3
金崎桐人という若者を見てから、桜木はどうも落ち着かなかった。
彼の行く末など知ったことではない。
自分がどうこうできるものでもない。
彼と私は、今後一切関わらない人生を歩むだろう。
桜木は自問する。
どうして私は、彼と自分とを、こうも切り離そうと躍起になっているのだろう?
知っているからではないだろうか。
デバイスがなければ、私も、彼と同じような人種だったと。
彼の吃音を聞いて、嫌な思い出が蘇ってきた。
身体の大きなクラスメイトのいやらしい笑顔。
取り巻きの眼が、私を蔑んでいる。
身体が燃えるように熱くなる。
屈辱を強制された日々。
「ただいま」
「あら、おかえり。どうしたの?」
妻がリビングで、テレビを見ながら、子どもを膝の上にのせて、授乳していた。
「いや、ちょっとね、疲れちゃって」
「あはは。そういう日もあるよね」
子どもに向けるのと同じように、優しく慈愛に満ちた視線。
向けられた桜木は、にわかに安寧を覚える。
あの頃の屈辱は、遠い昔の話。
今はもう、安心して良いのだ。
彼らの手が私に届くことはない。
しかし、よぎる。
現在もなお、屈辱を受けているかもしれない彼は、今、いったいどこで何をしているのだろう。
「うちの天使にプレゼントを買ってきたんだ」
桜木はおもむろに小箱を差し出す。
両手の塞がっている妻は受け取れない。
「えー? プレゼントって、早すぎじゃない? まだ3ヶ月だよ」
「でも、絶対この先、必要になるものなんだ」
サイズからして、おしゃぶりか靴下あたりだろうと予想していた妻は、開けられた箱の中身を見て、眉を顰めた。
「ちょっと、何、これ」
「蒼月、私のより新型だ」
『良い買い物をされましたね』
ベルベッドの谷間に挟まった小さなチップには、白文字でバージョンを示す“3“の印字がなされていた。