7話:プレゼント
「師匠…僕才能ないんでしょうか…」
ダインさんと師弟関係になってから数日後。ようやく暇な日を迎えた俺は、いつものように朝早くから師匠の家に駆け込んでいた。
「うん?急な話だね。どうしてそんなことを言うんだい?」
「僕、暇さえあれば瞑想していたんですけど……全く魔力をつかめませんでした……」
今生だけでなく、前世も含め最も熱心に物事に取り組んだ数日間だっただろう。しかし全くと言っていいほど結果が伴わなかったのだ…努力を知らない、俺みたいなナイーブな男には厳しい結果となった。
「ん?そんなことかい?魔力を感じ取れる時期なんて人によってかなり差があるし、ゆっくりやればいいと思うけどなぁ」
そんな俺の悩みにに反して、師匠の見解は意外とあっさりとしたものだった。これでは脳金戦士を目指すしかないのか……というところまで思い詰めていたのに、正直拍子抜けだ。
「あれ?そうなんですか?てっきりすぐにできるようになるものだと思ってました」
「一般的に魔法の練習を始めるのは宿命が判明する8歳ごろだと言っただろう?多少結果が出なくても仕方ないさ」
確かにそんなことを言っていたような……だったらこの状況も仕方ないのか?いやいや、早く魔法を扱えるようになって、幼い頃から修行をできるというアドバンテージを活かさなければ。シトリーのためでもあるわけだし……
「なにか他の方法はないんですかね」
「他の方法かい?――ないわけではないかな…ちょっと強引な方法だけどね」
縋るような質問でも案外試してみるものだ。どうやら別の手段があるらしい。妙に歯切れが悪いのは少し気になるけれども。
「何か思い出したんですか?」
「…大昔に聞いた話にはなってしまうから事実確認はとれていないんだけど……魔力を強引に吸い上げたり送り込んだりすると、違和感を引き起こすことができるって聞いたことがある。……やってみる?」
んー?神頼みしたい状況ではあるが、安全なのだろうか。なんか爆発しそうじゃない?
「それって安全なんですかね?」
「まぁ大丈夫だと思うよ?ほんの少し魔力を吸い出すだけだし」
吸い出すだけか、なら爆発するなんてことは無いだろう。師匠なら加減もしてくれるだろうし試してみるだけ得というやつだろう。
「そうなんですかぁ…ならお願いしてもいいですか?」
「もちろんいいよ。じゃあこっちにきて」
そう言われた俺は椅子から立ち上がり、テーブルを挟んで向かい側にいた師匠に近づく。はぁ妙にドキドキするものだな。失敗したら瞑想しか方法はなくなるわけだし…
「少し触るよ」
そう言った師匠は近くにいる俺に手を伸ばし、左胸に触れる。そして、呪文のように呟いた。
「吸精」
うっ、なんか気持ち悪いな。師匠の手元が光ると同時に左胸からチカラが抜けていくような感覚を覚えた。これは魔力が抜けてってるということなのだろうか?よくわかんねぇ……
「吸精はね、相手の魔力を吸い取る魔法なんだ。これで体内の魔力を刺激できたと思うけど何か掴めたかい?」
「なんだかわからないですけど、確かに胸の中に違和感を感じるようにはなりました。でも…かなり気持ち悪いです」
体内に今まで感じたことのないものが蠢いている。ぐるぐると絶え間なく、急に存在を主張するように体の中でなにかが暴れくるっている。
「んー多分それであっているね。初めて知覚に成功した時はそりゃもう気持ち悪いものだよ。体の中に遺物があるんだから。ましてや今回は、強引に魔力炉を刺激してしまったからね」
「おー!じゃ成功ってことですか。すごい魔法ですね!!!」
「結構使い手が少ない魔法なんだけど、昔サキュバスの知り合いに教えてもらってね。役に立ってよかったよ」
サキュバスとかインキュバスって魔族の一種の叡智なやつだよな?確か勉強中に読んでた本に出てきてたた覚えがある。前世でも結構有名な存在だけど、今世では人類の内の一種族として認められていたはずだ。決して魔物などではないから、間違えないようにしなければ。
「なんでそんなの使えるんですか?師匠はサキュバスなんですか?」
冗談を言って師匠にちくりと棘を刺す。自分でもニヤついてそうだなとは思う。多分してる。
「言うにしてもインキュバスだろう!!そもそも私は人族だよ。昔取った杵柄ってやつさ!!」
一息で焦ったように師匠は弁明する。怪しい…なんでそんなの覚えてるんですかねぇ。大袈裟に目を細め、師匠を見つめる。冗談ではあるが、今まで培ってきた演技力を全力で開放した。
「そんな目で見ないでくれよ。覚えたのは学術的興味って奴のせいだよ。それに今回役立ったんだからいいんじゃないか。」
「なにもいってま…せんケド……そんなのあるなら早く教えてほしかったなって」
「…………」
「忘れてたんですか?」
「…………」
1年間の付き合いがあっても意外と新発見があるものだ。師匠はとんでもない知識と経験を有している割に意外とうっかりしている。いや、家も汚えし今更かぁ?でも、こういったコミュニケーションにもノリノリで反応してくれるから親しみやすいんだよなぁ。
「とりあえず!アルガも魔力をつかめたわけだし、次にステップに進んでいこうか」
焦ったように師匠は早口でそう言った。まぁ願ってもないことだ。余計な口は挟まないようにしよう。
「それじゃあ早速魔法の使い方について説明していきたいわけだけど……」
「どうしたんです?」
「そうそう、聞こうと思っていたことがあるんだった忘れてしまうところだったよ。アルガのお父さんお母さんは魔法の修行をすることは知っているのかい?」
「いえ、冒険者になりたいっていう話はしたことがあるんですけど…猛反対されてしまって……」
母さんがその辺かなり心配性なのだ。危ないことはしてはいけません!と常々言われ続けている。
「んーそうなのか。じゃあバレないようにしないとね。面倒ごとになったらアルガも私も嫌だし」
ダインさんは随分と寛容だな。俺の意思を尊重してくれているのがよくわかる。まぁ俺としても両親に罪悪感はあるけれど……妹のために、俺の夢のために必要なことなのだ。余計な思いは胸に仕舞い込んである。
「はい。バレないように気をつけます」
「気をつけてね!…僕もご両親とどんな顔をしてはなしていいかわからなくなってしまうから」
師匠は髭をいじりながら苦笑いをしてそう言った。村で暮らしていたら嫌でも顔を合わせてしまうからそりゃ嫌だよな。父さんとは昔からの馴染だという話だし。
「そうとわかったら渡したいものがあるんだ。少し待っていてね」
そう言い残した師匠は部屋から出て、階段を登って行った。何を持ってくるのか全くわからないが、毎度毎度部屋を行き来すると本が崩れそうで危ない。整理しないのだろうか?
世話をかけるわけだし、掃除ぐらいは手伝うべきだろうな。そんなことを考えながら、師匠の部屋に積み重ねられた本を手慰みに読んでいると、師匠はガタガタと盛大に音を鳴らしながら階段を降りてきた。
「それですか?渡したいものというのは」
持ってきたのは黒い皮で丁寧に革張りされた木箱だった。そして師匠はおもむろに箱に積もっていた埃を払い飛ばす。
「ゴホッゴホッ……」
「師匠~ちょっと埃っぽいですよ〜。掃除してますか?」
「……2階はあまりしていないね」
一階も綺麗とは言い難いんだけど……2階はどうなっているのだろうか?まだ行ったことはないが末恐ろしいな。
「まぁそれは良いじゃないか。後で掃除はしておくよ」
そう言った師匠は話を逸らすように箱を渡してきた。これは後で俺が掃除を手伝わないとか。
「これは…ネックレスですか?」
早速箱を開けると、箱の中には赤い石が嵌め込まれた装飾品が丁寧に収められていた。
「いや、一応ブレスレットだったはずだけどね。手を通して余計に長い分は手首に巻きつける想定で作ったって言っていたような覚えがある。まぁアルガはまだ小さいからネックレスとして使うのが良いんじゃないかな?」
流石に4歳が着けることは想定していなかったか。でも結構いいなぁ、素人目にも良い品であるということが分かる。逆に今の俺が着けていたらかなり違和感がありそうだけど。
「へぇーカッコいいですね!」
「だろう?作った人もそう言われると嬉しがるよ。それをつけていると魔法を使っても探知されにくくなるはずだからちょうどいいかなと思って引っ張りだしてきたんだ」
「本当ですか!?というか、魔法使うとバレてしまうんですねー」
「そりゃあね。君の両親は名の知れた冒険者だし、魔力の探知ぐらいはできると思う」
危ない危ない。独学で魔法を勉強していたら気づけなかったかもしれないな。もしバレていたら……豹変した母上の恐ろしい折檻が待っていたことは想像に難くない。考えてみれば魔力の探知なんてあって然るべきって感じだし気配りが足りていなかったか。
「でもこんなに良さげなものを貰ってしまっても良いんですか?」
何度ブレスレットを見つめても鎖のように編み込まれた銀は精緻で粗が見当たらない。品の良さは明らかでしかも魔力を隠ぺいする機能付き……間違いなくお高いよなぁ。
「それはさっきも言ったけどかなり昔にもらった魔道具なんだ。だけど埃を被ってしまう程度には持て余していてね。物置に押し込まれているよりも使われた方が作った人も本望だろうと思ったんだ。魔力を知覚できた記念としてもらってくれないかい?」
「いえいえ!ぜひ使わせてもらいます!」
「うん、その方がいいね」
そこまで言われてしまうのなら仕方がない。こういうのは遠慮しすぎてもかえって迷惑だし、別に日本人らしく生きる必要もないだろう。遠慮はしないで、人の期待に応えられるような人間を目指したいものだ。
「それにそのブレスレットは他にも役に立つ効果あったはずだよ。忘れちゃったけど、いつか役に立つかもね」
魔道具は割とありふれたものではあるが、物によっては凄まじい値段がつくという。やっぱりコレってめちゃくちゃ高値がつくタイプのやつじゃないのか?親父も魔道具の剣を持っていたけど、相当な金額を注ぎ込んだと鼻高々に語っていたのを覚えている。
「僕が持ってて大丈夫なんですかね?」
もし盗まれるとかになったら責任は負えないぞ。これは受けとるとか受け取らないとかの話じゃなく、誰かに狙われてしまうのではないかという懸念だ。現段階では魔法も使えないただの4歳児なんだから身を守ることもできない。
「そもそも、そのブレスレットは魔道具ってことがバレないようになっているし、盗難防止の魔法も込められていると思うよ。多分」
「そんな適当なのやめてくださいよぉ」
「ブレスレットの作成者はかなりすごい人だから大丈夫だよ。私が信用しているから」
誰が作ったものなのだろう?師匠の人間関係はこの村の住人以外、謎のベールに包まれている。
「誰が作ったんですか?」
「いつかアルガにも紹介するさ」
あんまり話したくないみたいだな。師匠は昔のことを話そうとしないことが多いから、空気を読んで何も聞かないのだけれど、いつか教えてほしいものだ。
「さてと、勿体ぶってしまったけど授業を始めて行こうか」
「授業ですか?」
「……そうだよ。こういうの憧れていたんだ」
やっぱり可愛らしいよなこのお爺さん。師匠って呼ばれるのも嬉しそうだし、なんだか人に物事を教えるのが新鮮?久々?って感じで楽しんでいるのがよくわかる。だからこそ、俺も遠慮なく師匠を頼れるのだけどね。
それにようやく魔法を覚える目途が立った。想像や妄想の産物でしかなかった力をもう手の届くところまで近づけることができた。……まぁまだ達成感を感じるのはまだ早い。俺の冒険はここからだ。