4話:新たな家族
俺は昔、夢を見た。
勇者になって世界を救う夢を。
なんてことはない。ただの少年の戯言だろう。
しかし、今となってはそうではない。
現実に勇者が存在し、魔王を滅する。
ここはその輪廻が何度も繰り返されてきた世界なのだ。
神々と世界を滅ぼすほどの外敵との争いの余波で生まれた世界。
ここは、成り立ちからして地球とは違った。
だからこそ。俺はもう一度夢を見ようと思う。
この世界の頂に立ち。人生を謳歌する。
無気力で夢などなかった俺に希望が生まれた。
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転生してから早4年、異世界ミズヘイルの南西、オルザディオ共和国とテューゼ神王国の狭間に位置するオリガン村で俺は健やかに成長していた。
近くの川のほとりに流れ着いた赤子の俺は、今生の父となる男性に拾われ、急死に一生を得ることができたのだ。運良く恵まれた環境を得ることができたことで、4年という年月をかけ、異世界の生活に俺は馴染み始めていた。
あの時の男が言っていた通り、本当に異世界なんだなと実感することが多い。
さまざまなファンタジー色あふれる種族が入り乱れる世界であること。
魔法という不可思議な力が常識のように存在し、前世とは異なる価値観を生み出していること。
魔物が大地を闊歩し、人類の脅威となっていること。
冒険者という職業があり、魔物を狩り世界の宝を探究すること……少し考えただけでもこんなにワクワクさせられることなんてないんじゃないか?
まさに俺の憧れた異世界がそこにはあった。
そんな世界に転生したわけだけど……いまだに大した進捗はないというか……一応四年かけて文字や生活には慣れることができた程度というか……まぁこれからの頑張り次第だ。決して頑張らなかったわけではないんだが、幼児という立場は想像以上に自由が無かった。
チュン、チュンチュン
ピヨピヨ
チチチチチチッ
―――――朝を告げる鳥の鳴き声が微かに聴こえる。カーテンの隙間から漏れる朝日が顔を照らし、開いた窓から吹き込む風は頬を擽る。
「アルー!!朝ご飯できたわよ!!」
薄ぼんやりと微睡んでいた五感の内、鳥の囀りを楽しんでいた聴覚が母上の声が目覚まし代わりの投げかけによって刺激される。普段聴く分には母上の綺麗で透き通る声は心地よくて良いのだが…寝起きにはちと刺激が強すぎる。
もうちょっと眠りたいんだけどなぁ……そう心の中で嘆きながら意味もなく頭を掻く。
「早くしないとご飯無くなっちゃうわよー!」
まずい、急がないと父さんに朝食を取られてしまう。まだまだ子供の肉体は一食でも抜いてしまうとかなり辛いし、成長期ということもあって栄養は非常に重要だ。それにめっちゃ美味しいからな母上の作る料理。
未だに半分眠っていそうな重い体を根性で動かし、ベットから起き上がる。この感覚、月曜1限にいく時みたいで嫌だなぁ。くだらない考えを巡らせながら寝巻きを脱ぎ捨てる。
そういえば今日は楽しみにしていることがあるのだった!!今日だけは無駄に寝ている暇なんてなかった!!
着替えた服のボタンを中途半端に留め、子供部屋から勢いよく飛び出す。そして勢いそのまま、階段を駆け降りリビングに向かった。
「おはよ!!」
「おう、おはよう。やっと起きたか寝坊すけめ!そんなに急がんでも俺はお前の分の朝飯を食べるなんてしないぞ!」
いーや!この父さんならあり得るね!最初に朝の挨拶を返してくれたのは〈ジェイクン•リベルタ〉。今生での父親である。まぁ拾われたってこともあり当然義理の、ではあるのだが。
灰色の髪のイケメンで手の甲に刻まれたオオカミのタトゥーがチャームポイントらしい。ずっと自慢してきた。めっちゃクールな雰囲気があるけど、性格は子供っぽい。話していて楽しい三枚目タイプだな。あまり関わったことのないタイプの性格だったので最初は慣れなかったが、底抜けの良い人だとわかって親しめるようになった。まぁ命の恩人でもあるわけだしな。
「おはよう、いつもと一緒で1番最後ねアル。普段はしっかりしてるのに、寝起きのは変わらないんだから……すぐに朝ご飯の準備するから顔を洗って待っててね」
テーブルの上に置かれた鍋からスープを掬い上げ、皿に注いでいるのは、父さんの妻、つまり母上である〈エレイン・リベルタ〉だ。
親父に勿体無いぐらい優しくて美人。母上を見て異世界に来たんだなと察したぐらい浮世離れしていた。今日も蒼い髪が朝日に照らされてよく映えている。優しくも厳しい良妻賢母を体現したかのような女性だ。
両親共に前世の俺と同じぐらいの年齢で確か……20歳ぐらいだったかな?めっちゃ若く感じるけど、このぐらいの年齢で結婚して子供がいるのは普通らしい。
20も半ばを過ぎると婚期を逃したって言われるらしいから、非モテ男には厳しい世界だな。……今世は前世の二の舞にはならないと心に決めている。
「…おにぃたんおはよ」
「おはようシトリー!」
今日も相変わらずかわいいなぁ。眠そうにうとうとしながら挨拶をしてくれるのは我が愛妹〈シトリー・リベルタ〉親父と母上の灰と蒼がうまく混じり合った深みのある蒼灰色が特徴だ。母上の蒼眼を受け継いでいて、見つめると吸い込まれそうになる。
まだ3歳なのに目鼻立ちもはっきりとしていて性格も優しいから将来悪い奴に捕まらないか不安だ。あとは……生まれつき原因不明の病弱らしく、殆ど家の外には出ないようにして生活していることか。ここはファンタジー世界なんだし、どうにか解決法を探したいと常々思っているんだが……中々難しい。
清々しい朝にも関わらず悩める心を清めるために、水が貯められた桶から水を掬い上げ、顔を洗う。4年もこの体で生活すると、小柄な体には慣れてきたが、未だに新しい容姿には慣れていない。
桶に貯められた水面に映る俺は真っ赤な髪をしていた。家族の髪色からも、俺の髪色からもわかる通り、明らかに通常ありえない髪色が普通に存在していて、異世界がちゃんと異世界してるなって感じだ。
前世の髪色はずっと黒だったから未だに違和感が拭えないんだよねぇ。でも他の家族に負けないぐらいイケメンなのはすごくグットだ。まだ幼いのにかわいいだけじゃなくてカッコいいとも思える顔は将来に期待しか感じない。まさか自分をイケメンと思うことがあるとは前世の俺は思わなかっただろうなぁ。あーカナシ……
顔を洗って寝癖を整えた俺はテーブルにつく。ちょうど朝御飯の準備も整ったようだ。
「お待たせしました。準備できましたよ。」
「おう、ありがとうなレイ。今日も美味そうだな!じゃあ腹も減ったし早速食うか。いただきます!」
「「「いただきます」」」
そうお馴染みの言葉を発し、料理に手をつけ始める。異世界にもいただきますなんてフレーズがあるとはなぁ。こういう細かな常識は前世の共通することも多くて馴染みやすかった。理由は全くわからないけれど。
「おいちいねにいたん」
「そうだな、シトリー」
んー今日も相変わらず美味しいなぁ。特にスープなんか野菜たっぷりだ。現代日本に慣れきって育った俺にとって、ご飯が美味しいのはすごく嬉しい。食事の質って転生なんてしたらどう足掻いてもついて回ってくる問題だからな。
生まれついてからほとんどの食事を母さんの手作りで過ごしてきた生活だから、母さんの料理の腕が高いだけ、なんで可能性もあるにはあるけどそんなことはないとも思いたい。
「ジェイは今日も狩りに行く予定なの?」
「んージジイに呼び出されてっからそれ終わらせ次第森に入るって感じだな」
「あら?そうなの。村長がなんの御用かしらね?」
父さんは今日も忙しそうだなぁ。ここ最近は森に魔物が増えているってこともあり、村の狩人としての仕事をこなす父さんはあちらこちらへと駆り出されている。当の本人は酒を飲む時間がたりねぇ!!なんて呑気なことを言っているんだが大変そうだ。
「まぁ面倒ごとではありそうな予感がするけどよぉー。全く付き合いってのはめんどくせぇよなぁ」
「あなたの大切な故郷でしょう?そんなこと言っちゃダメよ。それに村長さんには私たちもお世話になったんだから」
「へーい」
母さんに怒れた父さんはバツが悪そうに顔を掻く。相変わらず父さんは母上の尻に敷かれているんだなぁ。まぁ2人ともとても幸せそうなので子供の俺にとってはとても良いことだ。
「そういやアル、今日はあの爺様のとこに行く予定なのか?」
父さんは料理を口に詰め込んだままモガモガと話しかけてくる。汚いからやめた方がいいよ、言わないけど。
「そのつもりだよ?どうかした?」
唐突な質問だなぁ、暇な日はいつもダインさんの家に行ってるじゃないか。そりゃ今日も行きますよ。
「いや爺様のと知り合ってもうじき一年ってとこだろ?頻繁に遊びに行くのはいいが。普段何してるんだ?茶飲み友達かなんかなのか?」
「お茶もご馳走してもらうこともあるし、本を見せてもらったり色々だよ」
「本?絵本かなんかか?意外だなぁ、あの爺様そんなもんまで持ってんのか。絵本って本の中でも特に高かったはずだが……それにもうお前文字読めるようになったのか?」
おっと、文字は流石に4歳で完璧ってのは怪しい……よな?誤魔化しとくか。転生してから4年の間に培ってきた子供のふりスキルは伊達ではないのだ。……多分誤魔化しきれてない人もいるんだけど。
「ダインさんが読み聞かせてくれるんだよ。まだ文字は読めないなぁ」
「そうかぁ本ねぇ。俺は全く読まねぇし興味もないんだが…シトリー、今度絵本でも買ってきてやろうか?」
父さんはテーブルの向こう側に座るシトリーに手を伸ばし、頭を撫でる。
「んーん。おにいたんがいろんなおはなししてくれるからだいじょぶ。」
「そうかぁ?まぁ今度お試しに買ってきてやるよ」
「お勉強のための教本もお願いね?そろそろアルガもシトリーも始めてもいい頃合いだと思うから」
教育熱心な母さんは父さんにそう言いつける。しっかし父さんはシトリーには激甘なんだよなぁ、絵本はお高いって話をしたばっかりだろうに。
まぁ俺も人のことを言えないけれども。シトリーは俺の前世のお伽噺や大好きだったゲームのストーリーなんかを笑顔で聞いてくれるからついつい話し過ぎてしまう。ゲームオタクの悪いとこだなぁ。
しっかし爺様はアルガに読み聞かせしてんのか…確かに子供にはめっぽう優しいからなぁ。俺にも子供の頃は優しかったなぁ今は厳しいけど…
そうだった、父さんはこの村の出身だからダインさんとは古馴染みなのか。そのうち父さんの恥ずかしい昔話でもダインさんに聞いてみたいところだ。
「フフッ、ジェイはおバカだから厳しいのよー。アルガはお利口さんだものねぇー」
母上は父さんを小馬鹿にするように笑った後、ニッコリと俺の方を向いて笑う。こうして母上に優しくしてもらえるだけで、優秀な可愛らしい子供をやっている甲斐があるというものだ。
「でもダインさんにはお世話になってますし、何かお礼をしなくちゃいけないわね。アルガは何か案はあるかしら?」
うーん。難しいなぁ。あの人多分お金持ちだし、色々なものを持ってるからなぁ。
「ちょっと浮かばないや。」
「レイの作った美味しい菓子とかでもいいんじゃないか?」
「そのぐらいでいいのかしら?」
「俺も今度暇見つけて礼を言いに行ってくるさ。それにお前が作った菓子なんてそこらの財宝よりも価値あるぞ」
「まぁジェイったらお上手なこと」
相変わらずアツアツなお二人だこと。妹も呆れた顔で見ているぞ。多分俺もそんな顔をしてるんだろうなぁ。2人は放っておいて早くダインさんの家に行こう。実は楽しみすぎてもう食べ終わってしまった。
「ご馳走様!今日も美味しかった!じゃあ早速行ってくるね!」
まだ背丈が足りず、足がつかない椅子から飛び降り、玄関へと歩き出す。
「言うまでもないだろうけど、失礼のないようにね!あと絶対村の外には行かないように!!」
母上がいつものように忠告する。この村は森の中にあり、村の外には魔獣や魔物と呼ばれる化物ががよく出没するって話だ。ゲームなんかでもお馴染みの敵だけど。生きているのはまだ見たことがない。父親が村の狩人を務めてるってこともあって、死体を見たり肉を食べたり、なんてのはよくあるんだけどな。結構美味しいんだよね。
「わかってる!危ないことはしないよ!!」
「にいたん、いっちゃうの?」
シトリ―が悲しげな声で俺に話しかけてくる。兄である俺は妹の世話をよく買って出ているため、自分でも凄く懐かれていると思う。正直とても嬉しいがこういう時は心苦しいんだよなぁ。
「ごめんな?今日も兄ちゃんダインさんのところ行ってくるよ。今日は早めに戻ってくるから」
「!!やくそくだよ?」
「もちろん」
外に遊びにいく時は妹も連れていきたいところだが……ここでもやっぱり体の弱さが問題になる。少し前まで両親は薬を活用した体質改善に苦心していたが、なんの効果も見られなかった。魔法が存在しているわけだから当然治療魔法なんてものも存在しているそうだけど、体質を変えることができるようなものではないらしく、どうしようもないらしい。
親父も時々町に行って解決方法を探しているみたいだけど、思うように入っていないって話だし……やっぱり今のままでは解決は難しそうだな。
兄としてどうにかしてやりたいと切実に思う。今後悪化していく可能性も否定できないし、どうにか根治できないものか。強くなりたい理由は、最初の頃こそ冒険を楽しみたい!強くなりたいという薄っぺらい動機だけだったのだが、今は明確に妹のため、という意味が生まれた。
「じゃあ行ってくる!!」
今日が強くなるための転機になることは間違いない。力を手に入れるという今生最大の決意を胸にドアを開け、家を出た。
「スゥーーハァ〜〜」
そして走り出す前に大自然のエネルギーを深呼吸をすることで体に取り込み息を整える。この村は森の中に位置していることもあり、空気がとても澄んでいるのだ。
「よし!」
そうして一息入れた俺はダインさんの家に向け、駆け出すのであった。