追って。

 私に身体があったら、あなたを今すぐ抱きしめる。

 建物の縁を迷いなく蹴り飛ばし、落下する肉体にしがみついた。


 ただ、叫べば良かった。

 あなたの名前を。

 喉が裂けるまで。

 何度でも、何度でも。


 いずれ失う。

 ただその前に。

 どうして一度も。

 また何度でも。


 馬鹿だった。

 馬鹿でもよかった。

 ただ声をあげて。

 名前を呼んで。


 胎内で聞いた。

 あなたの名前は。

 私の涙は。

 産声に消える。

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