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8th



「ヴェルナー坊や! 少しは御嬢さんのために見てやらないか! せっかくのデートだというのに!」

「!?」

「で!?」


スコットの言葉に、ティアナとヴェルナーは二人揃って目を剥いた。

ティアナの沈みに気づいたのかそうでないのか。

しかしスコットの言葉はその場を明るくしたことだけは間違いなかった。


「ち、違います、スコットさん!! 仕事の関係でお礼をしてくださっているだけの話で・・・!」

「スコット、未だに人の恋沙汰の話が好きなのか・・・!」

「ははは、だってヴェルナーが女性をつれてくるなんて、今まで一度しかないだろう。それもかのお方だけ。かのお方は町の視察ということもあったがなぁ」

「っ、うるさいぞ!」


何も言えなかったのだろうか、ぎりぎりと歯ぎしりをするヴェルナーを見て、ティアナは一人心の中で驚いていた。

今まで、ヴェルナー・クライスという人物は完全無欠で、かっこよくて、何でもできる。

そんな人だと思っていた。

しかし、実物はどうだろうか。

人にからかわれれば怒りもするし、思ったより口下手なところもある。

確かにかっこいいが、それ以上に見たことのない姿のほうが印象に残った。


「まだまだだな、ヴェルナー坊や!」

「そう呼ぶなと言っているだろう!!」

「なら成長するんだな!」

「こっのっ・・・!」

「ほらほら、せっかく御嬢さんがいるというのにほったらかしにしよって・・・、まだまだだなぁ」

「誰のせいだと・・・!!」

「あ、あの!!」


ティアナは収集つかなそうなその場に決死の思いで声をかけた。


「わ、私、これがとても気に入りました!」


ティアナはそういって手に持っていたペンを見せる。

細めのデザインは女性に持ちやすくできており、さらに繊細な柄が彫られている。

色合いは銀に青と落ち着いたものだが、一目見れば女性ものだとわかる一品だった。


「お目が高い! これは一本一本職人が丁寧に柄を彫ってあるんです。一点ものですな」

「いいセンスです・・・。華美な装飾でもないから、仕事でも使えそうですね」

「お前はもうちっと褒め言葉っちゅーもんを勉強したほうがいいな」

「煩いですよ、スコット」


ティアナは手に取ったペンをじっくりと見る。

花を象った模様だろうか。

抽象化されているせいかパッと見、すぐにはわからない。

小さな石が埋め込まれているのも素敵だ。


「スコット、これとあとインクを数種類包んでくれ」

「毎度ありがとうございます」

「え、く、クライス様!? そんなに頂くわけには・・・!」


ティアナの慌てぶりを余所に、スコットは花の香りがするといっていたインクを数種類選ぶと包み始める。

ヴェルナーを見ても、彼は気になるものを見ているらしく、ティアナの慌てぶりを気にした様子がない。


「す、スコットさん、あの、私が自分で・・・」

「何をいっているんですか、御嬢さん。そこの朴念仁に払わせてあげなさい。それくらいしか奴にはできんのだから」

「え、そんなこと」

「あるんだよ、これが。センスが壊滅的なんだ」

「?」


ティアナはスコットの言葉に首を傾げた。

ヴェルナーのどこを見れば、センスが悪いという発想に行きつくのかわからなかったためだ。


「・・・それに関しては、私とアーサーは同類ですからね、腹立つことに。なのでティアナ嬢がご自分で決めてくれたほうが私としても助かるのです」


ヴェルナーは手にインク壺を持ちながらふてくされたように言う。

自分でも認めるほどなんて。

ティアナは想定外の言葉に、一瞬固まった。


「お待たせ、御嬢さん」

「あ、ありがとうございます・・・」

「支払いはいつものように頼む」

「あいよ」

「ついでに私のものも送っておいてくれ」

「なんだ、もう無くなったのか・・・。ペンを使い潰すなよ」

「当たり前だろう」


ヴェルナーはそういうと、店を後にするのか扉のほうへと向かう。

ティアナは慌ててそれに着いていこうとすると、スコットに小声で呼び止められた。


「御嬢さん、あいつは少しひねくれているが、いいやつだよ」

「スコットさん?」

「ヴェルナーを、よろしくな」

「・・・私にできることであれば・・・」


ティアナはスコットの言葉に少しだけ苦い思いを抱きながらそう返す。

しかしスコットはそんなティアナに笑みを送った。


「大丈夫。御嬢さんならね」


ティアナは、スコットの含みを孕んだ言葉に反応せず、一度頭を下げてヴェルナーの後を追った。






「・・・ティアナ嬢、空腹ではありませんか?」

「え、その、少し・・・?」


馬車の中、ヴェルナーにいきなりそう声をかけられたティアナは取り繕う間もなくそう口にしていた。


「アーサーから城下のいい店を聞いたんです。

 よければ昼食でもどうですか。そのあと、お家までお送りしますので」


ヴェルナーの想定外のお誘いに、ティアナは驚いて目を瞬かせた。


「え、その、ご迷惑では・・・?」

「? そんなことはありません。それにこれからも面倒をかけるでしょうから、その先払いということで」

「ですが、せっかくのお休みにそこまでお願いするのは・・・。それにクライス様もお疲れでしょう?」

「いいえ。気分転換になります。まぁ、ティアナ嬢が嫌でなければ、ですけど」


ティアナは考えた。

何故、ヴェルナーが自分をこうも誘ってくれるのだろうか、と。

そしてその答えはすぐに本人の口から聞くことになる。


「陛下とアーサーにも、しっかりするようにと言われていたので、気にしないでください」

「陛下と、アーサーベルト様が・・・?」

「えぇ。私が貴女に無理をさせていることを知っているので、少しくらい気をやれ、と」

「そんなこと・・・」


ティアナは予想外の人物たちの名に恐れ戦きながらも首を横に振る。


「クライス様のお蔭で、私が今まで好きでやってきたことが役立っているのです・・・。ですからそんな、お気になさらないでください」

「いいえ、二人が言うように、私は人の心の機微というのにどうにも疎いらしい。言われて初めて気づくことばかりです」

「そうは、見えませんけれど・・・」


ティアナはそういうと、ヴェルナーは少しだけ寂しそうに笑った。


「いいえ、私は自分のことすらろくに気づけない男ですよ」


その笑みが、あまりにも綺麗で。

そして、切なくて。

ティアナはなぜそう思ったのかを聞けなかった。


「それで、如何しますか? 私のためを思うのであれば、ぜひ付き合ってほしいところなのですが」

「・・・では、よろしくお願いします」


困り顔の美しい男にそういわれて、ティアナには断るという手段はなかった。






************






「ここ、ですか?」

「・・・」


二人がやってきたのは、町でも有名な店だった。

そう、女性の間に。


煉瓦造りの建物は、たくさんの花が回りに植えられていて見た目にも可愛らしい。

白い縁の窓や真っ白な扉は、どんな年頃の女性でも心浮足立たせるものだろう。

おとぎ話にでも出てきそうな建物だ。


「・・・アーサーめっ・・・!!」


隣から聞こえる怨念めいた非難の声に、ティアナは冷や汗をかいた。


「あのっ、クライス様、ここでなくても!!」

「・・・ふー、失礼しました。いえ、ここが女性に人気があるとは聞いていたのです。せっかく来たのですから入りましょう」

「え、でも・・・」

「今日は貴女に礼をするために連れだしたのです。気にしないでください」

「・・・ありがとうございます」


ヴェルナーにそこまで言わせていかないという選択肢は、ティアナには選べなかった。

逆に、この状況を楽しむのもいいかもしれない。

あのヴェルナー・クライスがこのような店に入ると、いったい誰が想像しうるだろうか。

・・・まぁ、店を紹介したアーサーベルトを除いて。

しかし、ティアナは店に入って早速後悔した。


「二人だ」

「・・・か、かしこまりましたっ! どうぞ、こちらへ!!」


ティアナはすっかり忘れていた。

ヴェルナー・クライス宰相のその人気を。

席に着くなり、周りからざわめきがティアナの耳に届く。

小声ではあるが、宰相様ではなくて?という女性たちの声が聞こえる。

目の前に座るヴェルナーは気づいていないのか、渡されたメニューに視線を落としている。


「ティアナ嬢?」

「ひゃい!?」

「? メニュー、見なくていいのですか」

「あ、はい!!」


ティアナは俯いていた顔をあげて目の前にあるメニューを手に取る。

その時にちらりと聞こえる、控えめな子ね、という嘲りの言葉を聞かないようにして。


「あ、の・・・」

「どうしました? 好きなのを頼んでください」

「・・・では、これを」


ティアナはケーキセットを指さす。


「それだけですか? 昼も兼ねていますが・・・」

「いいえ、せっかくですから、お昼に甘いものなんて言う贅沢をしようと思います」

「そうですか、ティアナ嬢がそうしたいのであれば」

「そうしたいです」


昼食を一緒にすれば、ただでさえ痛い視線がもっと痛くなる、ティアナはそう確信していた。

デザートくらいであれば、滞在時間もそう長くなることはないだろうと考えての発言だった。


「・・・」

「・・・」


そして、デザートが来るまでの時間、二人は無言になった。

ヴェルナーはきっと何を話していいのかわからないのだろうし、ティアナはティアナで変に話しかけて親しい感じを出すのは危険だと感じてのことだった。


「お待たせしました~、こちらケーキセットですぅ」


すると、給仕の女性が甘い声を出しながらヴェルナーとティアナにケーキセットを持ってきた。

ティアナは気づいていなかったが、どうやらヴェルナーも同じものを頼んでいたらしい。


「では、頂きましょうか」

「はい」


そうして二人は沈黙のまま、ケーキと紅茶を食したのだった。



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