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魔王はなぜ死ななければならないのか  作者: For AP
第一章 異世界転生
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1話:サービス終了



 毎日のように繰り返す大学からの帰路は薄暗く、太陽は雨雲によって姿を隠していた。



 クソ、教授め。授業は授業時間内に収めろってんだ。

そう大学生なら誰しもが感じたことであろうぼやきを、口に出さないように心で留める。



 いつも使う薄暗い駅のホームは、ちょうど帰宅ラッシュの時間ということもあり、人でごった返していた。空から見たらまるで人がごみのように見えるだろう。

 しかし、それほど密集していても人の声はあまり耳に入らない。それほどの豪雨だったのだ。



 不快な湿気を帯びた風が頬を撫で、人々の間で滞留する。全く、朝から低気圧が直撃していてずっと頭が痛い。梅雨の時期だし、仕方ないとは思うが、少しぐらいは遠慮してくれてもいいんじゃないか?



 そんな取り止めのない思考に耽りながら、ただ俺は電車を待っていた。こういう何もしない時間になるといつも余計なことを考えてしまうんだ。初期症状とかにありそうで、その懸念すらも憂鬱だ。



 大学生活も3年目を迎え、いつの間にかモラトリアムの半分が過ぎ去ってしまった。とりあえず大学の単位を取れる程度には勉強して、それ以外はゲームをしたことぐらいしか記憶にない。なんと薄い大学生活だろうか、まぁ大学生活だけじゃなくて昔からこんなものだけどな……何をやっても微妙だし、得意なことは何かと問われると言葉に詰まる。



 刺激が足りないというかなんというか……俺がしたいのはこんなことではないというか……こんなことをやっても何になるんだろう……そんな諦観がいつも頭によぎって、努力が続かないんだ。



 まぁ好きなことといえばゲームぐらいだからな。ゲームの知識や経験だけは誰にも負ける気はない。特にRPGなんかに分類されるゲームは幼い頃からたくさんやってきた。ストーリーや世界への没入感を大切にしたゲームは、俺の本当にしたいことを主人公がやってくれているようで世界観に入り込んでしまう。

 


 まぁ自己投影が好きって話だな。現実では満たすことのできない欲望を他の次元で想像するなんてことは誰しもが少なからずやっていることだろう。



 もはやゲームが1番の友達かもな。



 無意味な感傷に浸っている俺を尻目に、ざぉざぁと雨音が鳴り響き続ける。雨の音は嫌いじゃないがここまで激しいと風情がないなぁ。



「――でね! あの教授さぁ〜」

「お前単―――――落と――!」



 同じ大学の生徒だろうか……? 俺と似たような年頃の男女が、楽しげに談笑しながら駅の椅子に座る俺の前を通り過ぎていく。



「はぁ……」



 思わずため息が漏れてしまった。……俺って客観的に見たらかなり悲しい大学生活を送っているのだろうか……元から1人を好む|性質《タチだし、別に大学で話す程度の友人がいないわけでもない。ただそれ以上に深い仲ならないというだけだ。それに中高の友人とは未だに連絡を取り合っているし、遊ぶこともある……



 ……なんでこんなに必死になって自虐して、誰に聞かせるわけでもない言い訳をしてるんだ? 天気も相待って、今日の俺の思考は悪い方に引き摺られているかもしれない。



 そんなネガティブな思考を振り払うようにスマートフォンでSNSを眺める。そうして早く電車が来ないかと時が過ぎるのを待っていると、雑多な投稿の中で興味が惹かれる投稿が目に入った。



 『デモンズクエスト15発売日決定!!!!』



 マジか!! 俺が大好きなRPGシリーズじゃねえか。いつの間にかそこまで完成してたのか!!自分のテンションが爆発するのを感じる。発表自体はしばらく前に知っていたものの、なるべく情報を入れないで待つタイプだから、発売がもうそこまで迫っていることに気づかなかった。前作からかなり待ったなぁ。喜びが顔に出てニヤけそうだ。



(――――――ッ!)



 危ない危ない。不審者になってしまうところだった。浮かれた気持ちが表情に出るのを必死に抑え、どのくらい待ったかを改めて考えてみると、発売延期、延期で前作からもう5年ぐらい経ったのか? 

 こりゃ待ち遠しいなぁ。長く続くシリーズなだけあって、王道を抑えつつ斬新なシナリオと魅力的なキャラクターからなるストーリーはすっごく魅力的だ。自己投影というか、ストーリーへののめり込みというか、すごく満足感がすごいのだ、デモンズクエスト。



 …それだけ終わった後の喪失感もエグいのだけど。




〈まもなく4番線に電車が参ります。黄色い線の内側に立っておまちください〉




 電車のアナウンスが駅構内でうっすらと反響する。もうそんな時間か……我慢できずにデモンズクエストの新情報を見漁っていたらいつのまにか到着予定時刻になっていたようだ。長時間座っていたことで椅子と一体化してしまいそうな重い腰を持ち上げ、ドアの開閉位置に立つ。



 ポイン♪



 ん?いつも使っているSNSの通知音が聞こえる。誰からだろう……普段はそんなに鳴らないんだけどな。



(羽賀凪さん? どうしたんだろう……)



 思わぬ人物からのチャットだったことに驚く。羽賀凪さんは、同じゼミに所属しているという関係性でこそあるものの、今までほとんど話したこともない。言ってしまえばほぼ他人だ。



 羽賀凪さんは俺と同じく、いわゆるインキャってやつで、あんまり人の輪に入り込めないタイプの人だから、急にチャットを飛ばしてくるなんて意外だなぁ。長い髪で顔を隠すようにして、猫背の体勢でいるものだから、少し不気味で優しいゼミ生も話しかけるのを躊躇っていたような……本人もあまり人と話したがってはいなそうだったし。



 まぁ俺は勝手に親近感を感じていて、結構好感度は高いのだけどな。



 すぐに返信するかどうか悩むところだが……まぁ忘れてしまう前に済ませておくか。そう思った俺はスマートフォンを操作し、通知の欄から個人チャットに飛ぶ。



『突然の連絡すみません、羽賀凪です。』



 チャットが少しずつ表示されていく。なんだろう?ゼミで伝え忘れたことでもあったのだろうか?



『今回連絡したのは伝えたいことがあったからです。』



 なんだろうか?伝えたいことって……? 思い当たることは全くない。



 『私、あなたのことが好きです。いつも知らないうちに目で追っていました。何をしていても連司さんのことが頭から離れなくて……私、死んでもいいってぐらい恋してるんです。』



 いきなり!? 告白されるのなんて初めてだ……話したことなんてほとんどないけど、好意を向けられるのはすごく嬉しい。



〈まもなく――――到着いたします。―――内側までお下がり――――〉



 あまりに予想外すぎた告白に心拍数が急激に跳ね上がり、冷静な判断ができない。俺はこういう経験すないんだよ……動揺するあまり反射的にメッセージを返そうとしてしまった。



 『よろこんで。俺も羽賀凪さんのことが気になっていたんです。』



 そうスマートフォンに入力し、送信ボタンをタップする。その直後先ほど蒸発した理性が少しだけ戻ってきた。

 さっきのメッセージに対してこの返しはおかしいんじゃないだろうか……別に付き合ってとは言われていないし……そう悶えていると、羽賀凪さんからの返信が届く。



 『そうだったんですね! 嬉しいです。ですが……それよりも先に……』



 ですか…?どのような返信が来るのか想像ができず、体が強張る。数秒後、送られてきた返信には……










 『私と死んでくれませんか?』



 そう……書き込まれていた。


 注視していたチャット欄に新着メッセージが映った瞬間、沸騰していた思考が瞬時に冷え込む。死んでくれませんか……って……イタズラにしてもやりすぎだろ……



 唐突に身の危険を感じた俺は周囲を見渡そうと体を翻す。おかしな言動だけど他人の視線を気にする余裕なんてものはなかった。



 瞬間、背中を凄まじい勢いで突き飛ばされた。あまりに咄嗟のことで対応ができず、勢いそのまま体が吹き飛ばされてしまう。



(まずい!!ここは……!!)



 そう思っても時すでに遅く、俺の体はホームから線路に投げ出されていた。勢いよく倒れこんだせいで体中がひどく痛む。


 

 腕を突き上げることで、上半身を持ち上げ、振り返ると俺のことを突き飛ばした誰かも、一緒に線路に倒れ込んでいることが分かった。それに…………それだけではない。




 キィーーーッッー----!!!!




 ――――――死が目前まで迫っていた。



 電車が限界までブレーキをかけているのだろう。耳障りな音が轟いている。制限時間は刻一刻と迫ってきている。



 死にたくない! 極度の緊張で思うように動かない体で線路から離れようと必死にもがいた。


 しかし体は動かない。誰かが覆いかぶさっているようだ。犯人は俺を突き飛ばし、一緒に線路に倒れ込んだ誰かしかいないだろう。


 生に執着があるわけではない……だがそんな俺でも死は怖いのだ。

 衝動のままに身を捩り、なんとか拘束を外そうとすると犯人の顔が目に入った。



「は、羽賀凪さん……?」



 そこにあったのはちょうど先ほどまでチャットをしていた相手、羽賀凪さんだった。妙に冷静に思考がまわる。


 なるほど、チャットの意味はそういうことか。そう得心が行った瞬間、無慈悲にも電車のヘッドライトが雨に滲む俺の視界を塗りつぶした。



 ピーーーー!!!



 電車の警笛が大気に溶け込み夜空に散っていく。駅の利用客の叫びが心を揺るがす。



 羽賀凪さん……なんで笑っていたんだろう……




 ――――死にゆく間際に見たものは走馬灯なんかじゃなく、ただ不気味な笑みを浮かべる羽賀凪さんの姿だった。




処女作となります。感想、評価、ブックマークなど頂けますと作者のモチベーションに繋がりますので、是非ともよろしくお願いします。またTwitterも運用していますので、フォローしていただけると嬉しいです。

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