11話:魔物との遭遇
「こんな抜け穴あったんですねぇ」
師匠に連れられて外に出た後、家の裏手に回ると村を囲う柵に妙な隙間があることに気づいた。村の周りは万が一にでも魔物が侵入してしまうことがないように、かなりしっかりとした造りの柵で囲われているのだが……なんでこんなところに穴が開いているんだ?
「昔からここに穴が開いているんだよね。普段は僕が魔法で隠蔽しているからこの穴のことを元々知っている人以外は誰も気づかないよ」
「へぇ~確かにわざわざ村の門まで行くのは面倒ですもんね」
師匠の家は村のはずれにあり、村に二つ存在している門どちらからも離れていた。
「それに入り口には見張りが常駐しているからね。もし村から出たことを君の両親に伝えられたりしたら面倒だしこの道を使おう。悪用はしちゃダメだよ?」
「そんなことしませんって!」
そんな風に返事こそしたものの……そのうち理由ができたら勝手に使うかもしれません。ごめんなさい師匠……
にしても村の外はこんなに森って感じだったんだな。初めて外に出たけどなんだか新鮮な景色だ。今までは限られた空間の中で生きてきたから、違った景色を見るのは新鮮で飽きない。前世ほど旅行なんて文化も浸透していないだろうし、子供が村の外に出る機会なんてそうそうないだろうからな。
キョロキョロと辺りを見回しながら木々が生い茂り、鬱蒼とした森を進むこと数分。開けた河原にたどり着いた所で先導してくれていた師匠が立ち止まった。川が穏やかにせせらぎ、マイナスイオンに溢れていそうな気がしてなんだか気持ちがいい。
「よしこの辺だったら大丈夫かな。早速だけどさっき成功した魔法強化をもう一度試してみようか」
「はい!やってみます」
さっき散々練習したおかげで魔法制御のコツは掴んだんだ。魔力を全身に行き渡らせて……循環させる……と…できた!これで魔法強化になっているはずだ。本当に一回成功すれば安定するようになるものなんだな。
「おお!もう魔力制御をものにしたみたいだね。ちゃんと魔力強化も発動しているよ!」
「魔法を使えそうでよかったです……」
「うんうん!維持はできそうかい?」
「一応、できると思います。めちゃくちゃ気を張っていないと、魔力が止まってしまいそうですけど」
発動自体はできるけど、集中が途切れるとすぐに魔力制御を手放してしまいそうだ。これ、キッツいなぁ。
「暇な時間があれば魔力を循環させておくといいね。魔力制御において慣れっていうのはすごく重要だからね。それに魔力が体に馴染むようになれば、強化の幅も大きくなるからね」
ほうほう。反復練習にはそんな効果もあるのか。魔力制御だけじゃなくて体も魔力に慣れるってことだろうな。魔力を流すたびに、だんだんやりやすくなっているような気がしている。
「じゃあとりあえずその状態を維持したままあそこの木まで走ってみようか」
そう言って師匠は100メートル程度離れた木を指差した。話しているだけでも集中が解けてしまいそうなのに、いきなり運動させるって中々のスパルタじゃない……?
「はい……やってみます」
嫌とは言えないし、何より言いたくない。そう思って魔力制御に脳を焼かれそうになりながら、俺は走り出したのだが……
(うおっ!?はっや!!前世の俺の足なんかより全然早いぞ!!)
生身では体感したことのない速度で体が駆動する。恐ろしさはあるけど、楽しいぃ!!
——————————そうしてランナーズハイのような症状に陥って数秒後、目的の木が十数メートルまで迫った時、俺はあることに気づいた……気づいてしまったのだ。
(これ止まれなくね???)
「ししよぉおぉ!!とまれなぁいいい!!!」
必死に漏らした声はなんとも情けない物だった。どうにかこうにか師匠に助けを求める。いや、想像以上に体が言うことを聞かないんだ仕方ないだろ!
「うわぁ!!!!!!」
木が目前に迫り思わず恐怖で目を閉じてしまう。後コンマ数秒で、衝撃と共に俺は吹き飛ぶだろう。
…………………………………………………………………………もう何秒か経ってるよなぁ?若干衝撃を感じたすらいで全く痛みは感じてないぞ?何が起きた?
「大丈夫かい?アルガ、かなり魔力を多く流していたみたいだね」
師匠の穏やかな声が頭上から聞こえた。様々な疑問を抱えながらもゆっくりと瞼を持ち上げると、眼前に真っ白な髭が映った。これは師匠の髭で間違いない、どうやら師匠に抱きかかえられているようだ。
「あれ師匠なんでここに?」
「そりゃ、アルガが木にぶつかりそうになってるんだもの。助けに来たに決まってるじゃないか」
「あの距離を!?」
師匠が立っていたスタート位置からはかなり離れているはずなのだけど……しかも抱きかかえられた衝撃をほとんど感じなかったし……
「そりゃ初めて魔法強化を使った子供に追いつけないわけがないじゃないか。こちとら無駄に長生きしてるからね」
抱きかかえていた俺をおろしながら師匠はそう答えた。そんなものなのかな?俺も鍛えれば肉眼じゃあ見えない速度とか出せるようになるのだろうか。
「アルガならこのぐらいすぐにできるようになるさ。少しずつ慣れていこう」
ちょっと前から感じていたけれど、俺はどこでそんな絶大なる信頼を勝ち取ったのだろう?1年間の付き合いではあるけど、ほぼほぼ文字の勉強しかしてなかったんだけど……
「まぁ頑張りますね」
「その意気だよアルガ」
まぁた頭を撫でられた。慣れが重要って話だし、魔力強化の制御も修行メニューに入れておこうか。
「あぁ練習をする時は魔力は使いすぎちゃダメだよ。無理をすると死んじゃうからね」
死ぬ!?そんなに気軽に言うことなのか!?ゲームとかだと魔力がなくなっても魔法が使えなくなるぐらいで特に問題なかったから大丈夫だと思っていた。あっぶねぇ……
「人間の体は魔力が枯渇すると、生命力を使って魔力を生み出そうとするんだ。だから魔力を使いすぎると死んでしまうから気を付けてね」
「はいぃ!!あんまり無理しないようにしますぅ!!」
「まだまだ子供だと言うことは忘れてはいけないよ?慣れないうちは体が気怠くなった程度で魔法を使うのを止めるのがいいね。慣れてきたら魔力を限界まで絞り出す練習も行えるんだけど……まだ早いね。今も結構体が重いだろう?」
ステータスで魔力残量を確認を行えたゲームって良心的だったんだな。俺もそんな能力が欲しかったよ……
「確かに体が熱くて重い感じがします」
「うんうん、今日はここまでだね。帰ろうか……と思ったけど邪魔者に嗅ぎつけられてしまったみたいだね。始末してから帰ろう」
師匠はそういうと振り返り、林の奥を見つめ始めた。邪魔者ってもしかして魔物か!?生きているところは見たことがないから気になるんだ。ちょっと怖いけどさ……
師匠の向く方向に俺も視線を向けていると、微かに草むらをかき分けるようなガサゴソとした音が聞こえた。少しずつ近づいてきているようでその音は徐々に大きくなっていく。刻一刻と高まる緊張感によって、師匠のそばなら安全だろうと分かっていながらも、心臓の高鳴りを抑えることができない。そしてその不躾な来客は姿を現した。
「お、狼!?めちゃくちゃこっち見てますけど大丈夫ですか!?!?3匹ってとょっおおおおくなあいいぃですか?それにめちゃおおきいですしぃ!?」
「慌てすぎだよアルガ。この子達は野生の獣が少し魔物化した程度だ。魔法を使えるならそこまで危険じゃないさ」
初めて見た生きた魔物は想像以上に怖かった。2メートル近い大きさをした狼がこちらを捕食しようとギラギラした瞳を向けてくるのだから、野生の獣と対峙したことのない現代人の身がすくむのも当然というやつだ。サバンナ育ちとかなら違ったのかもしれないが、こちとら住んでいたのはコンクリートの森だぞ。
「「「グルルルル!」」」
3匹の魔物が、俺たちの品定めをするかのように周囲を回る。涎をダラダラと垂れ流し、いかにも飢えてるって感じだ。
「腹を空かせているようだね。子供が村の外に出てくることなど珍しいから、いいカモだと思われているのかもしれない」
「ちょっと…怖がらせないでくださいよぉ。本当に獣とほとんど変わらないんですか?」
師匠に脅され、思わずしがみついてしまった。今の状況は師匠に命を託しているのと一緒だからな!?
「嘘なんてつかないさ。この獣は白位も怪しいぐらいだし、そんなに怯えていてはいけないよ?少し魔法を覚えたら魔物討伐をしてもらうつもりなんだから。冒険者になるんだったらいつ何時でも全力で戦える度胸を持たなくちゃね」
師匠それは早計では……?まぁ強くなるためと言われたら仕方ないかぁ……ゆっくりと師匠にしがみついていた手を離し、師匠の背後から離れた。
「じゃあ見ていてね。面白いものを見せてあげよう」
そう言い残し師匠はゆっくりと、狼たちに近づいていく。
戦闘が始まるのか!?と思い気を張り詰めるも、なぜか狼たちは時が止まったかのように微動だにしない。ただただ怯えたように師匠の方を見つめている。俺には何も感じ取れないけど、狼たちは何かをかんじとっているのだろうか?威圧ってやつか?
その間にも師匠は歩みを止めず、ゆっくりと一歩ずつ。全くの気負いもないかのように狼たちに迫っていく。
「……師匠!危ない!」
3匹の魔物の内、1匹が死が迫る実感に耐えきれなかったのだろう。恐怖に耐えかねて師匠に飛びかかった。しかし、師匠に慌てた様子はない。ただ悠然と、いつもと変わらない瞳で狼を迎え撃った。
「打骨」
そう呟いた師匠は、ぼんやりと赤い燐光を帯びた拳を狼の頭部に押し当てる。俺が見やすいようにしてくれているのだろう、師匠の動きは攻撃であるとは思えないほどひどくゆったりとしていた。それほどまでに、残酷で優しい触れ方だったのだ。
バキッ…………ドサッ……
骨が砕けるような音が響くと同時に、一撃をもらった狼はその場に崩れ落ちる。そして1匹の狼が地に伏したことを確認した他の2匹は必死の形相で逃げ出していってしまった。
それにしても師匠の一撃はそれほど威力のあるようなものには見えなかったけど、やっぱり技量ってやつなのかぁ?よくわからないけど、技のエフェクト?みたいなものが出ていたし……でも魔法陣は出ていなかったから魔法じゃないはずなんだけどなぁ……
「さっき師匠から赤い光が出ているように見えたんですけど、それも魔法ですか?」
「いいや、さっきのは魔法とは全く関係ないんだ。この力は闘法と呼ばれる、魔法とは別の力だね」
「と、とうほう?何ですかそれは?」
「魔力や体力を消費して闘気を生み出し、体を一定の型に沿わせて動かすことで発動する技術なんだけど……この話はアルガが十分に魔法を扱えるようになってからだね」
え?説明それだけですか?そんな俺の疑問と好奇心に埋め尽くされた胸中を尻目に、師匠は赤に染まりつつある空を見上げてこういった。
「急いで帰ろうか。暗くなったらまたお母さんに怒られるんじゃないかい?」
確かに空が暗く染まってきている。まずい、今度こそ夕飯に遅れたら飯抜きになってしまうだろう。この間怒られたばっかりだから、母上なら確実にやる。絶対にだ。あの人は優しそうな風貌をしている割に、怒らせるととてつもなく怖いんだ。
「急ぎましょう!!」
空を見上げていた顔を師匠の方に向けると、どこからか引っ張り出した縄で、先ほど返り討ちにした狼の足を縛っている師匠がこちらに振り向く。
「わかったよ」
「それ食べるんですか?狼の魔物不味そうですけど……」
「すっごくまずいからおいしい食べ方でも模索しようかなと思ってね!よいしょっと!」
師匠は笑いながら狼を担ぎ上げた。流石の探究心に脱帽です、師匠。