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第一夜

金属を打つ音で僕は目が覚めた。


突然だが、丑の刻参りという言葉を知っている者は、現代の日本でも少なくないだろう。大昔からある呪術の一つだ。白装束を纏い、鏡を首から下げ、頭にロウソクを巻き付けて、丑の刻に藁人形を神社の御神木に五寸釘で打ち付ける。

さて、僕の自宅であるこの神社では当然の様にこの丑の刻参りが頻繁に行われている。


つまり、だ。

布団からもそりと起き上がり外を見ると、うちの境内で何者かが御神木近くで動いていた。


カツーン、カツーンと相変わらず金属のぶつかる音が鳴り響く。安眠妨害にも程があるだろう。大体こんな真夜中にこんな山に登ってまで呪うその気力は一体どこから出て来るんだ。

布団を被ってもう一度眠ってやりたい所だが、これ以上御神木を穴だらけにするのは良くないし、神社を邪気まみれにする訳にもいかない。


放置して割を食うのはこちらだ。


「ハァ……」


僕はいやいや起き上がり、ズルズルとジャージを引きずりながら、スニーカーに履き替えた。

案の定御神木の前に行くと、髪を振り乱しながら藁人形を打ち付ける女の姿があった。ロウソクは危ないから勘弁して欲しい。こんな所で火事にでもなったらどうしてくれる。

それに……やはりと言うか、禍々しい空気を纏ってる。放置していればやがて良くないモノを呼ぶだろう。


「あのぉ、すみません。うるさいんで止めて貰えますか?」


境内の木の陰から僕が声を掛けると女はギョッとした顔で振り返った。家系上、悪鬼物怪の類いは良く見るが、乱れた長い髪に、やつれた白い顔で睨み付けている目の前に居る女の方が余程怖いと思う。挙句に背中に面倒臭そうな女の霊まで連れていた。

大方丑の刻参りで此処に来るまでの間に、山の中でくっ付いた地縛霊だろう。濡れた髪で背中に負ぶさっている。


まあ、最悪いつも通り適当に話でも聴いてやれば落ち着くだろ。そう軽く考えていた僕は数秒で後悔した。


「見た……?」


女は小さく呟く。そして錯乱した様に叫びだした。


「ミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタ」


そして、叫びながら装束の中から小刀を取り出して構える。キラリと銀色が女の頭のロウソクの光を反射した。


そう言えば、丑の刻参りは人に見られると呪いが跳ね返って来るため、見られた相手を殺さないと自分が呪いにかかるってのもあるんだっけか。さすがに本当に襲いかかってくるタイプの相手は初めてだ。


幽霊みたいなモノなら相手に出来るが、人間相手に僕はかなり非力だ。こんなのと真面に対峙したら九割の確率で僕が死ぬ。

全力で女から走って遠ざかる。相変わらず女はミラレタミラレタ……と呟いていてかなり怖い。

境内を走り回りながら、ポケットの携帯を探り出し、電話を掛ける。


コール音がかなり長時間鳴っていたが、やっと電話を掛けた相手が反応した。


『お兄ちゃん、今何時だと思ってんの…?』


妹の寝惚けた声が聞こえてくる。僕は逃げ回りながら必死に叫んだ。


「緊急事態だ、丑の刻参りに来た女がやべぇ奴だった!殺されそうなんだ!助けてくれ!」


錯乱した様に刃物を振り回す女を上手く障害物を使いながら回避する。しかし、電話先はと言うと眠そうに


「…たまには良い機会じゃない?私も明日朝練で忙しいし」


と言ってのけた。かなり非情である。実の兄と部活の朝練とどちらが大事なんだ。


「頼むって!」


「……仕方ないな。駅前の喫茶店のデラックスいちごパフェで手を打ってあげる」


溜め息混じりに、仕方なさを滲み出しながら云う。こんな所で変な脅ししてきやがって……

クソっ……


そこでチラリと後ろを振り返るが、鬼のような形相の女がすぐそこまで迫って来ていた。

迷う時間ももったいない。


「デラックスでもマトリックスでも良いから早く!」


僕が叫んだ所でプツリと通話の切れた音がした。しかしすぐに、砂利を踏みながらこちらへ駆けてくる音がする。出てくるまでが早いので、恐らく通話中の時点で準備はしてくれていたのだろう。

あいつ……いちごパフェの為にちょっと粘りやがったな。


砂利の音の方へ駆けつつ、パッとしゃがんで目の前の木の陰に飛び込む。

その瞬間、僕とは逆に木の陰から逆に飛び出した妹は木刀を勢い良く引いて


「ハァ!」


気合いのこもった掛け声と共に、女の手元へ見事な突きが繰り出された。そのまま流れる様な動きで、女の頭へ木刀が振り下ろされる。

蛙が潰れた様な間抜けな声を上げて女は倒れた。

我が妹ながら恐しい奴だ。


「で、この人どうするの?」


琴音は目の前で伸びている女を木刀の先でツンツンとつつきながら訊いてきた。

僕は一旦しゃがんで、その女の背中にへばりついていた女性の霊を掴んで引っ剥がしながら


「……とりあえず警察かな?」


大きな溜め息と共に言った。

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