父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった・短編
気が付いたら私は墓地の前で冷たい雨に打たれていた。
ここはアーベル伯爵家の墓地で、目の前にある大きな棺には女伯爵だった母の遺体が納まっている。
参列者はアーベル伯爵家の婿養子である父のベン。
前アーベル伯爵家の当主である祖父のブラッツ・アーベル。
母の弟でヴィレ子爵家に婿養子に入った、ヤコブ叔父様。
ヴィレ子爵家の跡継ぎで私の同い年のいとこのカール。
そして母の主治医コープス先生と、教会の神父が一人と棺を担ぐ男が四人。
この光景には見覚えがある。
確か八年前私が十歳のとき、母が亡くなって三日目の光景。
父と母は政略結婚だった。
アーベル伯爵家の長女だった母が、イルク男爵家の次男だった父に一目惚れして、無理矢理父を婚約者にしたのだ。
当時父には好きな人がいた。ゲレという名の平民の女だ。
野心家であった父は愛する人と伯爵家の財産、両方を手に入れることを考えた。
結婚から十一年後、父は母を殺害し長年愛人として囲っていたゲレと再婚した。
父とゲレの間にはハンナという私と同い年の異母妹がいた。
ゲレもハンナも桃色の髪と瞳の美人であったため、父は二人を溺愛した。
父は母譲りの容姿と、アーベル伯爵家特有の金色の髪にサファイアの瞳を受け継いだ私が嫌いだった。
なので父がゲレと再婚してからは大変だった。
継母となったゲレは私が何かミスを犯すたびに私をムチで打ちすえた。
異母妹のハンナは「お義姉様、これあたしにちょうだい!」と言って私のものを奪っていった。
私が成人して伯爵家を継いだら、父も継母も異母妹も全員追い出してやろうと計画していた。
しかし父に先手を打たれた。
父はハンナを私の養女にし、私の婚約者だったエック子爵家の次男のジェイと婚約させたのだ。
私が死んだらハンナに全ての財産が行くよう手続きをし終えた彼らは、母と同じ毒で私を殺した。
毒を飲んで虫の息の私に、父と継母は得意げに母が死んだ経緯を話してくれた。
父が当時主治医だったコープス先生にお金を渡し、母を殺害するための毒を仕入れたこと。
母の検死はコープス先生がしたので病死として処理されたこと。
母の殺害に使用された毒は、母の殺害後、当時父の愛人だった継母の家に隠されたこと。
父が祖父や叔父から母に贈られた誕生日プレゼントや女神の生誕祭のプレゼントを盗み、ゲレに与えていたことなどなど……。
私ことクロリス・アーベルは、父と継母と異母妹にすべてを奪われ……絶望の果てに苦しみもがいて死んだ。
だというのに、神様は酷なことをなさる。
死ぬことで父や継母や異母姉との悪縁が断ち切れてせいせいしていたのに、同じ人生をやり直させるなんて……。
どうせなら母が生きてる頃まで時間を巻き戻してくれればよかったのに……。
また父と継母と異母妹にいじめられる人生なんて、考えただけで憂鬱だ。
思い出している間に、母エリーゼが納まった棺が、墓穴に運ばれていく。
墓穴に母の棺を埋葬する寸前……。
「お前が!
お前が苦労かけたから……!
エリーゼは死んだんだ!
エリーゼを返せ!!」
祖父が父の胸ぐらを掴んで怒鳴り出した。
そういえばこんなこともあったなぁ……。
やり直す前の私は父が母を殺害したなんて夢にも思わず、葬儀の最中に怒鳴り声を上げる祖父に呆れていた。
だがこれはチャンスかもしれない。
父を糾弾する機会は今しかないのでは?
母の葬儀のあと祖父は体を壊し一年後に亡くなった。
母の死後、私は屋敷に幽閉されヤコブ叔父様やいとこのカールと会うことを禁じられた。
父が祖父に責められている今が、父の罪を明らかにする最後のチャンス!
母を殺したことが明らかになれば、父と愛人のゲレは死刑になるだろう。
やり直す前の人生で父と継母と異母妹に八年間いじめられ、最後は異母妹に全てを奪われ母と同じ毒で殺された。
このとき私は父と継母だったゲレと異母妹のハンナに対し、殺意が芽生えた。
せっかく人生をやり直す機会を得たんだ、前と同じ人生を歩んでやるものですか!
やり直す前の人生では全てを奪われた!
今度は私が彼らの全てを奪ってやるわ!
「お祖父様やめて!
お父様をいじめないで!!」
私は父を思う健気な少女を装い、二人の間に割って入った。
父は何も知らない私が、己の助けに入ったと思い安堵の表情を浮かべている。
父は腹の中で「実母を殺した俺を庇うなんてなんて愚かな娘だ」とあざ笑っていることだろう。
お父様、私が今からあなたを地獄に突き落としてあげますわ。
お覚悟はよろしいですか?
「止めてお祖父様!
お父様は悪くないの!
お父様を責めないで!」
「しかしな、クロリス……」
「お父様はただ愛する人と一緒になりたかっただけなの!
だからお医者様と一緒になってお母様のご飯に毒を入れたの!
お父様は愛する人と引き離された可哀想な人なの!
だからお父様を捕まえないで!」
私は声の限り叫んだ。
私の言葉を聞いて辺りはしんと静まり返った。
「今の言葉は本当かクロリス?」
祖父が鬼の形相で父を睨んでいる。
父は顔面蒼白で口をパクパクさせていた。
「私お父様が書斎でコープス先生と話しているのを偶然聞いてしまったの!
お父様はお母様と出会う前からゲレさんのことが好きだったのよ!
お父様はお母様と結婚してからも、ゲレさんのことだけを愛していたの!
お父様は愛する人との仲をお母様とお祖父様に引き裂かれた可哀想な人なの!
お父様は、お祖父様や叔父様がお母様に送った誕生日プレゼントや女神の生誕祭のプレゼントを、こっそり盗み出してゲレさんに送っていたわ!
お父様がお母様を殺害するのに使った毒は、お父様の愛人のゲレさんの家にあるって言ってたわ!
でもお父様を責めないで!
お父様は真実の愛で結ばれたゲレさんとの仲を、お祖父様とお母様に引き裂かれた可哀想な人なんだから!!」
私は力いっぱい叫んだ。
私の言葉を聞いた祖父は悪魔のような形相で父を睨んでいる。
祖父だけでなく叔父様もいとこのカールも恐ろしい顔で父を見据えていた。
「誤解だ……!
クロリスは何か勘違いをしているんだ……!
母親を亡くし正気を失っているんだ……」
父がうろたえながら弁明をした。
父の顔色は青を通り越して真っ白だった。
「葬儀は中止だ!
ヤコブ、エリーゼの遺体について調べろ!
主治医のコープスは信用できん!
他の医者に調べさせろ!
それからベンとコープスの身柄を拘束しろ!
今すぐベンの愛人だというゲレという女の家を突き止めろ!
その家にはエリーゼを殺害した時に使われた毒と、エリーゼの私物があるはずだ!!」
祖父の怒号が墓地に響いた。
「はい!
父上!」
ヤコブ叔父様が返事をした。
父はその場から逃げようとしたが、ヤコブ叔父様にタックルされ捕らえられた。
どさくさに紛れて逃げようとしていたコープス先生は、カールに足払いをされ墓穴に頭から落下した。
雨で土がぬかるんでいたので、コープス先生は頭にたんこぶを作るだけですんだ。
後日叔父様の呼んだ医者により母の遺体が調べられ、母が毒殺されたことが判明した。
そしてヤコブ叔父様の雇った探偵により、父の愛人だったゲレの自宅が突き止められた。
ゲレの自宅からは母の殺害に使われた毒と、祖父と叔父が母に贈った宝石やドレスなどがたくさん出てきた。
父とゲレとコープス先生は警察に捕まり、裁判にかけられた。
コープス先生は父から多額の金銭を受け取り、医者としての誇りを捨て母の毒殺に加担したことを白状した。
ゲレは
「貴族の令嬢として何不自由なく育ち美人だったエリーゼが嫌いだった!
殺してやりたいほど憎かった!」
と裁判で述べている。
父は
「ゲレを愛していたが、ゲレと結婚して平民になるのが嫌だった。
妻のエリーゼを殺害し、娘のクロリスを伯爵家の後継者にし、その上でゲレと再婚し、俺とゲレの間に生まれた娘のハンナをクロリスの養女にし、全財産をハンナが相続出来るように手続きしたあと、クロリスを殺す予定だった」
と自白した。
身勝手な理由で女伯爵だった母を殺害した父と共犯者のコープス先生には、死刑の判決が下された。
ゲレは直接母の殺害に関与していないが、父が母を殺害するときに使った毒を父から預かって自宅に隠していた。
平民が貴族の殺害計画に関与していただけでも重罪だ。
母の私物が大量にゲレの家から見つかったこともあり窃盗罪もプラスされ、ゲレは大衆の前で絞首刑に処されることが決まった。
一人残された異母妹のハンナは、劣悪な環境だと評判の地方の孤児院に送られた。
強かなハンナのことだ、孤児院に送られたぐらいで伯爵家の財産や貴族としての地位を諦めたりしないだろう。
成長したハンナは、美貌を武器に裕福な商人などに取り入り、いつか私の前に敵として現れるかもしれない。
その時は持てる力を全て使いハンナを踏み潰してやろうと思う。
こうして女伯爵殺害事件は幕を閉じた。
私は心の中に芽生えたほんの小さな殺意によって、母の仇を討つことに成功した。
祖父が後見人となり、私は伯爵家の跡継ぎに決まった。
祖父だけでは頼りないと思ったのか、早くに奥方を亡くしたヤコブ叔父様と、いとこのカールもアーベル伯爵家に住むことになった。
これにて一件落着、めでたしめでたしのはずなのだが…………。
「クロリスは俺と同じ歳なのにこんな問題も解けないのか?
本当にクズだな!
裁縫やらせても、剣術をやらせても、算術や歴史を習わせても、ピアノをやらせてもまるで駄目!
本当にこんな成績でアーベル伯爵家の跡継ぎになれるのか?
僕がアーベル伯爵家とヴィレ子爵家の両方を継いだ方がいいんじゃないのか?」
アーベル伯爵家に一緒に住むことになったいとこのカールが、事ある毎に私に難癖をつけてくる。
やり直す前の人生では母の死後、私はろくに教育を受けさせてもらえなかった。
なので二度目の人生とはいえ、初めて習うことばかりで勉強には苦労していた。
父と継母になるはずだったゲレと異母妹のハンナを追い払うことに成功したのに、いとこのカールが私をいじめるなんて思わなかったわ。
人生って一人の敵を倒してもまた別の敵が現れるのね。
そっちがその気なら私だって容赦しないわ。
カールに対して若干の殺意が芽生えた時、叔父様とカールが話しているのを偶然立ち聞きしてしまった。
「カール、クロリスはいずれアーベル伯爵家の後を継ぐ人間だ。
いとことはいえ分家のお前とは格が違うんだ。
今すぐクロリスへの態度を改めなさい!」
カールはヤコブの叔父様に叱られていた。
いい気味だと思い聞き耳を立てていると……。
「お父様、そんなこと言われなくてもわかっているんです!
クロリスは優しくていい子だし、美人だし、努力家だし!
本当は僕だってクロリスに優しくしたいし、クロリスと仲良くなりたいんです!
なのになぜかクロリスの前に立つと、悪口を言ってしまうんです!」
カールの予想外の言葉に私は絶句した。
「もしかしてカールが勉強や剣術やピアノや裁縫を頑張っているのはクロリスに認められたいからなのか?」
「はいそうですお父様。
クロリスに認められたくて、クロリスに褒めてもらいたくて、勉強も剣術もピアノも裁縫も頑張っているんです。
……でもクロリスを前にすると変に意識してしまって上手く話せなくて……」
「クロリスは素敵な子だ。
カールがドキドキしてしまうのもわかるよ。
でもそんな意地悪な態度ばかりとっていたらクロリスに嫌われてしまうよ」
「お父様、僕は最近気づいたのです!
ただのいとことしてクロリスの記憶に残らないのなら、意地悪な男としてでもいいからクロリスの記憶に残りたいと!」
私の知らない間にカールは色んなものをこじらせていた。
「叔母様の葬儀の時、悪人と知りながら実の父親を健気に庇おうとするクロリスを見て、僕の中で何かが芽生えたのです!」
「それはきっと恋心だよ、カール」
「恋……! これが……!」
私に父への殺意が芽生えた刹那、カールの中で恋心が芽生えていたらしい。
カールが私を好き……これは上手く利用できるかもしれないわ。
このまま何もしなければ、来年私はエック子爵家のジェイと婚約させられてしまうわ。
この世界のジェイはまだ私に何もしていない。
だけど私は、ジェイ・エックが美人にそそのかされて婚約者をゴミのように捨てる浮気者のクズ男だと知っている。
そんなクズ男とやり直した後の人生でも婚約するなんてごめんだ。
カールが私に恋をしているなら都合がいい。
カールはアーベル伯爵家の血を引いているため金色の髪に青い目をしている。背が高く目鼻立ちも整っていて頭もいい。
ありふれた茶髪に茶色い瞳に平凡な容姿で怠け者のジェイより千倍はましだ。
ジェイとの婚約話が出る前に、カールを私の婚約者にしてしまおう。
いつか私の前にハンナが現れる可能性も捨てきれない。
ハンナにとって私はハンナの親を殺した憎い仇のはず。
カールはいい駒として使えそうだわ。
カールと手を取り合って、ハンナを返り討ちにしてやりましょう。
やり直す前の人生で、いじめられてもただひたすら耐えるだけだった私はもういない。
せっかく人生をやり直したのだ、これからはやられる前にやってやる……そのぐらいの根性がなくては伯爵家の跡継ぎとして生きていけない。
そのためには手札がいくらあっても足りない。
カール・ヴィレ、いい手駒になりそうだわ。
死ぬまで利用させてもらうわよ。
カールと同じ家で過ごすうちに、私の心に変化が起こりカールへの恋心が芽生えることを……。
一度目の人生で知ることのなかった恋を知り、一度目の人生では通うことの出来なかった学園に通い友人を得て、カールと結婚し、伯爵家を継ぎ、女伯爵として良い家庭を築いていくことを………このときの私はまだ知らない。
――終わり――
読んで下さりありがとうございます。
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