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9th



「今日はありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ、楽しんでいただけたか・・・」

「とても楽しかったです」


ヴェルナーは予告通り昼過ぎにはティアナをレネット家に送り返した。

帰りの馬車は、行きより比較的に緊張せずに話せたのではないかとティアナは勝手に思っている。

まぁ、ほとんど仕事の話だったが。


「大したこともできずに申し訳ありません。ですが、これからもよろしくお願いしたいです」

「クライス様・・・、こちらこそ、大したお役には立てませんがよろしくお願いします」


そして屋敷の玄関まで入ると、そこにはすでに父であるステファンがいた。


「ティー! お帰り!」

「ただ今戻りました」

「レネット殿、本日はご令嬢を連れまわして申し訳ありません」

「いえいえ、ちゃんと約束通りに昼時に送ってくださってありがとうございます」

「それは当然のことです」


ヴェルナーの言葉に、ステファンはうんうんと頷く。

宰相相手にその態度はいいのか、とティアナは思いつつも何も言わない。


「ティアナ、楽しかったかい?」

「ええ、とても」

「そうか・・・。クライス殿、本日はティアナがお世話になりました。今後とも、よろしくお願いします」

「レネット殿、それはこちらの言葉です。ティアナ嬢が来てくれたおかげで、執務室の空気はだいぶ改善されましたから」

「そうですか! ティアナは本当に頭のいい子でしてね、書類整理であればお手の物で・・・」

「お父様!」


ステファンの娘馬鹿な発言が出るや否や、ティアナは頬を染めてそれを止めに入る。

ステファンは気にしていないのか、にこにことしながらティアナを見ていた。


「それでは、私はこれで」

「あぁ、クライス殿、本当にありがとうございました」

「いいえ、では私はこれで」


ヴェルナーはそれだけ言うと颯爽とレネット家を後にした。


「あら、お帰りティアナ」

「お母様」

「ティー!! 無事か!?」

「お兄様・・・無事に決まってます」

「そうですよ、兄上。それにしてもクライス宰相様はちゃんと約束を守られるんですね」

「ベルン、それも失礼よ?」


ヴェルナーが去ってすぐに、二階から様子でも見ていたのか家族がぞろぞろと降りてくる。

心配性すぎやしないだろうか。


「さぁさぁティー、お母様にデートのお話をして頂戴?」

「「で、でぇとぉ!?」」

「私も聞きたいわぁ、ね、ティアナ、サロンでお茶しましょ」

「え、」

「「早く早く!」」


男二人は絶叫して固まり、女性二人はティアナの腕を取ってずるずるとサロンへと向かっていく。

そんな家族を、ベルンハルトはため息をつきながら見ていた。





**************





「戻りました」

「あれ、クライス様、お休みじゃ・・・?」

「あぁ、だが用事も終わってな。やることがないから」

「・・・」


ヴェルナーは通いなれた執務室に来ると、何故かボルシオに憐みの目で見られる。


「・・・何が言いたい」

「・・・せっかくの休日にやることがないなんて・・・、なんて切ない」

「うるさいぞ」


するとそこに鼻歌を歌いながらガードナーが戻ってき、そして部屋にヴェルナーがいることを認め、目を見開く。


「え、え、なんで宰相様が・・・? 今日休みのはずじゃ・・・え、俺まだ寝てる?」

「ガードナー、貴様は起きているし、私は仕事をしに来ただけだ」

「・・・えええええー・・・」

「なんだ、その声は」

「だって、せっかく宰相様がお休みだからゆっくり仕事しようとして・・・」

「ばっか、ガードナー!!」

「やべ!!」


ガードナーとトプソンの言葉に、ヴェルナーの米神に青筋が立つ。


「・・・ほお・・・? てっきり私がおらずともちゃんと仕事をしていると思っていたんだがな・・・?」

「いやいやいや、してますって!! ほら、早く訂正してください!」

「すすすすみません!! してます、してます!!」

「そうか、なら私がいても問題ないな?」

「「「・・・!!」」」


ボルシオ、ガードナーそしてトプソンの顔色は一瞬で青くなった。

そんな時。


「あ、本当にお戻りになられてた」

「モーガン? なんだ、何かあったのか」


同じく戻ってきたモーガンが、驚きに目を見開きながらもヴェルナーに近づいた。


「クライス様、陛下がお呼びでしたよ」

「陛下が・・・?今日は休みだとお伝えしていたはずだが」

「えぇ、そのようにも仰られておりました。ですが万が一にもお戻りになる場合、陛下の元へ参上するようにと言付かっております」

「なんだ・・・? まぁいい、なら私は陛下の元へ行く。・・・サボるなよ」

「「ハイ!!!!」」


そうしてヴェルナーは急ぎ足で女王陛下の元へと向かった。





「女王陛下、ヴェルナー・クライス様が面会をお求めになられています」

「通して」


ヴェルナーは女王の執務室前に待機する近衛兵に声をかけると、まるで来るのがわかっていたとばかりにイルミナへと声をかけた。

そして返されるのは通せのみ。

しかし聞こえる声音からして急ぎの案件ではなさそうだ。


「失礼いたします、女王陛下。お呼びとのことで伺いました」

「いらっしゃい、ヴェルナー」


そこには、敬愛する女王とその侍従であるロン、そしてリヒトがいた。


「クライス様・・・」


何故かリヒトには憐みの目で見られている。


「・・・なにか、ご用ですか」


ヴェルナーはイルミナの手前、リヒトに声をかけることをしなかったが二人きりであれば即刻仕事を割り振っていただろう。

そしてリヒトの隣にいるロンはにまにまと笑っている。


「あああああ、何で、戻ってきちゃうんですかぁ」

「は?」

「リヒト、私の勝ちだ」

「ああああ、もう、もう、やだ、これ以上仕事増えるのヤダ・・・」

「リヒト、何で私のことを信じなかったの?」

「ですが陛下っ・・・クライス様だって男だと思っていたんですよぉ」

「馬鹿め、とりあえず今度の仕事はお前に任せるからな!」

「やだあああああ」


ヴェルナーには何がなんだがわからなかったが、どうやら自分がここにいるのが問題らしい。


「・・・これはなんですか、陛下」


冴え冴えとした声音で、ヴェルナーはイルミナに問う。

昔のイルミナであればびくりと肩を揺らしただろうが、今の彼女はくすくすと笑うだけだ。


「あぁ、貴方が戻ってくるかどうか、二人は賭けていたのよ」

「賭け・・・?リヒト、ロン、お前たちは陛下の前でなんてことをしているんだ」

「ヴェルナー、私が言い出したことよ?」

「陛下っ?」


イルミナは悪戯っ子のように笑う。

それは、昔とは違って心からの笑みだということがわかる。


「だって、貴方、休みの日なのに戻ってくるからいけないんじゃないの。

 ね、アーサー」


すると、ヴェルナーの背後からアーサーベルトがぬうっと姿を現した。

どうやら扉の後ろに隠れていたらしい。


「本当だぞ、ヴェルナー。

 お前、今日デートだったというのに」

「え!? クライス様、今日デートだったんですか!?」

「? なんでここにいらっしゃるんですか?」

「っ・・・そんなことはどうでもいいでしょう・・・! それにそのようなものではありません。ただの礼ですから」


ヴェルナーは心の中でまずいと思いながらも冷静に返した。

イルミナとアーサーベルトが揃い、尚且つそれ系の話になると厄介だと知ったのは一体いつ頃だっただろうか。


「ヴェルナー、それで、私の紹介した店はどうだった?」

「アーサー!! お前、知っていたのか!!」

「当たり前だろう? で、どうだった? 女性に人気の店を調べたんだ!」


ヴェルナーは眩暈を起こしそうにすらなった。

この、目の前の熊のような男が、あの店を。

どこからどう見たって、視覚的暴力でしかない。


「あら、どんなお店なの? アーサーが紹介したとは聞いていたけど」

「あぁ、陛下にはお教えしておりませんでしたな。外観は煉瓦造りでレトロでしてな。そして店主が花が好きでたくさんの花があるんです」

「まぁ、素敵」

「出される軽食も、女性に嬉しい可愛らしい見た目をしているんです!」


イルミナとアーサーベルトが嬉々と話す傍らで、ロンとリヒトが信じられないようなものを見る目でアーサーベルトを見る。


「ぇ・・・アーサーベルト様が行ったのか・・・?」

「んなわけないでしょう・・・?」

「でも詳し・・・」

「しっ、それ以上は言うな」


非常に腹立たしいことに、二人の意見にはヴェルナーも同意したかった。


「・・・アーサー、お前、その見た目で店に入ったのか」

「うん? そうだぞ!」

「・・・」


軽い感じで返してくるが、その時の店内がきっと騒然としただろう。


「あぁ、エルリア様のお忍びだぞ? もちろん」

「・・・」


だとしても、もっと他にいなかったのだろうか。

せめてハザとか。


「あぁ、エルが気に入ったというお店ね。確かに聞く限りではすごくかわいいお店だって聞いたわ」


イルミナは嬉しそうに頬笑みを浮かべるが、事前情報なしに行ったヴェルナーの心中はそれどころではない。


「・・・せめて事前情報くらい寄越せ・・・!!」


地の底からはい出るような声音に、ロンとリヒトはびくりと肩を震わせる。

しかし長い付き合いのある二人は、それが羞恥から来るものだと知っているせいか、飄々としている。

一体いつ自分は陛下の教育を間違えたのだろうか。


「それで、どうだったんだ?」

「待って、アーサー、せっかくだし休憩しながら聞きましょう?」

「いいですね!」

「ちょ、ま、」


ヴェルナーの制止など全く聞くつもりのない二人は、いそいそとメイドを呼び茶の準備をさせる。

もう止められない、そう悟ったヴェルナーは鬼の形相でロンとリヒトを睨んだ。


「「っひ!?」」


正しく蛇に睨まれた蛙となった二人は、冷や汗をかきながら楽しそうにしているイルミナに声をかける。

もちろん、その声は震えていた。


「へ、へいか・・・」

「わ、われわれは、仕事があるの、で、退室、しても・・・よろしぃ、でしょうか・・・?」

「え? 構わないけれど・・・」

「「!! そ、それでは失礼いたします!!!!」」


そしてロンとリヒトは脱兎の勢いでその場を後にする。

賢明な判断だ。

ヴェルナーはそう思い、そして残りの問題にため息を吐きながら直面することにした。

そこには、にこにこと微笑む麗しの女王陛下と。

にまにまと下卑た笑みを浮かべるアーサーベルトがいた。


とりあえず、ヴェルナーは思った。

ロンチェスター卿にちくろうと。

そしてアーサーベルトにはそれ相応の罰を与えようと。


そう考えることでしか、自分を慰められないヴェルナーだった。




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