寺井さんを出せ!!……いや、誰だよ!?
『担当の寺井さんを出して!!』
コールセンターの方が受け取ったお電話。
とてもご高齢の方が配達に対する相談を受けた話なんだが、
「あの、現場の配達員に寺井さんって方。いましたっけ?」
コールセンターの隅田川は???マーク。各配達員の名簿を見るが、寺井という名前はないのだ。
新人さんにいるのかもしれないとも思ったが、この感じは違うだろ。
「辞めた人の事を言っているの?」
そうなると、どうにもならない。興奮しているご高齢のお客様をなんとか宥めながら、お住まいの地域を教えていただく。その時もだが
『寺井さんだったら!寺井さんだったら!!』
だから、誰やねん。寺井!!
「夢心地域の方なんですね。はいはい、担当に電話させますので~」
まったく、クソ野郎。これだから、よく分からん高齢者は。
そして、電話のバトンは下の配達員に届けられる。丁度、地域の担当者である、若手の森橋くんが電話対応をする。
「はい。配達地域担当の森橋です」
『森橋!?寺井さんは!?』
「あの、寺井さんはいないんですけど……」
ホントに寺井、寺井。うるせーって、紙に書いてある事が本当だったとは思わなかった、森橋くん。
「どのようなお話ですか?」
『最近の配達が遅いのよ!普段は午前でしょ!!今は18:00を過ぎてるじゃない!!』
「今は人手不足と……」
『それをなんとかしてたのは、寺井さんでしょ!!寺井さん!!』
聞けよ、こいつ!!
それがコールセンターに掛かってくる、迷惑電話への対応である。しかし、迷惑といっても……今は配達が遅くなっているのは事実だ。人手不足にコロナによる離脱も含め、現場に人が足りていない。
『お金がない、人がいないなんて、カンケーない!!寺井さんが!!』
「ウチも商売なんで、そーいう事はできません」
『寺井さんを見習いなさいよ!若いんだから!』
「寺井さんって人、知らないんですけど……」
それが地雷だったか分からないが、どーやら寺井さんという人物をヤケに拘っている理由が
『私と一緒に働いていた!男の人ですよ!!』
「あ、そーなんですか」
『30年以上前!!』
俺(森橋)、生まれてすらいねぇんだけど……。
「そんな凄い方だったんですねー」
そこからグチグチと、この高齢者に配達とはなんなのか。お客様のためにどうあるべきか。30分以上も長電話をするということ。最近の配達が遅いのを良い事に、喋りたいことを喋り倒すような感じ。森橋はもう、はいはい……って感じでうんうん言ってるだけであった。
それにしても、寺井って人はどんな人なんだ?
◇ ◇
「は?寺井……誰だ?」
「……私もここに長くいますけど、その名前の方とお仕事はしたことがありません」
地獄の長電話が終わり。
班内の先輩達に寺井という人物を聞いてみる森橋。しかし、先輩の矢木と実の2人も知らないという。さらに昔の人物となると、最年長の人に聞くしかなく
「あ?寺井……?俺、辞めた奴の名前とか憶えてねぇよ。30年前ってよー……」
木下に聞くのであるが、さすがに30年前とかになると分からない。
資料なども捨てているだろうし、諦めかけようとした時。木下が見たのは、森橋が丁度持っていたクレーム内容が書かれた紙。内容が重要ではなく、電話をもらった住所からだ
「あー!あの婆からの電話か~~」
「え?」
「こいつ、配達遅いと電話してくる暇人だよ」
「あー、やっぱりですか」
電話してるからその身で分かっている。だが、木下が言ったのは
「寺井ってのは、確かこの婆の夫の事だ」
「は?」
「だから、この婆の旦那の事が寺井なんだよ。10年以上前に死んだとか聞いてるよ」
「…………ボケが入っているにしては、とても酷いボケなんですけど」
死んだ夫のことを、ずーっと呼んでいたとか怖いなぁー。
って、森橋は思った。