第二夜
僕の家は、街から余り離れていない小さな山の頂上付近にある。一応、由緒ある神社で、未だに日中は参拝客もちらほら見られるという変わった神社だ。
僕だったら絶対にこんな山の中の神社なんて参拝しに来ない。そんな事する位なら、普通に街で飲み歩く方が楽しいだろう。
「はぁ…ダルい」
僕が自宅兼社務所の和室の隅で寝転んでいると、無駄に元気な声が響いた。
「起きろバカ兄ィ!今何時だと思ってんの!?」
仁王立ちで立ちながら、腕を組んで見下ろす姿を見れば、思わず両耳を塞いで反対方向を向いてしまうのは至極自然だと思う。
僕に話を聞く気が無いと察したらしく、ハァと盛大に溜め息をつく。面倒臭い気持ちを全面に出しながら、首だけ動かして見ると呆れた様に額を押さえる制服姿が目に入った。
鈴木 琴音、一応僕の妹だ。山を降りて直ぐの街の高校に通っており、剣道部の副部長をやってるらしく怒らせると面倒な奴である。一度、本気で怒らせた時はポニーテールを振り乱しつつ、自宅にあった竹刀と木刀で二刀流にして追いかけ回された事がある。要するに危ない奴である。
琴音はくるりと踵を返して和室から出ようとしたが、ふと思い出した様に立ち止まり、襖にもたれ掛かりながら言う。
「どうせろくに聞いて無いんだろうけど、一応伝えとくよ?
正面側の注連縄が千切れかけてる。そろそろ何とかしないと結界が壊れると思うんだけど。」
琴音からの報告にますますやる気を無くした。この前補修した所だぞ…
ゴロンと寝返りを打ちながら頭を抱えた。
我が上森神社は、室町時代前期から記録の残る由緒正しき縁結びの神社である。それが誰が何を思ったのか知らないが、江戸時代頃から縁結びとは真逆のご利益があると噂になり、今では其方目的で参拝にくる客の方が多い。
今では相手と縁を切る、相手を押し退けて出世するといったあまり良くない意味で有名な神社なのである。
要するに呪い成就の神社として有名になったのだ。
どうも、戦国時代にとある落ち武者がこの神社に逃れて敵を呪いながら死んだ。その後まもなく、敵であった大名が謎の病により死んだという逸話から来ているらしい。はた迷惑な話だ。
おかげで、この神社の絵馬に書かれた願いと言えば
"〇〇君と××が別れて〇〇君と付き合えますように"
だの
"あの嫌味な家族に天罰が下りますように"
だの
"クソ上司〇ね"
だのとても見ていられるものじゃない。人間の恐ろしさが垣間見えて楽しいと言えば楽しいかも知れないが。
おかげ様でこの神社はあまり良くないモノが寄り付きやすい。そのため、毎日の様に浄化したり、神社内の結界を張り直さないと直ぐに良くないモノの屯場になってしまうのだ。
日も赤くなってきており、これ以上遅い時間になるのは不味い。起き上がり小法師の要領で起き上がり、少し丈の長いジャージを引きずりながら破損箇所へ向かった。