閑話:決意の日
『神が先か、人が先か私にはわからない。しかし、神は人がいるからこそ、神として生まれたことに違いない。神は本来、人と近い存在だったのだ。』―― F•T ――
天気が良かったので家を飛び出し村を散歩していると、村の中心地に人だかりが見える。何かあったのだろうか?催し事があったり、人が訪れるなんて言う話は聞き及んでいないのだけれども。
気になった私は人混みに向かって歩いていく。好奇心は猫をも殺すなんて言うが、私は退屈こそが恐ろしく怖いのだ。これは師の影響だね。
「どうしたんだい?こんなにみんな集まって」
「あ!ダインさんじゃねぇですか。こんちわー。なんだか懐かしい顔が帰ってきたみてぇですよ?それに新しい顔ぶれも増えてるみたいでさ」
近くにいた若者に、なぜ皆が集まっているのか話を聞くと、どうやら村を出て行った誰かが帰ってきたらしい。珍しいな、この村から出て行った若人は帰ってこないことが多いのだけど。
歩みを進め、騒ぎの中心を見つめると懐かしい顔と見知らぬ顔が同時に目に入った。
「あ!爺さんじゃねぇか!久しぶりだな!」
彼は……あの頃の悪戯小僧か。冒険者になると言って出行ったきり、音沙汰ないと聞いていたが、いつのまにかこんなにも大きくなっていたのか。いや……考えてみれば、彼が村を出て行ってから既に10年は経過しているのか……いやはや時の流れというのは残酷なものだ。
「随分と立派になったようじゃないか。そちらの女性は?」
久々に見た彼の精悍な面構えから、冒険者としての力量が伺えた。なるほど、身体にも歴戦の証が見て取れる。かなりの努力を重ねたのだろう。そして、彼の傍には見知らぬ1人の女性が佇んでいた。
「俺の奥さんだ!ほら、この人がダインさんだぞ」
おお、ヤンチャだった彼に伴侶が……感慨深いものだ。ジェイクンは私のことを伴侶の女性に紹介してくれた。
「初めましてダインさん。私はエレインと言います。夫からダインさんのお話は常々伺っていました。とてもお世話になったとのことで……これからよろしくお願いします!」
「エレインさんですか、結婚おめでとう。私は紹介にあった通り、ダインと言います。ジェイクンには色々楽しませてもらった思い出があるから、気にすることはないよ?私こそよろしくね」
「とんでもないです!お世話になります」
ふむ……悪童には勿体無いぐらい出来た女性だな。それだけ、彼もいい男に成長したということだろう。
「うんうん、頼りにしてもらっても構わないよ。ということはこの村に腰を据えると言うことなのかな?冒険者生活は満足したのかい?」
「……あぁ一応これでも銅位まで到達したし、冒険者活動は……ひと段落ってわけだ。……そろそろ、将来を見据えなきゃと思ってさ」
随分と歯切れが悪いし、エレインさんの表情も暗い。そして現実的な話をしているようで、現実を受け入れていない……そう感じた。
…………折れてしまったのか。
「凄いじゃないか。そこまでたどり着ける人はかなり少ないだろうに」
「だろ?だから爺さんも俺のことを頼ってくれていいんだぜ?」
「ははっ!そうさせてもらうよ」
久しぶりの再会と新たな出会いを祝うように、光が降り注ぎ、陽気な雰囲気が村に溢れている。彼の儚い虚勢の影に気づいたのは私だけだった。
――――――――――――――――――――――――
〈数ヶ月後、村の大人たちの憩いの場、始まりの酒亭にて〉
夜空に輝く偽りの星々を眺めながら、酒場を目指す。うん、ちゃんと店の明かりもついているし、営業しているな。
そうして外から酒場の中を覗いてみるも、あまり人影が見えない。今日は空いているようだ、運がいい。この村には娯楽が少ないので、いつも酒場は混んでいるのだ。
「お邪魔するよ」
「ようこそダインさん」
「よう!爺さん!」
「マスターとりあえずいつもので。それと……ジェイクン随分と飲んでいるようだけど大丈夫かい?」
冒険者の経験を生かして、この村の狩人を務めることになった彼が、カウンターテーブルに突っ伏しながらこちらに手を振り呼んでいる。他に客もいないようだし、断る理由もないので、隣の席に座ったわけだが……とても酒臭い。いつから飲んでいだのだろうか。
「ダインさんコイツ昼からずっと飲んでるんですよ……それに他の客にダル絡みするから、うざがってみんな帰っちまった。なんか言ってやってください」
「おや、それは大変だ。なんでそんなに飲んだくれているんだい? 悩み事でもあるのかな?」
彼は酒好きでこそあるものの、潰れるまで飲むタイプじゃなかったはずだ。何か理由があるに違いない。
「いや〜俺に子供ができてよ。俺……親になんだなって考えると、なんだかよく眠れねぇんだよ」
おお、それは喜ばしいことじゃないか。
「ははっ。不安なんだねジェイクンは……私もそんな時期があったよ」
「爺さんって子供いたんだな」
シャカシャカとシェイカーを振る音が店内に響く。
「……いた。が正しいかな」
「……そうか。悪いことを聞いたな」
「いいや気にしないでいいよ。すごく昔の話だからね。—————親になる自覚……か」
グラスで円形に削られた氷がからりと揺れる。
「ちょっとすみませんね。はい『Ruine Liebe』だよ」
その店主の声と同時に、琥珀色のカクテルがグラスにトクトクと注がれる。そしてテーブルに差し出されたグラスを私は手に取り、口元へと運ぶ。
「今日も美味しいよマスター」
「そりゃどうも」
いつ飲んでも懐かしい味だ。この酒を飲むたびに若いころの記憶が呼び起こされる。親として何かを語ることはおこがましいかもしれないが、失敗した者として伝えておきたいことがある。
「ジェイクン……親になるのにね自覚なんて必要ないんだよ。ただ君がそうやって親としてどうすればいいのかという葛藤を抱えているだけでも親としての資格はある。そう私は思うよ?」
「つまりどういうことだ……?」
「ええと……ただただ子供に愛され、愛せる親になれということさ」
少なくとも私はそうあろうとしたつもりだ。例えどのような形であっても、親の愛というものはいつか子供に伝わるものだと信じている。
「んーわかんねぇけど分かったよ」
「子育てで困ったことがあれば村の人々を頼るといい。私はもちろんみんな親身に接してくれるはずさ」
おせっかいな人々が多い村だから、子供が生まれるなんてことになったら放っておかれないだろう。
「それでいつ生まれるんだい?」
「……生まれる?あぁ言ってなかったか?子供を拾ったんだよ」
子供を森の中で拾った?……事情も想像以上に複雑のようだし、私ももっと手助けをするべきだろう。それに少し気にかかることもある。
「てっきり勘違いをしてしまったよ。近いうちに会いに行ってもいいかい?」
「かまわないぜ?」
――――――――――――――――――――――――
その赤子はとてもおとなしく、まるで赤子らしからぬ雰囲気を漂わせていた。初めて出会った私に対し、興味を見せたかのように、瞳を向けている。
「アルガっていうんだけどよぉ。コイツがまた賢くて将来有望なんだよなぁ〜?俺が喋ると楽しそうに良く笑うんだよ」
ジェイクンは幸せそうに笑いながらそう自慢する。なんだ、親としての資質なんてすでに備わっているじゃないか。
しかし、私が真に関心を寄せているのはそこではない。懸念が的中してしまったようだ。いや懸念というより、期待といった方が正しかったかもしれないな。
「まさか私が生きているうちに機会を得るとはね」
「なんかいったかー?」
「いや、何でもないよ」
一目見ただけで、私は気づいてしまった。授かった瞳が無くともきっと気づいていただろう。彼女を知り、愛していた者たちならば、その微かな残滓ですら見逃すことは無いのだから。
(そう言うことなんだね――――君は――――)
なにもできなかった私の罪は決して消えるものではないけれど、彼を導くことが自分の使命なのではないかと感じた。意味のない死を……無意味な輪廻を終わらせるために私も最後の一仕事をするとしよう。
未だ目覚めぬ天よ、自ら縛られし冥界よ。私がきっとあなたたちの過ちを正し、因果の果てを断ち切りましょう。
作品の名前を「誰がために命は宿る」から「魔王はなぜ死ななければならないのか」に変更しました。これからもよろしくお願いいたします。