20話:神殺し
「神殺し……ですか?」
師匠の放った言葉はあまりに荒唐無稽だった。あまりの驚きに、ただ復唱することしかできない。体は強張り、硬直するばかりだ。
「流石にアルガも驚いているようだね。私が言っているのは文字通り天に座す聖神と、地に伏す冥神を打ち滅ぼすということだよ」
「それは……どうしてですか? なんでシトリーと神様が関係するんですか!?」
神殺しの意味自体はわかる。前世でもそれを題材としたゲームなんかが沢山出ていたし、実際にプレイしたことだってある。だけど、その神とシトリーの病気との間に関係性を見出すことができないのだ。
「アルガ…………シトリーちゃんの抱えている魔障病は、病気じゃないんだ。寧ろ、呪いと言うべきだろう」
病気じゃなくて呪い!? 今までの父さんと母上の頑張りは何だったんだ! 根本的なところから間違っていたなんて……
「ごめんね。ここまでしか教えることができないんだ。本当なら呪いということだって伝えるべきじゃあない」
……意味がわからない。師匠のいうこととは言えど、思わず顔を顰めてしまった。
「アルガがそう言う反応をするのも想像はしていたよ。ここまで言っておいてなんだが、冗談半分に覚えておいてくれ」
「でも……」
想定外すぎて、動揺が抑えきれない。神殺し……なんてそれこそアニメやゲームの世界じゃないか。俺にとってこの世界は現実なんだ。そんな作品を見て妄想したり、想像したことならばあるかもしれないけど、今となってはただの異世界の一般市民となった。間違っても、著者や読者みたいな高次元の存在じゃない。
「決してシトリーちゃんを茶化したわけじゃないよ? 私がシトリーちゃんを救うために至った結論が、そうと言うだけだ。過程は話すことができないから説得力に欠けるけどね」
師匠のことを疑っているわけではない……わけではないんだが、どうにも理解が追いつかなかった。
その後のことはあまり記憶にない。授業で疲れて、重たい体を引きずりながら、放心状態で家に帰った。一応、本は忘れずに借りたけどそのぐらいだ。
「アルガ君。随分悩んでいるようだね」
「フィド……お前はどう思う?」
「僕もちょっと考え事をしていたんだけどさ。ダインさんの言葉は本当だと思うよ」
やはりこの自称相棒もそう感じていたか……師匠が嘘を言うとは思えない。それに実際にそれが合っているのかはともかく。師匠の表情は真剣そのものだった。ならば俺よりも全ての点において優れている師匠を疑う資格はない。
とりあえず、今は師匠の話を忘れて、ゆっくりと寝よう。そして起きたら修行に励むのだ。今後、どのような選択肢を取るとしても、今できることは修行だけなのに違いない。俺はシトリーを救うために、最強に至るために今できることを成すだけだ。
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深夜、月明かりに照らされた古城廃墟に、普段は訪れない珍客が現れる。
埃まみれで風化が進むその城は、穏やかな空気から一転悍ましい死の気配で包まれた。城に住み着いているであろう動物の気配は消失し、その脅威の残滓が失せるまで戻ってこないであろう。
訪問客はそれぞれがなんらかの方法による認識阻害を施しているようで、どうにも顔を判別することは不可能だが、辛うじて5人存在していることはわかる。
「はぁ。漸く集まったか。全く、手間をかけさせてくれる」
人数に不相応な程大きな部屋に集まった5人は、それぞれ思い思いの席につき、上座に座る人物の言葉を待つ。
闇で埋め尽くされた部屋が、微かな灯火によって照らされ、ボンヤリと怪しく光った。
「すみませんねぇボス。我の強い奴が多くて」
1人はペコペコと円卓の正面に座った男性に謝罪の意を告げる。道化のような立ち振る舞いは、反省をしているのか疑わしい。
「ねぇ。なんでこんなにしみったれた場所に私たちを集めるのよ。態々こんな辺鄙なところに集める必要なんてあるのかしら? ボスの本拠でよくない?私、可愛い男の子を用意してくれると思ってたのに」
1人は卓に足を上げ、爪を磨きながら舐め腐った態度で文句を言う。扇状的な衣服がヒラリと翻り、艶かしい脚が顕になる。
「はぁ……本当にこのメンツでいいのかい、坊?」
1人は不安げに、中心の首長と思わしき人物を見つめる。背後で存在感を示す白い翼が人族ではない事を誇示している。
「………………」
1人は無言でテーブルに用意された菓子をひたすら口に運ぶ。どうにも幼い少女のようで、足が地面に付かずぶらぶらと振り落ち着かない様子だ。
首長と思われる人物は、思うところがあるようでそれぞれに目をやり、数秒項垂れた。そして徐に顔をあげた首長は手元のワイングラスを手に取り、グラスに注がれたワインを優雅さとは無縁の勢いで流し込む。
「……少々不安ではあるが、目的を達成する為にはこの4人が適切だと判断した。」
絞り出した言葉の語気は先程までとは異なり、少々覇気を欠いたものであったが、それでも断言する自信は残っているようだ。
「そろそろ動き出すぞ。――――勇者を殺す」
その衝撃的な言葉を聞いて、各々が待ち望んでいたかのように賛同の意志を示す。最も、目的はバラバラで組織としての統率には程遠いものであったが。
「うぉーーー!!! ようやくだ!!!! 魔王様のためにぃ!! 私わぁ!! 勇者を殺しますぅ!?!?」
「魔王は勇者にしか殺せないんでしょう? だったら勇者を殺して仕舞えばこの世界は終わりね。あぁ楽しみだわぁ〜」
「あんたの決意に応えられるようにアタシも頑張りますよ」
「…………妬ましい。勇者は殺すけど、どうせ私はまだ何もしないんだから呼ばないでよ」
温度感は各々違うようではあるが、勇者を殺すと言う意思は一致しているようだ。首長の声を契機に、一人一人が邪悪で、悪質で、悪辣で、陰鬱な気配を放ち始める。
「あまり過激に事を起こすな。我々はまだあまりに弱すぎる」
古城に集まった面々は、それぞれ1人で都市一つ程度なら簡単に潰す事のできる魔力や呪力を持っているにも関わらず、首長の男はあくまでも計画的な犯行を促すようだ。
「はぁ? こんだけ錚々たるメンツが揃ってるってのに、何言ってるんです? そんなに私たちのコトを舐めてるんですか〜? ペロペロォ〜」
案の定、反対するものは現れた。
蠱惑的な女性は爪を磨き終えたのか、蝋燭の近くに指先を近づけ、光の反射で磨き具合を確認しながら、首長に対して嘲るような発言をした。舌をだらしなく出し、卑猥な動作をして挑発する。
「あ」
道化のような男が、思わず言葉を漏らした刹那、女性の姿がその場から掻き消え、轟音が断続的に鳴り響く。
「あちゃー……余計なこと言ったねぇ」
女性は勢いよく吹き飛び、城の壁をお菓子のように突き破っていった。石造の壁が弾け飛ぶ爆音が夜空に消えていく。常識的に考えればあの女性の死は免れないだろう。
「上下関係は正しく保て。我々は組織だ」
仲間を吹き飛ばし、厳しい躾を行ったのは、やはり首長の男のようだ。人一人に致命的な一撃を与えたにもかかわらず、悪びれもせずに命令行う。
「今日のところは解散だ。指令は追って伝える」
そんな異常な光景にも関わらず、動揺している人物はこの場には存在しないようだ。初めに少女が、続いて道化のような男が首長の言葉を聞き、退出していった。
残されたのは首長の男性と、翼の生えた人物のみだった。
「全く、あんたも苦労するねぇ」
「普段からああいう手合いの相手は慣れているから問題はない。ご協力感謝する」
「まぁ私の宿敵が勇者側に付くなら、私がこっちにつくのも道理というもんさ」
翼の生えた人物は立ち上がり、破壊された城のから夜空を見上げる。星々が煌めき、月が踊るその帳は地球のそれと酷似している。
「でも本当にやるんだね?どんな犠牲が出ても」
「あぁ。俺が勇者を殺す。アイツを終わらせてみせる」
男は手もとを見つめながら、確固たる意志を世界に告げた。
皆さん普段から本作をお読みいただきありがとうございます。20話に渡って投稿を続けられたのも皆さんの評価やブックマーク等あってのことです。ありがとうございます。そして今後ともよろしくお願いいたします。




