0話:——— must die
世界を照らす聖神の恵みである太陽は姿を隠し、冥神の恐れが生み出す闇が世界を満たしていた。
生命は一旦の休息を取り、次の活動に備える。そんなありきたりな生物の営みが行われる刻である。
普段ならば……そう但書がついているわけだが。
暗闇は煌々と燃え盛る炎によって照らされ、宛ら昼のような明るさが保たれていた。赤く照らされた夜空が醜悪な雰囲気を思わせた。
地平線の彼方まで、煮えたぎるような劫火が覆い尽くし、世界を燃やし尽くそうとしている。ザァザァと空からは雨が降り注いでいるものの、消火には到底至らない。それほどの業火だったのだ。
その焦土では各地から阿鼻叫喚の声が轟き、怨嗟の声が冥界から届きそうなほど、死が溢れて噴出する。植物から動物、果てには強力な魔物ですら焼け爛れ、倒れ伏している。人の生存圏で発生した惨事ではないのが唯一の救いといったところだろうか。
そんなとてつもない破壊の跡地の中心に、3つの人影が見える。1人は倒れ伏し、残りの2人はその人を見下ろすように立っていた。
――――――――――――――――――――――――
「はぁ…はぁ……ゲホッゲホッ!!」
空中から地面にたたきつけられ、肺から空気が漏れる。体力も、魔力も、精神力も。俺に残った全てを解き放ち、消費したことで漸く身体のコントロールを取り戻すことができたようだ。
はぁ……チクショウ……運良く第二の生を得ることができたのに終わりはこんなザマか。運命はどれだけ俺を殺したいんだ。俺はもう……この運命を覆す術を持っていない。
トサッ...トサッ...着地音が聞こえる。もう着いてきたのか。
言うことを聞かない体を無理やり動かし、足音の元に視線を向ける。
「よう、久々だな。○○○○、××」
血で滲みボヤけた視界の先にいたのは、懐かしい顔ぶれの2人の女性だった。今にも倒れそうなほど、傷つき汚れている。俺が2人を傷つけてしまったのだと考えると心苦しい。
「まさかこんなところでこんな関係性で再開することになるとは。人生ってのは想像もできないもんだ」
「……元に戻ったのね。やっぱり魔王症候群の影響が……」
「……どうして今まで話しかけてくれなかったんですか……」
「悪かったな。どうしても自分自身のことを信じられなくてよ。お前たちと話したら、殺してしまいそうで怖かったんだ」
魔王と勇者の関係性なんて険悪以外の何物でもないだろう。どの作品においても、どの世界においても対極に位置するものとして描かれるのが魔王と勇者だ。この世界も無論、例外ではない。数千年前からの対立構造は魂にまで影響していた。
「なぁ……止めてくれてありがとな、迷惑かけた」
なんでだろう……悲しいわけでも無く、寧ろ止めてもらえて嬉しい筈なのに……涙が止まらない。この感情の制御が利かない感じ……久々だ。転生したての赤ちゃんの時と似ている。
「ッッ!!ゲホッゲホッ!!」
意識をそらし、何とか痛覚を抑え込んでいるものの、咳き込んだ瞬間赤い鮮血が口から溢れる。内臓が破れてるのかもしれないな。相当な無理をしてしまったから妥当な代償だといったところだろう。
「××ッッ!!やっぱり……!?私は―――を殺す必要なんて無いと思います!!!」
〇〇〇〇は昔の面影の残った優し気な声音で、焦ったように、苦しむ様に××を静止しようとする。俺の為に、不甲斐ない―の為にそんなに必死になってくれるなんて……優しく育ったな。
「いいえ。―――にはここで死んでもらわなきゃいけないの。それが世界のためだから」
××は相変わらず昔から変わっていないな。確固たる芯が通った人間だ。そんな所が屈折した俺からしたら眩しかったんだ。まさに人類の光にふさわしい英傑だ。
「××ッッでも!!」
「でも……じゃ無いわ!? ここで終わらせなかったら、今度こそ……―――はなんの罪もない人を殺してしまうかもしれないのよ!! 今回は―――の意識が魔王に抵抗してくれたからなんとかなったけど、次どうにかなる保証なんてない。―――に虐殺させたいの!?!?」
「そんな……」
悲痛と絶望の入り混じった顔で○○○○はこちらを見つめ、駆け寄ってきた。縋るように、俺の体を抱き起こす。あぁ懐かしいな。構図こそ逆だけれど昔はよくこうやって二人で寝たものだ。
「殺せ。躊躇なんて必要ないし。2人とも気負う意味もない。なぁに、本人が頼んでいるんだからさ」
もう目も開けていられないほどに、体は憔悴している。喋れるのもあと数十秒といったところだろうか。確認はできないが、血を垂れ流しHPをすり減らしていっているのだろう。
〇〇〇〇の涙が俺の額にポタリと落ちた。
このままだったらどちらにせよ死は免れない。ならば、この身を巣食う美病魔ごと俺の魂を吹き飛ばしてもらうのが最善策といったところだろう。
運よくここには俺の天敵がいる。こんな無力な俺など神の力で浄化できるに違いない。親孝行すら満足にできていない俺がいうのもおこがましいが、この俺が愛した素晴らしい世界に孝行するのも一興だ。
「○○○○退きなさい」
「…………はい」
俺の頬を優しく撫で、抱きしめた○○○○は俺を近くの倒木に凭れかけさせ、××の元に戻っていく。そうだそれでいい。
「――――、赦してとは言わないわ。貴方の来世がより良いものであることを祈っています」
三度目の人生か。フフッあったらおもしろいな。なに、二度目の人生もあったんだからさ。
「テューゼの名の下に。審判を下す」
××が祝詞を奉じるとともに、周囲が神気で満たされていく。俺にとって神気はただの毒で、呼吸がさらに苦しくなっていく。
「またね」
××の別れの言葉と共に俺の視界に光が満ちた。この胸を貫く聖剣が、俺の魂を蝕み俺がこの世界に居た印を一切合切崩壊させていく。
あぁ俺はここで終わるんだな。まぁ悪くない人生だったか。なんだかんだ、かけがえのない思い出で溢れている。そう思えば俺は一人じゃない……怖くなんかないさ……黙りこくってこそいるが、同行者もいるしな。
「……いい人生だったな」
そうして男の魂は世界から消滅した。そして淡々と、粛々と殺人を執り行った2人の瞳から、涙が零れ落ちる。決して雨で濁ってなどいない。
世界が明るく輝きだす。また新しい一日が始まった。