第8話 棺桶、女神樹の精霊を排出する
「……ゥゥウウアアアア!?」
空高く飛ばされたオーガが断末魔を上げながら地面に激突、ゴキリと首の骨を折って息絶えた。
風系の魔法、『竜巻造成』で竜巻を発生させ、襲い掛かってきたオーガを巻き込んでやったのだ。
オーガはオークよりさらに二回りほど大きい一本角の赤い巨人で、全身バキバキの筋肉鎧。
見た目通り異常にタフな上、意外と魔法の効きも悪いために中堅程度の冒険者パーティでもオーガ一匹相手に全滅することがある。
そんなオーガに対して上位の火球程度では微ダメにもならなかったので、竜巻で上空高く飛ばしてやってあとは重力に任せてみた。
結果は見ての通り。
「やりましたねフィンさま! 効果は抜群です!」
「この辺では一番やっかいとされるモンスターだけど、どうにでもなるもんだな」
そうやって魔法の効果を実戦で確かめつつ、旅を続けている。
昨日までの雨による水たまりが点々と続く街道。
そろそろ日も傾き、次のキャンプ地を探そうかというところでオーガに襲われて……ってところだ。
「さすがですフィンさま」
「メルリーネも俺の求める方向に素早く動いてくれて助かるよ」
「いえいえそんな」
街道での何度かの戦闘で、メルリーネとの共同作業もだいぶコンビネーションが磨かれてきた感がある。
なにせ自分の魔法、一部の例外を除いて基本的に棺桶の正面にしか発射されないので、メルリーネに抱えてもらっての角度調整、方向調整は非常に重要なのだ。
土塊操作で地面を動かせば自力でもどうにかなるけど、いかんせん速さが足りない。
そうしてメルリーネに担がれて街道をしばらく進んでいると。
「……あら?」
メルリーネがふと眉をひそめて足を止めた。
「どうしたの?」
「あのー、フィンさまを触ってて気づいたことが一つあるんですが……」
「撫で心地の感想は十分聞いたけど」
「フィンさまの中、棺桶の中に誰かおられるのですか?何か存在を感じるのですが……」
まったく想定外のことを言われた。
「……ええ!?いや今は空っぽのはずだし、だいたい昨晩メルリーネ、入って中を見たじゃないか」
「そうなんですけど……ちょっと失礼」
いったん棺桶を地面に下ろすメルリーネ。両手を棺桶に向けてかざし、目をつぶる。
「……やはり何か感じます。あなたの中には魂のようなものがあと一つ、あるみたいです」
なんだって……!?
棺桶に、魂が二つ宿っている?どういう状況なんだ。
卵を割ったら黄身が二つみたいな感じなんだろうか?
つか、自分以外に死んだ奴がいてそいつと一緒に棺桶に転生したという事?
さらに訳が分からない状況になってきた。
「いや、これは……フィンさまの棺桶は、神木から切り出された板で作られているんですよね。
世界樹の神木は多くの精霊を宿していると聞きます。加工されたとはいえ、精霊はまだ
あなたに宿っているようです」
まじか。加工されてなお存在できる精霊タフすぎる。
棺桶の中、って位置的な中ではなくて、棺桶を形作っている素材そのものの中ってことなのか。
しかし女神樹の使いってのはそういうのも感知できるんだな。
「でも精霊って、全く気付かなかったけど」
「私も今頃気づくくらいの弱弱しさです。フィンさまの魂の力が強すぎるのかもしれません。
フィンさまの自己主張を弱めて、精霊の存在を感じるようにしてください」
精霊と魂は別物なん?
しかしなんとも曖昧な感覚的な事を言われて戸惑ったけど、目をつぶって(つもりになって)俺の内的空間に誰かが居るかどうかを探してみる……
……
おーい。誰か、居るのか……?
んん……?
何か光るものが……みえt
「……ぶっはー!やっと表に出られたっしょ!」
閉じたままの棺桶から、ほのかに光る人のかたちをした何かが飛び出してきた。
「やっぱり!精霊が一人、宿っていたんですよ」
「なんとぉ!?」
その精霊は金髪をサイドテールにしている、女の子だった。
やや釣り目の蒼い瞳、控えめな胸部。
濃い青を基調とした、フリフリ気味のロングスカートなドレス姿。
半透明で向こうの背景が少し透けて見えるあたり、確かに精霊っぽい。実体はなさそうだ。
ひとしきり、うーんと伸びをしたのち、振り返った彼女はだが怒っていた。
「コラァこのかんおけ野郎! アンタがいつまでたっても『場』に居座るから、
表に出れないわアタシの存在が消えかかるわでめっちゃヤバかったじゃない!」
「ど、どういうことだ!?」
しかしずいぶん口調の砕けた精霊だな。
――彼女が言うには、なんかどうも俺の存在が邪魔をして、普通は表に出て来れるはずなのにそれが出来なかったという。
精霊が宿る位置というか概念的な空間、『場』といわれるところに俺の魂が居座ってしまったとか。
例えて言うと、二人寝られるくらいの大きさのベッドに突然、俺の魂が大の字になってベッドを一人で占拠してきたうえ、初めから居た彼女を蹴りだしてしまった、ということらしい。
「――なるほどベッドから落ちたら床で寝るしかない。それは健康に悪そうだ。
翌日体のあちこちが痛むに違いない……」
「他人事のように言ってんじゃないわよ! そんで体が痛むどころじゃないっつの!」
そのままベッドからはみ出て落ちてしまうと、精霊の存在は消えるという。つまりは死。
割と切羽詰まった状況だったらしい……確かにそれは洒落にならんか。
「フィンさまとマイアさんが同じ、ベッドに……?」
「ちょ、変な想像してんじゃないわよ! あくまでたとえ話!依り代の『場』にコイツが侵略してきたって話!」
「何二人とも顔赤くしてんだ……」
しかし居座ったと言われても、俺がそうしたくてしたわけじゃないんだけど……
俺を棺桶に転生させた犯人が他にいるんだよ。
「アタシが落ちる! 落ちる! つってるのにアンタは全く聞く耳持たなかったし!」
「いやそんなの聞こえなかったぞ……? ……んん?」
いや、棺桶として目覚めた時に何か声を聞いた気はするな。あれがそうだったのか。
「一瞬だけ聞こえた気はする。しかし落ちる! だけじゃ分からんぞ……」
「んあー! 察し力のないかんおけっしょ!」
ぷんすかがおさまらない精霊に、
「まあまあ……」
とメルリーネ。
「とりあえずは無事だったということで……私はメルリーネ。
いろいろあってこの人、棺桶のフィンさまの運び手やってます」
「大体の事は知ってるっしょ。場にしがみつきながらも周りの出来事は見えてたし。
あ、アタシは世界女神樹の精霊、マイア」
精霊のマイアね。とりあえず話が早くて助かる。
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