第三夜
鳥居に架かった注連縄をよく見て見ると、なるほど確かに縄自体が劣化してきている。
また新しい縄用意しないといけないな……結構高いんだぞアレ。
とりあえずの気休めにと思い、ポケットから札を何枚か取り出し各要所に貼っておいた。適当に貼り付けただけなので、実際どこまで役に立つかは疑問だが少なくとも無いよりはマシだ。
しかし、よりにもよって今日か。
先日変な女が丑の刻参りなんてやってくれたモンだから、タダでさえ不浄が集いやすい場に更に穢れが持ち込まれてしまった。
そして、当然の様にそういった場所にはそういったモノが寄って来る。その上結界がきちんと張れてないとなると、例えるなら犯罪都市で玄関と窓を全開にしたまま一晩明かす様なものである。
普通の神経じゃ無理な話だ。僕だって御免こうむる。
クルッ踵を返して、社殿の方に戻ろうとした時、ブワッと嫌な風が吹き始めた。森の木がざわめき、狭い所を通り抜けた風が笛の様な高い音で鳴る。
時間は黄昏時。夕と夜が曖昧な時間。
嫌な予感を抱きつつも後ろを振り返ると、早速異形の者が立っていた。
背は異様に高く、口は裂けており目が無い。それがケタケタと笑いながら近づいて来ていた。
勘弁してくれよ……
僕はズボンのポケットから札を一枚取り出して、適当にボールペンで字を書く。やはり、ちゃんと筆記用具は常に持つべきだ。改めて思った。
紙にやや汚い字で縛ると書いて、投げ付けた。上手く相手の体に貼り付いた様だ。まあ実際は勝手に飛んで行ってくれるので、外す事は無いんだが。
手で軽く印を結び、念を込めながら唱えた。
「式 『縛 』」
ケタケタと笑っていたそいつの動きが止まる。仮にもこんな神社の主なので、最低限の護身術として身に付けた術だ。御札に書いた内容の術を貼られた対象にかける。一応僕達は式神と便宜上呼んでいる。
さて、こうしては居られない。
僕は全力で蔵まで走って、中から祓串を出てきた。よくお祓いなんかで使われるモサモサと白い紙みたいなのがいっぱい付いてるアレだ。
本来はもう少し短いが、家のはかなり長い。そして、普通は参拝者の上で撫でる、払うように使われるが家のは違う。そして、あのトレードマークの様な大量の紙も結構少ない。
何故なら家の場合は使用用途が異なるからだ。
僕は鳥居の方まで戻って、先程の呪縛術で動けない化け物の所に歩いて行き、祓串を突きつけて思いっきり殴り飛ばした。
叩かれた場所から霧散していく。夕焼けの光を浴びながら、空気に溶けるように消えていく姿は少し綺麗に思えた。
「一丁上がりだな。」
僕は自宅の方に戻ろうと、ゆっくり鳥居に背を向けて歩き出したのだが、今度は進行方向から嫌な予感だ。
「お兄ちゃーーん!出たぁあああ!!」
……なんだ、大きい方か?
そんな事を考えながら細目で、凄い勢いでこちらに駆けてくる妹を見る。そして、こともあろうにこの女ときたらそのまま頭突きをお見舞いしてきた。
ゴンッと鈍い音を立てて尻餅をつくが、更にその上に降ってくる妹の姿。
今日の天気予報をしっかり確認すべきだった。もしかしたら、晴れ時々人だったかも知れない。
一瞬そんな事を考えた。
「グェ」
「いだッ」
僕は僕で蛙の潰れた様な声を上げ、琴音は琴音で僕の上で女子らしからぬ声を上げていた。