19話:—殺し
シトリーが突然倒れてから数時間後、母上の懸命な看病によって、使徒シトリーはなんとか安静を取り戻したみたいだ。穏やかな寝顔を確認し、胸を撫で下ろす。
「母さんお疲れ。取り合えず峠は越えたみたいだね」
「アルガもありがとう。ジェイも今日はいないし本当に助かったわ。今日はこのまま私がシトリーの様子を見ながらここで寝るわね」
「わかった。別の場所で寝るね」
――――これでひと安心か。
(よかったよぉ〜!シトリーちゃんは病弱って話は聞いていたけど、いきなり倒れちゃう程だとは思ってなかったよ。本当に焦ったんだぞぅ!)
(今日は本当に助かった。お前にも話しておくべきだったな。)
コツコツと音を立てながら階段を降りて、俺とシトリーの部屋から離れる。母上がシトリーと一緒に寝るってなると、俺はリビングのソファーで寝るかな。酔った父さんと寝るのは嫌すぎる。
1人で薄暗いリビングのソファーに座りながら、テーブルを挟んでフィドと向かい合い、シトリーについて話しあう。父さんは大人衆の集会で遅くまで帰ってこないから、気楽でいいな。
(今日のがシトリーちゃんが病弱って言っていた理由で良いのかな?)
(そう。昔からなんだ)
(原因はわかっているのかい?)
(俺は簡単にだけしか知らないけど、一応は。人間は生まれながらに、自然と魔力を制御する能力が備わってるらしいんだけど、シトリーはその生態機能が弱いらしいんだ)
父さんと母さんが神妙な顔をして、隣町から呼んできた医者の話を聞いていたのを覚えている。俺は部屋から出ているように言われたのだけど、話を聞かないという選択肢は無かったから盗み聞きしたのだ。
(なるほど……細かいことはわからないけど、簡単には治らなそうだね)
(あぁ、それこそ医師とか薬とかに頼ったこともあったけど結局意味はなかったんだ。なんでも、医学の観点からじゃシトリーの体質を改善することは不可能だっていってたな)
(だからこそアルガくんは魔法を練習しているんだね)
(……まぁ魔法で治すというより、魔法で強くなって色々な所に治療法を探しに行こうって計画だけどな)
てなわけで俺にできることはないし、今からでも師匠のところに行って修行してこようか。もう薄暗くなってきているけど、母さんはシトリーにかかり切りだし、父さんは今頃酒を飲んでいるだろうからバレる心配はなさそうだ。
師匠には迷惑をかけてしまうかもしれないけど、勘弁してもらおう。
(フィド!師匠の家に行くぞ!)
(ええっ!今からかい?)
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日は暮れ、家から漏れ出る微かな光を頼りに、村の中を疾走していく。人気もないし、魔力強化を全力で使うこともできるからこの時間の修行も中々ありか?—————すぐに思考が修行や勉強に偏るようになってきたな。良くも悪くもこの生活に染まってきた証拠だろうか。
普段は10分程度かかる道を数分で走破し、馴染みの師匠の家に辿り着いた後、コンコンと玄関を叩く。
「――――師匠!こんな時間にすみません!!ちょっといいですか?」
「アルガかい?ちょっと待っていてね」
まだそこまで遅い時間じゃないから大声を出してしまったけど、師匠はちゃんと起きていたようで、すぐに返事が返ってきた。数十秒後、いつもとは違いラフな格好をしたおじ様が現れた。
「こんな時間にすみません。最近時間が取れていなかったので、授業をしてもらいたいなと思ってきたんです。お時間ありますか?」
「私の時間は大丈夫だけど、こんな時間に外出して大丈夫なのかい?」
「あーまぁ大丈夫です」
勝手に抜け出してきたとはいえないよな。まぁ四歳児に夜の外出を許す親なんていないと思うけどさ。
「アルガのことだから心配していないけど、あまり隠し事を増やすものではないよ?」
……心に沁みるぜ。
そんなやりとりがありながらも、師匠は俺をいつものように受け入れてくれた。フィドのことも聞かれたけど、「ペットです」と答えたら特にそれ以上追求されなかった。師匠でもフィドの正体を見破れないとなると、本当に手が込んだ隠蔽がなされているんだな。
「そういえば本を貸してくださってありがとうございます!とてもわかりやすかったです!」
「おお、そう言ってもらえてよかったよ。魔法の教本のことだと思うけど、私もお気に入りでね、昔何度も読み込んだものさ」
「そうです!その本です!頑張って読み込んで練習したら属性魔法を使えるように成りました!」
「本当かい!?」
師匠が驚いた顔で俺を見つめる。師匠の驚いたところなんて初めて見たからこの顔を引き出したのは自分だと考えるとなんだか誇らしい。内緒で努力していたのは、師匠のこの顔を見るためでもあったから、努力した甲斐があったな。
「それはすごいな。アルガの頑張りは期待以上だね。どの魔法を使えるようになったんだい?」
「風刃と水球と土塊です!」
「3種類、3属性もか!これはもう無詠唱魔法について教え始めてもいいかもしれないな」
きたな……無詠唱。習得には時間がかかりそうだ。
「まぁ今日から始めるわけではないけどね。まずはアルガが魔法を使っているところを見せてくれ」
ありゃ?今日やるのかと思って意気込んだのに……肩をすかされた気分だ。
その後は師匠に俺の魔法を見てもらって、細かなところを指導してもらった。俺は上手くできていると感じていたけれど、流石に知識も経験も優れている人からしたらまだまだだな。より効率的で効果的な魔法の使い方を教えてもらい、とても有意義な時間を過ごせた。
――――――――――――――――――――――――
師匠の魔法講義を数時間受け、夜も更けできたのでそろそろお暇しようかと考えていると、黙りこくっていたフィドが急に話しかけてきた。
(アルガ君……ダインさんにシトリーちゃんのことを聞いたことがあるのかい?)
(……なかったかもしれねぇ。聞いてみるか)
師匠なら魔法について詳しいだろうし、シトリーの症状について何かしらの知識があるかもしれないな。なんで今まで質問しなかったんだろう。どうにも最近抜けていることが多くて、自分を心配になる。
「そうだ!師匠にお聞きしたいことがあったんです。シトリー……妹のことなんですけど」
「シトリーちゃんのこと…………もしかして魔力の話かな?」
「――――!そうです!」
「あぁ、その話は君のお父さんから話は聞いているよ。昔私も相談されてね」
やけに話が早いと思ったけど……父さんと師匠は知り合いだもんな。確かに魔法に対して見識が深い師匠に相談していても不思議ではないか。……ってことは、何もできることは無いということだな……
「だからアルガは暗い顔をしていたんだね。なんだか元気がないと思ったよ」
顔に出ていたのか……悟られないように表情は取り繕っていたつもりだったんだけどな。
(アルガ君の癖っ毛も心なしか元気がないしね)
「バレてましたか……今日、シトリーが倒れてしまって……今は落ち着いたんですけど、シトリーのことを考えていたら居ても立っても居られなくなって、師匠に迷惑をかけちゃったんです」
「そうか……私にもそういう経験があるから、アルガの気持ちは痛いほどよくわかる」
師匠が痛まし気に目を伏せる。申し訳ないな、空気を暗くしてしまって。
「シトリーちゃんの抱えている魔障病は、未だに治療法が発見されていないとても珍しくて厄介な病気でね……私も色々と心当たりのありそうな人をあたってみたけれど、現実的な解決の糸口すら掴めなかったよ」
———————魔障病。師匠ですら今の所打つ手なし……俺は兄としてシトリーに何をしてあげればいいんだ?
「でも……手詰まりというわけじゃない。絵空事のような治療法で良ければ、心当たりはあるよ」
「――教えてください!!」
今の俺は藁にもすがりたい気持ちなんだ。どうにかして希望が持ちたい。
「あぁ、シトリーちゃんを魔障病から救う方法。それは―――」
———————————————神を殺すことだ




